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令和元年版 犯罪白書 第1編/第1章/第2節/コラム1

コラム1 平成期における特別法の変遷と社会・犯罪情勢

平成期においては,社会・犯罪情勢を踏まえ,様々な特別法が制定されて罰則が新設された。これらの特別法には,平成期以前から問題となっていた類型の犯罪に対処するため,新たに制定されたものと,平成期において新たに浮上し,又は,問題が顕在化した類型の犯罪に対処するために制定されたものがある。前者の例としては,暴力団犯罪に対処するため,指定暴力団員による中止命令違反の罪等を規定した暴力団対策法(平成3年5月成立。本節3項(2)ア),薬物犯罪や組織犯罪に対処するため,マネー・ローンダリングの罪等を規定した麻薬特例法(同年10月成立。同節2項(6))及び組織的犯罪処罰法(11年8月成立。同節3項(1)オ)等がある。後者の例としては,児童の性的虐待・搾取を防止するため,児童買春や児童ポルノの公然陳列等の罪を規定した児童買春・児童ポルノ禁止法(同年5月成立。同節6項(1)イ),サイバー犯罪に対応するため,不正アクセス行為の罪等を規定した不正アクセス禁止法(同年8月成立。同節5項(1)),一定の「つきまとい等」の反復行為をストーカー行為として処罰する旨規定したストーカー規制法(12年5月成立。同節6項(3)ア)等がある。

その一方で,平成期においては,社会・犯罪情勢を踏まえ,既存の特別法が改正され,罰則の強化や処罰範囲の拡大がなされたものが多くあり,その例として,道路交通法の改正(本節1項(1))がある。平成期には,悪質な交通違反(飲酒運転,無免許運転等)を伴う重大な人身事故が度々発生した。これら悪質な交通違反を防止するため,数次にわたって道路交通法が改正され,飲酒運転等の悪質な交通違反に対する罰則が段階的に強化され,飲酒運転及び無免許運転に対する幇助行為のうち悪質なものに対する罰則が新設されるなどした(1-1-2-1表参照)。道路交通法の数次の改正を経て,悪質な交通違反を含む道交違反の取締件数(送致事件)は,平成期において大きく減少した(4-1-1-7図参照)。また,飲酒死亡事故の件数は,平成13年法律第51号による道路交通法改正(飲酒運転の厳罰化等を内容とする。平成14年6月施行)が施行された14年には,前年の1,191件から1,000件に減少し,その後も減少傾向を示した後,27年以降は200件前後で推移している(警察庁交通局の資料による。)。

社会・犯罪情勢を踏まえた既存の特別法改正の別の例として,廃棄物処理法の改正(本節9項(2)イ)がある。平成期には,大規模な不法投棄事案が度々発覚するなど,産業廃棄物の不法投棄・不適正処理が大きな社会問題となった。これに対処するため,平成9年以降,廃棄物処理法が数次にわたって改正され,産業廃棄物を含む廃棄物の不法投棄に対する罰則の段階的強化,廃棄物不法投棄の未遂罪処罰規定や不法投棄目的の廃棄物収集・運搬処罰規定の新設,産業廃棄物管理票の不交付や産業廃棄物処理の受託禁止違反の罪等に対する罰則の強化等の様々な対応がなされた。廃棄物処理法の数次の改正を経て,産業廃棄物の不法投棄件数(都道府県及び政令市が把握した産業廃棄物の不法投棄事案のうち,1件当たりの投棄量が10トン以上の事案(特別管理産業廃棄物を含む事案は全事案)を計上した件数)は,10年度から13年度までの間は年間1,000件を超えていたものの,14年度から減少傾向を示し,23年度から29年度まで,100件台で推移している(環境省環境再生・資源循環局の資料による。)。

「「世界一安全な日本」創造戦略」(平成25年12月犯罪対策閣僚会議(第2編第1章第1節2項(3)コラム3参照)決定)では,新たな脅威としてサイバー犯罪,国際テロ,組織犯罪等を挙げた上で,サイバー犯罪の取締りの徹底,暴力団対策,マネー・ローンダリング対策,薬物対策,環境犯罪対策,児童ポルノ対策,ストーカー・配偶者からの暴力事案等対策,悪質交通違反の取締り強化等を推進していくとされた。また,「誰一人取り残さない」持続可能で多様性と包摂性のある社会の実現のため,2015年(平成27年)9月に国連で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」には,2030年(令和12年)を年限とする国際目標である「持続可能な開発目標」(SDGs)が掲げられているところ,我が国で2030アジェンダの実施に係る重要な挑戦に取り組むための国家戦略である「持続可能な開発目標(SDGs)実施指針」(平成28年12月持続可能な開発目標(SDGs)推進本部決定)でも,組織犯罪対策の推進,児童の性的搾取等に係る対策の推進,交通安全対策の推進や,海洋汚染対策を含む環境の保全等がSDGsを達成するための施策として掲げられている。令和の時代においても,交通犯罪,環境犯罪,暴力団犯罪等の犯罪に対処していくため,取締りの着実な実施とともに,社会・犯罪情勢を踏まえた特別法の制定・改正が行われていくものと思われる。そして,平成の初めには想定し難かった科学技術の進歩等に対応するための近時の特別法改正,すなわち,ドローン等の無人航空機の飛行に関する罪の新設(航空法の一部を改正する法律(平成27年法律第67号))や,自動車の自動運転技術の実用化に対応した運転者等の義務に関する規定の整備(道路交通法の一部を改正する法律(令和元年法律第20号))のように,令和の時代においても,科学技術の進歩等に対応するため,特別法の制定・改正により様々な罰則が設けられることがあると思われるが,その内容は,令和元年の今日では想像し難いものになるのかもしれない。