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 平成21年版 犯罪白書 第7編/第1章 

第7編 再犯防止施策の充実

第1章 はじめに

 我が国の一般刑法犯認知件数は,平成14年に約285万件と戦後最多を記録し,犯罪情勢の悪化が深刻な社会問題となったことから,15年12月,犯罪対策閣僚会議は,「犯罪に強い社会の実現のための行動計画」(以下「旧行動計画」という。)を策定し,国民と政府とが一体となって治安の回復に取り組んだ。その結果,5年後の20年には一般刑法犯認知件数は約182万件まで減少し,犯罪の増勢に一定の歯止めが掛かるなど,犯罪情勢は改善しつつある。しかしながら,犯罪情勢を長期的に見ると,依然として昭和50年前後の戦後の安定期には及ばず,国民の体感治安も必ずしも改善していないなど,なお楽観視できるものではない。加えて,最近の世界的な金融危機等で社会的な不安感が増大し,犯罪が再び増加に転じることも懸念されている。そうした現状の下,平成20年12月,犯罪対策閣僚会議は,旧行動計画を引き継ぎ,今後5年間を目途に,継続的かつより根本的な犯罪対策を講じ,犯罪を更に減少させ,国民の治安に対する不安感を解消し,真の治安再生を実現することを目標として,「犯罪に強い社会の実現のための行動計画2008」(以下「行動計画2008」という。)を策定した。
 行動計画2008では,現下の犯罪情勢の特徴的傾向に即して七つの重点課題を設定し,その第二として,「犯罪者を生まない社会の構築」を掲げている。そして,その実現のための重要な柱の一つに,「刑務所出所者等の再犯防止」として,罪を犯して刑事司法の処遇手続に乗った者(受刑者,少年院在院者,保護観察対象者等)の再犯防止に向けた施策を推進すべきことを挙げ,具体的には,安定的な収入を確保できない者等に対する就労・雇用促進,福祉による支援を必要とする者等に対する地域生活定着支援の実施等の各種施策に積極的に取り組んでいくこととしている。こうした行動計画2008が打ち出した再犯防止対策は,社会とのつながりが希薄化するなどして犯罪に走る潜在的な危険因子を抱えていると考えられる者に手を差し伸べることで,その孤立化を防ぎ,社会への帰属意識を取り戻すことにより,これらの者を市民社会の健全な構成員として取り込んだ共生社会の実現を目指すという,根本的かつ息の長い対策であるといえる。また,こうした再犯防止対策を着実に推進し,効果的に成果を上げていくためには,継続的な再犯研究により,再犯の実態やその原因等についての知見を積み重ね,実情に応じた有効適切な施策について不断に検討していくことが不可欠であり,行動計画2008の中でも,犯罪の発生原因等の総合的分析の推進や再犯を防止するために効果的な新たな施策の検討が求められているところである。
 こうした観点から,法務総合研究所では,これまでも様々な視点・方法により再犯の実態と対策についての研究に取り組み,近くは,平成19年版犯罪白書において,「再犯者の実態と対策」と題した特集を組み,この問題を取り上げた。この特集においては,戦後の約60年間に及ぶ犯歴記録の分析等により,犯歴2犯以上の再犯者が引き起こした犯罪件数が犯罪件数全体に占める割合が相当大きいこと,近時,5年以内再犯率が高くなっていることなど,再犯対策を講ずる必要性・重要性を実証的に示すことで,再犯防止対策の今日的意義を明らかにした。また,罪名別に見ると,窃盗及び覚せい剤取締法違反について,初犯者が再犯に及ぶ比率が高く,2犯目までの再犯期間も相対的に短く,さらに,何度も同じ罪名の犯罪を繰り返す傾向が顕著に認められるなど,特に再犯性が高いことを明らかにした。その上で,効果的な再犯防止対策の在り方として,初犯者や若年者に対し,犯罪傾向が進んでいない早い段階で,罪名・罪種の特質に応じ,その後の再犯の芽を摘む有効適切な対策が必要であること,社会内処遇の充実強化が今後の重要な検討課題であることなどを指摘した。
 本年版犯罪白書の特集においても,現下の重要課題である再犯防止施策を更に充実させるべく,その検討に有益な基礎資料を提供することを目的に,平成19年版犯罪白書に引き続き,再犯の問題を取り上げることとし,特に同年版犯罪白書で再犯性の高さが指摘された窃盗及び覚せい剤事犯者を中心に,再犯の実態や要因等について,再犯防止施策と絡め,より深く掘り下げた分析を行うこととし,本編を以下のとおり構成した。
 まず,第2章において,最近の再犯・再非行の実態及び再犯者の傾向を警察,検察,裁判,矯正及び更生保護の各統計資料に基づいて分析し,その中で,窃盗及び覚せい剤取締法違反を中心に,罪名別の傾向も分析した。
 続いて,第3章において,窃盗及び覚せい剤事犯者に関し,法務総合研究所が実施した特別調査に基づき,再犯の実態を様々な視点から概観した。第1節では,これらの罪名で初めて執行猶予の判決を受けた者を対象に,刑事確定記録を用いて,その犯行内容や対象者の属性等を調査するとともに,その後の一定期間内での再犯(有罪判決の確定)の有無を追跡調査し,最初の執行猶予判決後に再犯に及んだ者とそうでない者との相違点等を比較・検討することで,再犯性を高めるリスク要因等の分析を試みた。第2節では,これらの罪名による初入及び2入の受刑者を対象に,任意の回答及び入所調査票に基づき,その犯行の動機,生活状況,更生意欲等について調査を行い,受刑にまで至った者の問題性を類型的に分析した。第3節では,保護観察付執行猶予者及び仮釈放者等並びに保護観察の処遇に当たっている保護司に対し,改善更生をもたらす要因や処遇効果等について,面接による聴取りを行った結果を紹介した。
 さらに,第4章において,行動計画2008の下で,現在,どのような再犯防止施策が実施され,また,新たな取組が進行しているのかについて紹介した。
 その上で,第5章において,第2章から第4章までの分析等を踏まえ,再犯の実態と今後の再犯防止対策の展望について総括した。