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 平成21年版 犯罪白書 第7編/第3章/第3節/1 

第3節 窃盗・覚せい剤事犯者の社会復帰

1 保護観察対象者に対する聴取り

(1)概要

 この項では,保護観察対象者(保護観察を終了した者を含む。)から,改善更生をもたらす要因等について聴取りを実施した結果を紹介する。
 この聴取りは,平成20年1月から21年6月までの間に東京,新潟及び甲府の保護観察所に係属した窃盗及び覚せい剤事犯に係る保護観察対象者で,保護観察期間の大半が経過し,又は期間満了となった者であって,その期間中に遵守事項を遵守し安定した生活を送るなど,保護観察が順調に推移したと認められ,かつ,面接に同意が得られた13人を対象として実施した。
 対象者の内訳は,次のとおりである。保護観察付執行猶予者は,8人(窃盗事犯5人,覚せい剤事犯3人)であり,うち7人は保護観察が仮解除中の者であり,残る1人は保護観察期間を満了後の者であった。仮釈放者は,5人(窃盗事犯2人,覚せい剤事犯3人)であり,うち2人は仮釈放期間中の者であり,3人は刑期終了後間もない者であった。なお,性別は,窃盗事犯に係る仮釈放者1人のみが女子であり,残りは男子であった。

(2)窃盗事犯

 ア 事例
 [1] 受刑時に取得した資格等を活用して就労し,生活が安定した事例
 (50歳代女子。仮釈放後11月経過)
 
(事案)夫が就労意欲を失い,生活が困窮したことから,知人宅から通帳を窃取し,更に同様の犯行を重ねているうちに逮捕され,執行猶予判決を受けたが,生活が困窮した状態が続き,再度同様の犯行に及んだもの。
(現状)仮釈放後,受刑中に取得した資格を活かして老人ホームに就職し,仕事と家事に充実した毎日を送っている。
「受刑中にヘルパーの資格を取らせてもらい,パソコンの講習も受けて簡単な操作ができるようになった。これらの技能は,出所後の就労に大いに役立った。」

 [2] 受刑時に他人から評価された経験が更生意欲の喚起につながった事例
 (30歳代男子。仮釈放後8月経過,刑期終了後1月経過)
 
(事案)同僚の借金返済を援助したことが原因で,経済的に窮状に陥り,知人に誘われるまま侵入窃盗のグループに加担するようになり,共犯者の逮捕・服役を機に,このグループから離脱したものの,出所した共犯者から再び誘いを受け,窃盗を繰り返していたもの。
(現状)仮釈放後,母のもとで生活しながら,飲食店や運送業でのアルバイト勤務を経て,大手企業に採用された。
「受刑中,モデル工場のメンバーに選ばれたことで,認められたという感覚を持つことができ,これが励みとなり,頑張ることができた。」


 [3] 身柄拘束による家族との一時的な別離が更生の決意をもたらした事例
 (20歳代男子。保護観察付執行猶予4年。判決確定後3年5月経過)
 
(事案)少年時からゲーム感覚で万引きを繰り返し,暴走族にも加入し,20歳のころから,ギャンブル等の遊興費を得るため,不良仲間と共に侵入窃盗を重ねていたもの。
(現状)保護観察開始後,しばらく,義母の仕事を手伝っていたが,職業安定所で就労先を見付け,まじめに稼働している。
「本件時にも仕事はしていたが,自分の遊ぶ金がなく,盗みをしていた。勾留中に面会に来た2歳の長男が,父親である自分の顔を忘れてしまっていたことにショックを受け,絶対に刑務所には行きたくないと思い,更生を決意した。」


 [4] 就労先に恵まれた事例
 (40歳代男子。保護観察付執行猶予4年。判決確定後3年6月経過)
 
(事案)パチンコにふけり借金を重ねた末,離婚し,自宅も手放さざるを得なくなり,車中生活を送る中で,生活費に窮して侵入窃盗を繰り返していたもの。
(現状)保護観察開始当初は,更生保護施設で生活していたが,その後,就労先を見付け,雇主の世話で部屋を借りて自立した。パチンコは,完全に断っている。
「自分に合った働きやすい職場に就職できたことが良かった。更生には仕事を持つことが大事だと痛感している。犯罪に走った者が世間からそっぽを向かれるのは当たり前だと思っているが,その中で,今の雇主のように自分のことを気にかけて接してくれ,期待を持ってくれていると感じさせてくれる人がいると,やる気も生まれ,頑張れると思う。」

 イ 考察
 [1] 更生要因
 この聴取りの結果でも,職に就き安定した生活を送ること,就労先に恵まれること,周囲に理解・協力者がいることが更生に大きく寄与していることがうかがわれた。
 就労については,「雇主が自分を気にかけて接してくれ,期待してくれていると感じられると頑張れる。」,「仕事中心の生活が楽しければ,ギャンブルなどする必要がない。」などと,仕事を収入を得るための手段としてだけではなく,自己の存在意義を実感できるもの,生活を充実させるものと感じていると述べる者が多かった,窃盗によりいわば楽に収入を得る経験をしてきた者が,まじめに就労し,生活を安定させるためには,仕事が単なる収入源以上の喜びや楽しみを与えるものとなることも重要であると思われる。
 また,家族等の周囲の者からの支援については,すべての対象者が,「裁判の際,父が証人として出廷し,自分のことを引き取って面倒を見ると言ってくれた。」,「今安定した生活があるのは,家族の支えのおかげ。」,「本件後に離婚したが,兄など家族が支えてくれた。」,「刑務所まで面会に来てくれた夫や娘のことを考えると,自分もしっかりしなければと思う。」,「友人に助けてもらった。」などと,精神的な支えとなる理解・協力者の支援等に感謝の念を抱いている旨述べていた。こうした精神面で支えとなってくれる者の存在が更生に大きな意味を持つことが,改めて確認されたといえる。
 [2] 刑事処分の効果
 この聴取りでは,対象者が刑事処分の効果をどのように感じているかについても聴取した。
 多くの対象者は,「執行猶予中であることを考えて行動を自重した。」,「保護観察を,罪を犯してきた自分に対するけじめと考えて,まじめに受けてきた。」,「保護司との面接が精神的な支えになっている。」などと,おおむね前向きにとらえていた。刑事施設内での処遇についても,「入所中に学んだ技能や取得した資格が,出所後の就労に役立った。」,「入所中に認められた経験が励みになり,自己イメージの改善につながった。」などと肯定的にとらえていたが,「更生意欲のない受刑者との共同生活に苦労した。自分の意志がしっかりしていない者の場合,やる気のない受刑者の影響を受けてかえって更生の妨げとなることもあると思う。」と述べる者もいた。
 また,自らの経験に基づく意見として,「小さな万引きも見逃さずに捕まえて,厳しい処分を与えることは意味があると思う。万引きは普通の人でも犯すことがあると思うが,1回でやめるかどうかは,そのとき本当に怖い思いをしたかどうかによる。最初のうちに痛い目に遭わないと,どんどんエスカレートしていってしまう。」と,犯罪性が比較的進んでいない早い段階で適切な対処を行うことの有効性について述べる者もいた。
 [3] 再犯防止策
 この聴取りでは,再犯防止に役立つと思われる援助や施策に関する意見も求めたが,「コミュニケーションが苦手で,求職の際苦労する者もいる。求職活動の際に何らかのサポーターに同行してもらい,助言を受けることができれば,効果があるのではないか。」,「幅広い求人情報に簡単にアクセスできるような制度があるとよい。」などという意見や,「出所後すぐに就職できたとしても,給料日までの生活費に窮することがあるので,そういう場合の援助の方法が何かあるとよい。」,「生活保護を受ける方法を知らない受刑者も多い。出所後,しっかり生活保護につなげていくことが大切である。」という意見を述べる者が少なくなく,就労支援や福祉的な援助に対するニーズがあることが現実に確認された。

(3)覚せい剤事犯

 ア 事例
 [1] 身柄拘束により覚せい剤浸りの生活から抜けることができた事例
 (30歳代男子。保護観察付執行猶予5年。判決確定後3年10月経過)
 
(事案)20歳のころ,同僚に勧められて初めて覚せい剤を使用し,以後,連日のように使用するようになり,幻覚が出現すると一時的にやめるものの,人がやっているのを見ると再び使用するということを繰り返していたもの。
(現状)保護観察開始当初は,元雇主の紹介により地元を離れて就労していたが,元雇主に預けていた実子が心理的に不安定になったため,地元に戻って復職し,現在は,実子と生活している。
「逮捕の直前は,覚せい剤が日常生活の一部になっており,大量の血を吐くなど体調も不良だったので,捕まってホッとした。3か月間勾留されている間に身体から覚せい剤が抜けたため,それほど苦労せずにやめることができた。子供や雇主や保護司の信頼を裏切りたくないし,職場の仲間に馬鹿にされたくもないし,今の生活のリズムを変えたくもないので,もう覚せい剤をやりたいとは思わない。」

 [2] 受刑により家族の大切さに気付き,更生の意欲が芽生えた事例
 (30歳代男子。仮釈放後10月経過,刑期終了後1月経過)

(事案)仕事仲間に勧められて覚せい剤を使用するようになり,執行猶予判決を受け,執行猶予期間満了後に,再び友人の誘いを受けて覚せい剤を使用するようになり,実刑判決を受けたもの。
(現状)仮釈放後,4歳の実子と共に親元で生活している。定期的に保護観察所に出頭し,簡易尿検査も受けて,更生に努めている。
「親は,二度も裏切った自分を受け入れてくれ,娘も元気に成長しているので,今度こそしっかり覚せい剤を断って更生しなければいけないと思っている。」

 [3] 雇主の期待が本人の断薬意志を喚起した事例
 (30歳代男子。仮釈放後1年5月経過,刑期終了後2月経過)

(事案)20歳代半ばで初めて覚せい剤を使用し,その後も,断続的に使用していたところ,30歳のころに執行猶予判決を受け,約2年後に再び使用するようになり,実刑判決を受けたもの。
(現状)出所後は,実母のもとに居住し,逮捕前の就労先に復職した。
「実刑になった当初,自分はもう終わったと思ったが,雇主が面会に来て激励してくれた。そのとき,自分が思っていた以上に雇主から期待されていたことが分かり,出所後は頑張って職場を引っ張っていこうという気持ちになれた。」

 イ 考察
 [1] 生活安定要因
 覚せい剤事犯においても,職に就き規則正しい生活を送ることで,暇つぶし的に覚せい剤を使用していたのを抑えることにつながったと述べる者,職場で期待されたり認められたりするようになり,自分の現在の居場所を失いたくないと願うようになったため,覚せい剤に対する抵抗感が強まったと述べる者などが散見され,就労が改善更生の重要なポイントの一つとなっていることがうかがわれた。
 また,「これ以上家族を裏切って泣かせたくないという気持ちが強いので,もう覚せい剤には手を出さない。」などと,家族や周囲の者との関係を失いたくないという気持ちが覚せい剤の使用をやめようとする動機となっていると述べる者が多かった。それとともに,「やめようと思ったときに,周囲の人が心配して支えてくれれば,その気持ちを裏切りたくないという思いで頑張れる。」などと述べる者も少なくなく,周囲の者との人間関係が更生しようとする本人の支えとなっていることもうかがわれた。
 他方で,不良な交友関係は,覚せい剤使用の原因となっている者が多いが,「今断薬できているのは,周囲に薬を使用している人がいないことの影響も大きい。」,「覚せい剤使用時の住居とは離れており,交友関係も変わったので,このまま使用せずに過ごしていきたい。」などと,覚せい剤の再使用を防ぐ上で,交友関係の改善の必要性を挙げる者も多く,他人との交際環境を良好なものとすることが更生のために重要であることがうかがわれた。

 [2] 刑事処分の効果
 覚せい剤事犯の聴取り対象者には,「刑務所生活が厳しかったこと,仮釈放中であることを強く自覚していることが,覚せい剤に手を出さない理由の一部になっている。」などと,刑事処分自体に再犯防止の効果があると述べる者もいたが,「覚せい剤をやりたいと思っている人は,処分や指導を受けてもまたやってしまう。」「自分に覚せい剤をやめる気がなかったときは,いくら親に泣いて止められてもやめられなかったが,今は本気でやめたいと思っているので,断薬を続けられている。」などと,本人の断薬意志が決定的であると述べる者が多く,覚せい剤事犯者の再犯を防止するためには,効果的に断薬に向けた動機付けをする指導が重要であることが確認された。
 保護観察所における尿検査(簡易薬物検出検査)については,「毎月仕事を休まなければならず,保護観察所まで遠くて交通費も馬鹿にならないので,大変だった。」と,負担の重さを訴える者もわずかにいたが,多くは,「陰性の結果が出ることで,自分でも覚せい剤をやめることができたんだということを実感してうれしくなり,断薬を続ける励みとなった。」,「陰性結果を知らせることで家族が安心し,自分としても疑われずに済んで良かった。保護観察終了後も受けられるとよいと思う。」などと肯定的にとらえていた。