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 昭和63年版 犯罪白書 第4編/第6章/第3節 

第3節 累犯対策

 累犯者は,一般に,犯罪を重ねるに従って,犯罪の手口も巧妙化するなど,その検挙には一層の困難を伴ってくる。犯罪を犯した者を確実に検挙しなければ,刑事司法における刑罰や処遇の効果も発揮できないのであり,特に累犯者の再犯の防止には,効果的な検挙活動が重要であると言えよう。
 また,先に述べたとおり,多数回前科者には,犯罪初発年齢の若年である者が多く,若いころから犯罪の道に入った者ほど,再犯を繰り返す期間も長く更生も困難であるので,累犯となる可能性のある者に対する初期対策の重要性を改めて考えさせられる(第3章第6節4参照)。特に,刑務所人出所を繰り返し,一生を刑務所暮らしで過ごすこととなる者など,哀れな一群の多数回受刑者を見るときに,その感が深い。したがって,犯罪を犯した若年成人については,その犯罪の態様,共犯の有無,人格特性,家庭環境,生活状況等の諸般の情状を吟味し,再犯の可能性を十分考慮した,起訴,不起訴の決定が必要とされるであろうし,このことは,少年に対する家庭裁判所の保護処分等の決定においても十分考慮されるべきことであろう。
 また,多数回前科者の中で,初犯の際に懲役,禁錮の刑を受けた者は,その約6割弱が刑の執行を猶予されるが,その取消率は,単純執行猶予では約6割に上り,保護観察付執行猶予では約8割に達している。このことは,将来,累犯者となる可能性のある者に対する初期の科刑が,非常に重要であることを示すとともに,将来の再犯の可能性を十分に把握した上で,刑の執行猶予や保護観察の要否を決定することの必要性を示唆している(第3章第4節2参照)。さらに,多数回前科者の過去の科刑状況を見ると,犯罪を多数回繰り返していても,比較的短期の自由刑を科せられ続け,また,仮出獄期間も非常に短い場合が多い(第5章第2節3参照)。このことは,累犯者に対する科刑については,その犯した犯罪の軽重,前科前歴の内容,再犯の可能性等の諸般の情状を十分勘案し,また,刑法上の累犯に当たる場合には,その加重規定を適用の上,その規定の趣旨をも十分考慮して,適正な科刑をする必要性が示唆されていると思われる。また,特別法の常習犯処罰規定等に当たる場合には,これを十分活用して,その処分と科刑を行う必要があるように思われる。先に述べたとおり,多数回前科者は,同一犯罪を累行する者は比較的少なく,むしろ多様な犯罪を繰り返す者が多いことから見て,累犯加量規定等の適用による具体的科刑に当たっては,このような多数回前科者の特質をも考慮に入れる必要があると言えそうである。
 一方,罰金刑の多数回前科者についても,同じような罰金刑を科せられ続けている場合が多いように思われる(第3章第5節23参照)。このことは,その処罰規定の在り方や罰金刑の効力等について考えさせられる問題を示唆しているようにも思われる。
 次に,多数回受刑者に対する矯正処遇の点では,先に述べたとおり,犯罪傾向の進んでいる多数回受刑者は,B級に分類されるが,さらに,人格特性と環境状況等から,処遇分類を一層進め処遇の個別化を図る必要があろう。また,各人の特性に応じて,円滑な社会復帰を図るため,生活指導,職業訓練,釈放後の生活環境の調整,処遇の発展に応じた開放的処遇など,各種の処遇方法を活用しなければならないであろう(第4章第3節参照)。さらに,更生保護の分野でも,先に述べたとおり,多数回受刑歴を有する者に対して,適切な指導監督,補導援護をするほか,その多くは更生保護会にとりあえず帰住する関係上,更生保護会の一層の充実整備が望まれる(第5章第2節参照)。いずれにしても,犯罪傾向が進み生活環境等が悪化して多数回前科者となる前の初期の段階で,科刑や処遇内容の工夫により,早期に犯罪傾向の深化の芽を摘み取ることが肝要と思われる。
 以上の一般的な累犯対策のほかに,各種の累犯者のグループに応じた対策をも考慮しなければならないと思われる。まず,暴力団関係者は,粗暴犯,凶悪犯,覚せい剤事犯の累犯者の中に多いが(第4章第2節4参照),これらの者に対しては,処遇の各段階で暴力組織から離脱させる努力が必要であり,また,暴力団の資金源となる薬物取引や民事介入暴力等の取締りにより,その資金源を断ち,暴力団そのものに対する一層強力な規制が肝要であろう。
 また,最近の新しい累犯現象として,覚せい剤事犯の累犯者の増加が挙げられる(第3章第1節3第4章第2節3参照)。これらの累犯者に対しては,徹底的な検挙や適正な科刑は言うまでもないが,その多くは薬物依存の傾向をもつので,処遇段階を通じて薬物嗜癖を断つ処遇が必要であろう。国際協力や国内の取締りの強化により,覚せい剤の密輸入・密売買の組織を壊滅させ,また,違法な取引に対する一層強力な規制が望まれよう。
 ところで,累犯者に対する刑や処分としては,欧米諸国において,[1]刑の加重規定,[2]不定期刑,[3]西ドイツの保安監置(刑法66条)のような,刑に併せて言い渡される処分,[4]精神障害犯罪者に対する治療処分,薬物中毒犯罪者に対する禁絶処分などがある。累犯者に対する刑罰としては,欧米諸国においても,我が国と同じように,刑法の累犯加重規定や特別法での常習犯処罰規定が中心となっている。不定期刑については,アメリカを始めとして,その運用等の観点から反省がなされ,むしろ定期刑の活用に移行しており,また,我が国でも,法制審議会が昭和7!9年5月29日に法務大臣に答申した改正刑法草案には,常習累犯に対する相対的不定期刑の規定はあるが,その後,刑法改正を検討してきた法務省事務当局は,56年12月に,その規定を設けないとするなどの内容の「刑法改正作業の当面の方針」を発表している。西ドイツの保安監置のような制度は,我が国では改正刑法草案にも規定されておらず,立法案として全く考えられていない。次に,精神障害犯罪者に対する治療処分や薬物中毒者に対する禁絶処分は,我が国では立法化されていないが,欧米のほとんどの国では,以前から制度化され適正に運用されている。先に述べたとおり,我が国において,殺人,放火等の凶悪犯の中には,精神障害者の比率が比較的高く,同種の犯罪を繰り返す者も相当数いるが,精神障害犯罪者等については,現行刑法では,犯行時の心神喪失により刑事責任を追及できなかったり,心神耗弱のため減刑されたりして,適切な科刑や処遇のできない場合が多い。この問題については,本年7月がら精神保健法により精神医療の一層の充実が図られることとなり,その運用の成果が期待されるところであるが,併せて,より根本的な方策として欧米諸国で採用されているような精神障害犯罪者に対する治療処分など固有の処遇制度の新設についても,検討すべきものであると考えられる。
 以上,本白書では,多数回前科者には,幾つかの類型があることを明らかにし,これに対する適切で効果的な対策を考察してきた。すなわち,現在の豊かな社会の中にあって,社会情勢に十分適応できず通常のルートから落伍し,比較的軽微な財産犯を繰り返す累犯者のグループがあると思えば,むしろ自らの選択で熟練した犯罪手段により,積極的に利得を求め,職業的に財産犯を反復する累犯者たちがいる。また,社会情勢には直接関係のない性格の偏りなどの人格的要因や暴力団に所属していることなどから,粗暴犯,凶悪犯を累行する者も多い。さらには,現在の薬物濫用の風潮の影響を受け又は暴力団の資金源を得るために,覚せい剤事犯を繰り返す者,あるいは,社会の経済活動の中やその周辺にあって,適法又は違法な職業的・営業的行為等の過程で特別法違反を反復するグループなど,各種の累犯者がいることが明らかにされた。いずれにしても,これらの多数回前科者は,それぞれ性格を異にし犯罪に至る要因も様々であるが,同一犯罪だけでなく多様な犯罪を繰り返す者も多く,種々の機会をとらえて法秩序に挑戦を続けているものであり,平穏な市民生活に脅威と被害を与えている。これらの者について,その再犯を防止するとともに,将来の社会の発展に幾らかでも協力できる機会を与え,少なくともその妨げとならないように,正常な社会の構成員として復帰させることが現代の急務である。そのためには,多数回前科者の各自の特性や犯罪に至る要因を十分見極め,これに応じた適正な科刑及び処遇を行うほか,刑事司法以外の分野の諸施策をも糾合し,適切な総合対策を実施することが何よりも肝要であろう。