本編第4章及び本章第3節1項(2)における特別調査<1>の調査・分析結果によれば、犯罪被害に遭った被害者が被害を申告しなかった理由は、被害が潜在化する危険性が比較的高い被害態様でも、その犯罪類型や被害の特徴等により様々であることが明らかとなった。
財産的被害が中心となる犯罪類型(窃盗(乗り物関係)、自動車損壊及び各種詐欺等被害)においては、その経済的な損害が甘受できる程度の被害の大きさにとどまるケース等で、「それほど重大ではない」として被害を申告しなかった可能性が推察される。そして、クレジットカード情報詐欺で比較的顕著に表れているとおり、これらの犯罪類型では、金銭的な賠償又は補償等がなされ、被害者の経済的な損害が回復される場合、その賠償等の相手方が事件の加害者ではなかったとしても、もはや被害者は被害を申告していない。このような特徴等からすれば、この種の犯罪類型においては、被害の規模の大小や損害回復の有無にかかわらず、犯罪の被害を受けた場合には、まず警察等の捜査機関に相談して被害を届け出るよう啓発していくことが有益と考えられる。また、被害者は、物を盗まれる、財産をだまし取られるなどの直接的な被害だけではなく、様々な精神的・時間的・経済的負担等の被害後に生じる二次的被害に苦しむことも多いと言われている。警察は、被害届の受理に当たって、被害者の気持ちに配慮した方法で事情聴取を行うなど、被害者に二次的被害を与えないようできる限りの配慮に努めていることから、警察のこのような取組を周知し、被害の届出をしやすい環境を整えることが有益であろう。
被害者と加害者との間に特異な関係性等が見られることが多い犯罪類型(ストーカー行為及びDV)においては、被害者側が捜査機関に頼ることなく問題の解決を図ろうとする傾向が表れている。しかし、この種の犯罪類型においては、加害者の被害者に対する執着心や支配意識が非常に強いものが多く、加害者が被害者に対して強い加害意思を有している場合には、検挙されることを顧みずに大胆な犯行に及ぶこともあるなど、事態が急展開して重大な犯罪被害に至るおそれも大きい。この種の犯罪類型における被害の潜在化は看過し難い。したがって、この種の犯罪類型においては、被害が軽微な段階であっても、被害者等が、恥ずかしい、大げさにしたくない、自分で解決できるなどと考えて悩みを抱え込むことがないよう、迷わず警察や犯罪被害者等支援に関係する機関・団体等に相談するように周知していくことが重要であり、また、関係機関・団体等は、既に生じている被害への対応や新たな犯罪発生の防止について、警察との間で迅速かつ適切に連携・協力することも重要である。そして、最寄りの警察署が24時間相談に対応していることや、警察相談専用電話「#9110」を利用できることなどについて、改めて周知することに加え、被害の相談・届出があれば、警察が、加害者を検挙等することで加害行為を阻止できる場合があることや、各種の被害者の保護措置、被害を防止するための援助等を行えることなどを、更に広く広報し、周知していくことが有益であろう。
身体的又は精神的被害が中心となる犯罪類型(暴行・脅迫及び性的な被害)においては、各犯罪類型の中で被害不申告の理由が分散しており、一定の傾向が表れなかったという特徴があった。これは、同じ犯罪でも、その被害の大小や相手方との関係性、被害回復の有無等が事件により千差万別であることから、被害者の考えや対応等も多様に分かれた可能性が推察される。このうち、性的な被害では、「それほど重大ではない」、「捜査機関の関与不可又は不要」及び「自分で解決した(加害者を知っていた)」という被害者があえて被害を申告しなかった側の理由と、「仕返しのおそれからあえて届け出ない」、「被害に遭ったことを知られたくなかった」及び「どうしたらよいのか分からなかった」という被害者が被害を申告したくてもできなかった側の理由が相応に拮抗していたが、「加害者の処罰を望まなかった」の該当がなかったことも踏まえると、この種の犯罪類型においては、一定の被害者が意に反して被害申告できていない被害の実態がうかがえる(なお、性的な被害における過去5年間の被害率は低下し続けているが、性的な被害については、性質上、アンケート調査であっても、正直に回答することがためらわれ、なお暗数にとどまっている可能性が残ることにも留意が必要である。)。この種の犯罪類型における被害の潜在化も看過し難く、性犯罪被害については、被害の顕在化のため、その被害の実態や被害者の特徴等を一層解明することが必要であることから、後記(2)において、特別調査<2>における調査・分析結果を踏まえ、この点を更に検討することとする。
本編第5章及び本章第3節2項(2)における特別調査<2>の調査・分析結果によれば、精神障害を有する性犯罪被害者については、性犯罪の被害に関する認識が全くないか、十分でなく、加害者からこの点につけ込まれて被害に遭うリスク(この点、加害者側のコントロール等によって、被害を認識できないように仕向けられてしまうリスクも考えられる。)があること、被害申告自体がないことや、最初に被害を伝えた相手が捜査機関でなく、被害者にとって身近な者であることなどから、犯行日から捜査機関への犯行発覚までの期間が長くなるリスクがあること、さらに、この間に同一の加害者から反復して性犯罪被害(余罪)を受ける可能性が高まるリスクがあることなどの事情が読み取れる。そして、加害者別に見た本件被害が発覚するまで余罪の被害を被害申告できなかった理由は、加害者が親族等の場合では、「加害者から口止めされていた」及び「加害者や周囲との人間関係等から言えなかった」の該当率が同じで最も高く、4割を超えていた。また、加害者が教育関係者、雇用主、支援関係者等の場合では、「被害に関する認識が欠如・不足していた」の該当率が最も高く、7割を超えており、加害者が知人の場合では、「被害に関する認識が欠如・不足していた」及び「加害者から口止めされていた」の該当率が同じで最も高く、4割を超えていたなどの傾向・特徴が認められた。
精神障害を有しない性犯罪被害者についても、14歳未満のいわゆる児童では、性犯罪の被害に関する認識が十分でない場合があり、加害者からこの点につけ込まれて被害に遭うリスクがあることなどの事情が読み取れる。そして、余罪の被害を申告できなかった理由は、加害者が親族等の場合では、「加害者や周囲との人間関係等から言えなかった」の該当率が最も高く、7割を超えており、加害者が教育関係者、雇用主、支援関係者等の場合では、「加害者から口止めされていた」の該当率が最も高く、6割を超えていた。加害者が知人の場合では、「被害に関する認識が欠如・不足していた」の該当率が最も高く、5割を超えていた。
これらのリスク等を踏まえて、性犯罪被害の顕在化等に向けた検討を行うと、被害者の親族や支援関係者等が加害者となるケースが一定数存在しているとはいえ、やはり、被害者の異変等をいち早く察知して被害者を守ることができる者もまた、被害者の親族や被害者を支援等する立場の者を中心とした、被害者にとって身近な存在であるということを改めて確認することができる。この点、被害認識が不十分であった被害者も、加害者から何らかの違和感・不快感等を伴う行為をされたこと自体は認識していることから、被害者の親族や被害者を支援等する立場の者等、被害者にとって身近な存在が、被害者の言動から、普段と異なる被害者の異変や違和感等の兆候を早期に察知することが、被害を未然に食い止め、又は被害の反復を阻止して最小限の被害に抑え、被害を顕在化させることに直結しているといえる。他方、これらの者が加害者となるケースにおいては、捜査機関が、前記の余罪の被害を申告できなかった理由における傾向・特徴等を踏まえつつ、被害者が被害を申告できない心情や理由を深く洞察し、被害者に寄り添った事情聴取を行うことが肝要であるといえる。
また、被害の顕在化に向けては、最初に被害を伝えられた被害者の親族や支援関係者等が、いかに早く捜査機関に被害を申告することができるかが課題であるところ、今後、捜査機関と被害者の支援関係者等が、研修の実施等を通じて交流を深め、互いの立場への理解を醸成し、連携を一層強化するなどの必要がある。その上で、性犯罪被害等が生じていることが疑われる状況が生じた場合は、そのような状況を察知した被害者の親族や支援関係者等において、内部的な聞き取り等よりも、捜査機関への通報を優先してもらい、捜査機関への犯行発覚までの期間を少しでも短縮することが重要であると考える。
さらに、被害者による被害状況等についての供述は、なるべく早い時期に、捜査機関が実施する司法面接的手法による代表者聴取によって聴取した上で、適切に記録することが極めて重要である。その際、捜査機関も、被害者の親族や支援関係者等も、被害者を守る言わば同じチームの一員という共通認識を持つことが、代表者聴取の実効性を高める上で欠かせないことから、捜査機関は、被害者の支援関係者等に対し、近年数多く実施されている代表者聴取の実情等を伝え、理解を深めてもらうことが必要である。