前の項目 次の項目       目次 図表目次 年版選択

平成26年版 犯罪白書 第6編/第2章/第2節/2

2 犯罪抑止に向けた各種施策や民間の取組の実施時期から見た窃盗事犯の増減

これまで犯罪抑止に向けた各種施策や民間の取組が実施されてきたが,前記のとおり,犯罪情勢の好転・悪化には様々な事情が複合的に影響しており,各種施策の実施の有無のみをもって窃盗事犯の増減要因を一概に論ずることはできない。また,窃盗を除いた一般刑法犯の認知件数も平成16年をピークとして減少に転じている(1-1-2-4図P9参照)ことから,窃盗についてのみ,その認知件数の減少が,窃盗事犯を抑止するための各種施策や取組が功を奏したことによるものと断ずることも困難である。しかしながら,窃盗を含む犯罪抑止に向けた各種施策や取組は,街頭犯罪,あるいは侵入窃盗・自動車盗等といった窃盗の具体的手口やそれを敢行する犯罪者の特性等を踏まえるなどした上で,官民の協力により考案され,実施されているものが多い。また,完全失業率が一時的に上昇した21年以降も窃盗の認知件数は一貫して減少していたことも考慮すると,このような犯罪抑止に向けた各種施策等が窃盗の発生にとって一定の抑止要因となり得ていたのではないかとも考えられる。そこで,以下では,窃盗の認知件数の増減の背景事情の一つとして,関連する各種施策や取組の内容を概観する。

主な手口別の認知件数の推移(最近20年間)とともに,犯罪抑止に向けた各種施策や取組の実施時期を見ると,6-2-2-3図のとおりである。

6-2-2-3図 認知件数の推移と各種施策の実施時期
6-2-2-3図 認知件数の推移と各種施策の実施時期
Excel形式のファイルはこちら
(1)街頭犯罪対策

刑法犯の認知件数は平成8年から14年まで戦後最多を記録し続けていたところ,その大半は街頭において敢行される犯罪や住宅等に侵入して行われる犯罪の増加によって占められており,国民の身近な犯罪の増加が治安の悪化の大きな要因とされていた。そこで,警察庁においては,街頭犯罪及び侵入犯罪の発生を抑止するため,15年1月から「街頭犯罪・侵入犯罪抑止総合対策」を推進し,街頭犯罪等について,犯罪発生の実態を多角的に分析するとともに,犯罪の多発する地域や時間帯における警戒活動や取締活動が強化された。

また,犯罪情勢の悪化を踏まえ,平成15年9月には犯罪対策閣僚会議が設置され,同年12月に「犯罪に強い社会の実現のための行動計画−「世界一安全な国,日本」の復活を目指して−」が策定され,平穏な暮らしを脅かす身近な犯罪の抑止のため,自主防犯活動に取り組む地域住民やボランティア団体の支援についても積極的に取り組むこととされた。そして,その後の5年間で警察官等の治安の維持に当たる公務員が大幅に増員されたほか,地域における防犯意識の向上に伴い,防犯ボランティア団体の構成員数も10倍以上に増加し,まさに官民一体となった防犯対策がなされてきた。

平成16年版犯罪白書においても,同様の認識を示しているところであるが,これらの街頭犯罪対策の実施は,犯罪発生の大きな抑止要因となり得るものであり,平成15年以降の窃盗事犯の減少にも一定の影響を与えているものと思われる。例えば,少年や若年者によって行われることの多いひったくりの減少は,雇用情勢の変化や少年人口等の減少だけでなく,警察による街頭での警戒活動等の強化や防犯ボランティア団体による自主防犯活動の推進も一因になっているものと思われる。

(2)侵入犯罪対策

住宅等への侵入犯罪については,前記の「街頭犯罪・侵入犯罪抑止総合対策」のほか,建物の設備面での対抗処置を講じることによってその防止を図ることを目的として,平成14年11月,警察庁を始めとする関係省庁と建物部品関連の民間団体によって「防犯性能の高い建物部品の開発・普及に関する官民合同会議」が設置された。同会議では,それまでの侵入犯罪の手口を踏まえ,建物への侵入を防ぐための各建物部品の基準等について検討を重ね,16年以降,侵入までに5分以上の時間を要するなどの一定の防犯性能を有すると評価された建物部品をウェブサイトにおいて公表し,その普及に努めるなどの措置を講じてきた。

また,平成15年6月には,特殊開錠用具の所持等を禁止するとともに,特定侵入行為の防止対策を推進することにより,建物に侵入して行われる犯罪の防止に資することを目的として,特殊開錠用具所持禁止法(同年9月施行)が制定され,ピッキング用具等に対する取締りが強化された。このような規制により,侵入窃盗を含む侵入犯罪が一定程度抑止された面があるものと思われる。

(3)車両関連の窃盗事犯対策

自動車盗や車上ねらい等といった車両関連の窃盗事犯は,平成14年までの窃盗事犯の増加の中においても増加率の高かった手口である。とりわけ自動車盗については,盗難自動車が不正に輸出されるなど国際的な犯罪組織の介在も指摘されていたところ,13年に設置された「国際組織犯罪等対策推進本部」の決定に基づき,自動車の盗難及び盗難自動車の不正輸出を防止するための総合的な対策を検討するため,同年9月,警察庁等の関係省庁と民間団体からなる「自動車盗難等の防止に関する官民合同プロジェクトチーム」が設置され,以後,盗難防止性能の高い自動車の普及,イモビライザー等の盗難防止装置の普及促進のほか,自動車の使用者や駐車場の管理者等に対する防犯指導や啓発活動,港湾における盗難自動車の不正輸出防止対策等の措置が推進されてきた。我が国における自動車の保有台数がおおむね横ばいの状態にある(警察庁交通局の統計による。)中で,自動車盗や車上ねらいの認知件数は15年ないし16年から大きく減少していることからすれば,前記の街頭犯罪対策に加え,こうした盗難防止対策の推進が,自動車盗や車上ねらいの減少の一因になっているものと思われる。

なお,自転車盗については,平成5年12月に自転車の安全利用の促進及び自転車等の駐車対策の総合的推進に関する法律(昭和55年法律第87号。平成6年6月20日前の法律名は「自転車の安全利用の促進及び自転車駐車場の整備に関する法律」)が改正され(平成5年法律第97号。6年6月施行),自転車の利用者に自転車防犯登録が義務付けられ,自転車防犯登録によって盗難自転車の早期発見等が図られることとなり,前記街頭犯罪対策とともに,一定の犯罪抑止力になっているのではないかと思われる。

(4)自動販売機ねらい対策

窃盗事犯の中で他の手口よりも早い時期から大きく増加し始めたのは,自動販売機ねらいであったが,業界団体である一般社団法人日本自動販売機工業会においては,平成8年,自動販売機の施錠設備等を破壊されることを防止するための「自動販売機の堅牢化技術基準」を定め,堅牢化自動販売機の普及に努めてきた。飲料及びたばこの堅牢化自動販売機は,18年までに全国に普及した(一般社団法人日本自動販売機工業会の資料による。)。

また,平成13年版犯罪白書でも言及しているところであるが,偽造通貨や変造通貨による犯罪の増加を踏まえ,平成12年には新五百円硬貨が発行され,16年には新紙幣が発行されたことなども偽変造通貨を用いた自動販売機ねらいの防止策となっているものと考えられる。

(5)万引き対策

万引きは,他の手口の認知件数が大きく減少し続ける一方で,認知件数の高止まりが続いてきた手口であり,近年の認知件数は減少しているものの,なお自転車盗に次いで最も認知件数の多い手口である。

万引きは,初発型の犯罪・非行とも言われ,現に平成14年までは検挙人員の約4割を少年が占めていた(6-2-1-7図<2>P215参照)が,かつては少年による万引きについては大目に見る風潮もあったように思われる。また,従前の商店街における青果店や鮮魚店等といった対面式販売形態をとる小規模な個人商店が減少し,客自身が商品を手にしてレジに運んで購入するいわゆるセルフ式の販売形態をとる大規模小売店舗が増加したことにより,従業員の目を盗んで商品を万引きすることが容易になったことも,万引き事犯が増加した背景事情として考えられる。

しかしながら,被害を受ける小売店側にとっては,万引きによる商品ロスの売上高に占める割合は少なくなく,とりわけ利益率の低い書店業界においては,万引き被害の増加が経営を相当圧迫していると指摘されてきた。このような情勢の中で,平成15年頃から,全国各地において,万引き防止に向けた官民合同の協議会等が開催されるなどし,万引きもれっきとした犯罪であるとの啓発活動や,被害に遭った場合における警察への積極的な届出の推進等の取組が地域レベルで活発に行われてきた。また,22年9月には,警察庁が全国の都道府県警察に「万引き防止に向けた総合的な対策の強化について」を発出し,被害対象となり得る小売店舗を始めとする業界団体に対し,万引きを認知した場合における警察への届出の徹底を要請するとともに,被害関係者の時間的負担等を軽減するため,捜査書類等の合理化を図るなどの取組がなされてきた。

このような各種施策等が,万引きの認知件数や検挙人員の増加やその後の高止まり傾向に一定の影響を及ぼしたものと考えられる。そして,その後も,全国各地で万引き防止に向けた協議会や官民合同会議が開催されるなどし,警察や小売業界だけでなく,学校等の教育機関やPTAをも含めた関係機関・団体が連携して,万引き犯罪に対する啓発活動等が積極的に推進されているところであるが,少年に限ってみれば,平成25年は6年と比べ,万引きによる少年の検挙人員が4割以上減少し,万引きの検挙人員に占める少年の割合も半減していることからすれば(6-2-1-7図<2>P215参照),万引き防止に向けた官民一体となった取組は一定の成果を上げているものと思われる。

他方, 近年は,高齢者の万引きの検挙人員の増加が顕著であるところ(6-2-1-7図CD-ROM参照),相応の人生経験や社会経験を有していながら高齢に至って初めて犯行に及ぶ者も少なくなく,その動機や背景事情も様々であり,学校等といった地域的なコミュニティも乏しく,可塑性に富んだ少年とは異なる対策が必要であり,万引き事犯における高齢者問題への対策は,喫緊の課題ともなっている(本編第5章第1節P319,同章第2節5項P321参照)。

また,万引きは,他の手口と比べて検挙率が高いものの(6-2-1-5図P212参照),万引きの場合には犯行現場の目撃がなければ検挙することは難しいとも言われており,万引き被害の実態には相当の暗数があるものと推察される。捜査書類の合理化等によって被害関係者の負担軽減に向けた措置が講じられてきたところではあるが,万引き被害の届出に関しては,時間的な負担等を考慮する余り警察への届出をためらう被害関係者が依然として少なくないとの指摘もあり,万引き事犯の動向については,なお予断を許さない状況にある。