この項では、窃盗事犯者(今回受刑することになった事件中に窃盗が含まれる者をいう。)について、男女別及び60歳以上と60歳未満の年齢別に分けて比較を行った結果から、窃盗事犯の女性受刑者の傾向・特徴を見ることとした。なお、この項においては、窃盗事犯者のうち60歳以上の女性受刑者については「女性受刑者(60歳以上)」、60歳未満の女性受刑者については「女性受刑者(60歳未満)」、60歳以上の男性受刑者については「男性受刑者(60歳以上)」、60歳未満の男性受刑者については「男性受刑者(60歳未満)」という。
窃盗事犯者の年齢層別構成比では、女性受刑者(60歳以上)の構成比は、男性受刑者(60歳以上)の構成比と比べても高いところ、女性受刑者(60歳以上)は、今回受刑することになった窃盗の態様・手口について、「万引き」の該当率が95.9%と顕著に高く、また、婚姻状況では「有配偶」の構成比が最も高いものの、他の群と比べると「死別」の構成比が高かったことから、窃盗事犯者の女性受刑者の中では、60歳以上の万引き事犯の占める割合が極めて高く、60歳以上の女性の万引き事犯者は、配偶者と死別している者も比較的多いといえる。なお、本章第2節1項及び2項で述べたとおり、女性は、男性と比べて、万引きの微罪処分率や窃盗の起訴猶予率が高いことから、窃盗事犯者の女性受刑者の中には、これまでの事件について微罪処分や起訴猶予による刑事手続の終了を経験した後、今回受刑することとなった窃盗に及ぶに至った者も少なからずいることが考えられた。
事件の動機・理由では、いずれの群も、「生活費に困っていたから」の該当率が最も高かったものの、女性受刑者(60歳以上)の該当率は37.4%と、男性受刑者(60歳未満)では該当率が60%を上回ったことと比較すると低く、他方で、女性受刑者(60歳以上)は、他の群よりも「わからない」の該当率が高かった。また、収入源では、女性受刑者(60歳以上)は、「公的年金」等の該当率が最も高い一方で、「生活保護」は2割弱に止まっており、その該当率が男性受刑者(60歳以上)よりも低く、福祉的な支援を受けなければならないほどの差し迫った生活困窮状況にはない者が少なくないことがうかがえた。そのため、女性受刑者(60歳以上)は、金銭的な困窮以外の動機又は動機が曖昧なまま犯行に及ぶ者が他の群よりも多いことが推察された。さらに、困りごとの内容について、女性受刑者(60歳以上)は、「経済的なこと」及び「健康上のこと」の該当率が、それぞれ4割、5割程度であったが、「仕事のこと」、「妊娠や出産のこと」、「人間関係」及び「犯罪行為をしていること」の該当率は他の群よりも低い傾向にあった。そのため、女性受刑者(60歳以上)は、健康上のことなどで、それなりの困りごとを抱えているものの、特に「犯罪をしていること」について、他の群よりも該当率が低いことから、自己の犯罪行為の問題性を認識することが十分にできていない可能性がうかがえ、本章第2節1項及び2項で述べたとおり、それまでの万引きの犯行について、微罪処分や起訴猶予により早期に刑事手続が終了したため、自己の犯罪行為と向き合うための機会や時間が不足していた可能性も考えられた。
一緒に暮らしていた者の有無では、女性受刑者(60歳以上)は、「いない(一人暮らし)」の該当率が最も高く、次いで、「配偶者(内縁関係や事実婚を含む)や交際相手」と同居している者、「子(内縁関係や事実婚の配偶者の連れ子を含む)」と同居している者の順に該当率が高かった。厚生労働省政策統括官の資料によると、令和4年の高齢者(65歳以上の者をいう。)の女性の家族形態別構成比では、子と同居世帯及び夫婦のみの世帯の者の構成比がいずれも3割以上を占め、単独世帯の者は2割を超える程度であった(7-2-4図<2>参照)。同資料と特別調査の結果は、年齢の区分が異なることなどから単純な比較はできないものの、一般の65歳以上の女性と比べて、女性受刑者(60歳以上)における単独世帯の者の比率は高い傾向にある。また、本章第2節3項で述べたとおり、入所受刑者の婚姻状況別構成比では、女性入所受刑者の場合、男性入所受刑者よりも「未婚」の構成比が低く、「死別」の構成比が高いことからも、女性受刑者(60歳以上)の中には、このように配偶者との死別により単独世帯に至った者が一定程度いると考えられた。年齢とともに世帯状況も変化し、例えば子供の独立等に伴い新たな悩みが生じたり、配偶者との離別により生活環境が変化する場合もあるところ、特に配偶者との死別は、経済状況や生活環境に大きな変化をもたらす場合が多く、それにより直ちに生活困窮に至ることはなくても、今後の生計に対する漠然とした不安や、環境の変化による新たな悩みが生じることも少なくないことから、女性受刑者(60歳以上)の中には、このような配偶者との死別等による世帯状況の変化により、新たな不安や悩みを抱えるに至る者もいると推察された。そして、逮捕などで身柄を拘束される直前の1年間において、どのくらいの頻度で孤独を感じていたかを見る孤独感得点では、女性受刑者(60歳以上)は、「7~9点(時々あった)」の構成比が最も高いものの、「10~12点(常にあった)」の構成比が他の群よりも低いことから、常に孤独を感じるとまではいえないものの、時折孤独を感じる状況にあることがうかがえた。悩みや不安が生じた場合の相談の有無では、女性受刑者(60歳以上)は、「相談した」の構成比が約5割を占めており、相談先については、「家族または親族」の該当率が最も高いものの、「友人または知人」の該当率が他の群よりも低いことから、家族等以外の身近な相談相手が少ない傾向がうかがえた。他方で、女性受刑者(60歳以上)が相談しなかった理由としては、「相談する相手がいなかった」の該当率が最も高く、5割を超えており、「相談してもむだだと思った」の該当率が他の群よりも低いことから、悩みごとを相談したいという気持ちはあるものの、相談先を見つけることができない様子がうかがえた。
窃盗事犯者という観点からは、60歳以上の女性受刑者が窃盗全体の約4割を占めており、その態様・手口では95.9%が万引きであるところ、その中には、差し迫った生活困窮状態にはないものの、年を経るにつれて経済状況や生活環境が変化していくに従い、将来に対する漠然とした不安や悩みが引き起こされるなどする中で、次第に友人又は知人との関わりも少なくなることにより孤立していき、その結果、自己の抱える不安や悩みについて相談相手も見つけられないまま、時折孤独を感じながら、金銭的な困窮以外の理由や曖昧な動機から犯行に及ぶ者が少なくないことがうかがわれた。女性犯罪者の再犯防止又は円滑な社会復帰を図るに当たり、主としてこうした加齢に伴う不安・悩みや孤立についても留意する必要があると考えられた。