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令和3年版 犯罪白書 第8編/第6章/第4節/1

1 特殊詐欺の撲滅に向けた取組
(1)徹底的な取締りの必要性

特殊詐欺の撲滅のためには,現実に発生する特殊詐欺事犯を検挙し,特殊詐欺を実行する犯罪組織を撲滅することが肝要である。警察では,特殊詐欺が社会問題化するようになった平成15年以降,逐次捜査体制を強化しながら,特殊詐欺事犯の取締りに当たっている。現在も,「オレオレ詐欺等対策プラン」の下,「犯罪者グループ等に対する多角的・戦略的取締りの推進」,「犯行拠点の摘発等による実行犯の検挙及び突き上げ捜査による中枢被疑者の検挙の推進」及び「預貯金口座や携帯電話の不正売買といった特殊詐欺を助長する犯罪の検挙等の推進」に当たっているところであり,これらの取組は,今後も重要である。特に,特殊詐欺を実行する犯罪組織にとって,預貯金口座や携帯電話は,特殊詐欺の犯行ツールとして欠かせないものである。今回の特別調査(全対象者調査)でも,調査対象事件総数の13.7%を通帳等・携帯電話機の詐取が占めていた。特殊詐欺の撲滅のためには,このような特殊詐欺を助長し得る手口については,詐欺のほかにも,携帯電話不正利用防止法,犯罪収益移転防止法等の各種法令を駆使して取締りに当たる必要がある。また,今回の特別調査(全対象者調査)では,特殊詐欺事件の約9割について,共犯者に氏名不詳の者が含まれていた。これは,特殊詐欺に加担しておきながら検挙を免れている者がいるということを意味する。主犯・指示役を検挙し,犯罪組織を撲滅するためには,通常の突き上げ捜査に加え,刑事訴訟法等の一部を改正する法律(平成28年法律第54号)により導入・拡充された諸制度(通信傍受の対象範囲の拡大及び手続の合理化・効率化,刑事免責制度等)の活用等が重要である。さらに,今回の特別調査(確定記録調査)では,特殊詐欺を実行する犯罪組織には暴力団が深く関与していることが示唆された。暴力団等の犯罪組織にとって,特殊詐欺が違法な活動を行うための資金を獲得するための重要な手段となっている実態がうかがわれる。特殊詐欺撲滅の観点からも,暴力団対策法,いわゆる暴力団排除条例,組織的犯罪処罰法等を駆使した暴力団対策や組織犯罪対策,刑事施設における暴力団離脱指導等の取組が重要である。

(2)特殊詐欺を実行する犯罪組織への参加を食い止めるための方策

特別調査(確定記録調査)の結果,特殊詐欺事犯者については,調査対象事件において,種々の役割を果たしていることが示された。特殊詐欺事犯者の役割類型の中で最も多かったのは,「受け子・出し子」であったが,これには,「受け子」が,被害者の自宅等に現金等を受け取りに行く役割,「出し子」が,防犯カメラが設置されていることが多いATM等から現金を引き出す役割であることから,他の役割類型よりも検挙される可能性が高いことが影響していると思われる。「受け子・出し子」は,特殊詐欺を実行する犯罪組織が現金を獲得するために必要不可欠な存在であり,「受け子・出し子」として犯罪組織へ参加する者を根絶することは,特殊詐欺の撲滅に向けた一つの方策となり得る。特別調査(確定記録調査)の結果,「受け子・出し子」については,特殊詐欺に及んだ背景事情として「無職・収入減」がある者,動機・理由として「金ほしさ」がある者の割合が高く,「受け子・出し子」が,経済的利益を求めて犯行に加担する者が多いことがうかがえる。「受け子・出し子」の約9割の者が報酬を受け取るか報酬を受け取る約束をしていたが,実際に報酬を得た者は半分に満たず,報酬を得られたとしても高額な報酬を得た者はまれであった。それどころか,犯罪組織では従属的な立場である「受け子・出し子」であっても,その約半数が全部実刑となっている。「受け子・出し子」として特殊詐欺を実行する犯罪組織に参加する可能性がある者に対しては,「受け子・出し子」の役割を果たした後に待っている帰結に関する具体的な情報を提供し,「受け子・出し子」として特殊詐欺に加わることが,決して「割に合う」犯罪ではないと認識させることが,これらの者が特殊詐欺に加わることを防止する上で有効であると思われる。その機会としては,一般的な周知広報活動の場面に加えて,「受け子・出し子」の約6割を30歳未満の若年者層が占めている上,約3割が保護処分歴を有していたことを考えると,保護処分に係る罪名が詐欺であるか否かに限らず,保護観察や少年院における指導の一環として行う余地もあるのではないかと思われる。また,コラム10で,実際に特殊詐欺被害に遭った方の声を紹介している。そこでは,特殊詐欺の被害者が,経済的な被害だけでなく,長きにわたり,怒りや悲しみ等の精神的被害を受け続けているという実態が明らかになっている。一方で,コラム11及び12から明らかなように,実際に特殊詐欺を行って刑務所に入所した者や少年院に入院した者の中には,被害者の受けた経済的・精神的被害の大きさに思い至っていない者が少なくない。「受け子・出し子」として特殊詐欺を実行する犯罪組織に参加する可能性がある者に対しては,特殊詐欺の被害者が実際に受け得る経済的・精神的な被害の大きさを具体的に認識させることも,これらの者が犯罪組織に参加するのを食い止めることに寄与するものと期待される。

以上の点は,「受け子・出し子」以外の役割類型の者についても,基本的に当てはまると思われる。特に,「受け子・出し子」に続いて多かった「架け子」については,「受け子・出し子」よりも,実際に報酬を得た者の構成比が高い上,高額の報酬を得ている者の構成比も高い。しかしながら,「架け子」の8割強が全部実刑となり,その刑期も「受け子・出し子」よりも総じて長いものであることを考えれば,「割に合う」ものではないという点では同じである。「架け子」については,経済的な動機・理由や背景事情に加え,「不良交友」を背景事情とする者,「友人等からの勧誘」を動機・理由とする者の割合が高かった。「架け子」も約6割が30歳未満の若年者であり,3割強が保護処分歴を有していることを考えれば,不良交友関係を有する者に対しては,保護処分の段階で,その解消に向けた指導や,勤労意欲や能力を高めるための就労支援等を行い,あるいは,円滑に就職できるような職業訓練を実施するといった方策が,特殊詐欺を実行する犯罪組織への参加を予防することにもつながるものと思われる。

(3)特殊詐欺の被害を防止するための方策

特殊詐欺が社会問題となって以降,各種の広報啓発活動が行われ続けており,現在も,「オレオレ詐欺等対策プラン」の下で,「幅広い世代に対して家族の絆の重要性等を訴える広報啓発活動の展開」,「あらゆる機関・団体・事業者等のウェブサイト,SNS等による注意喚起」,「高齢者と接する機会の多い団体・事業者等による注意喚起」及び「子供や孫世代を対象とした職場や学校における広報啓発の推進」が進められている。そのような中,令和2年においても,特殊詐欺の認知件数は,1万件を上回り,実質的な被害総額は,約285億円に達している。同年の特殊詐欺の認知件数のうち,女性が被害者のものが約4分の3を占めており,特に,高齢女性は全体の約3分の2を占めている。主要な被害者層である高齢女性やその家族等に訴求するように工夫された広報啓発活動が必要である。

今回の特別調査(確定記録調査)でも,被害者が高齢者である特殊詐欺事件について,約3分の1は単身居住,約3割は同居相手が配偶者のみの事件であった。また,既遂事件のうち約3分の2は同居の家族・親族に相談したにもかかわらず金品を詐取されるに至った一方,未遂事件のうち約3割は同居していない家族・親族に相談をしている。特殊詐欺の犯人は,被害者を精神的に動揺させて平常心を失わせることを意図している以上,いかに広報啓発活動がなされていても,実際にだましの電話を受けた際,被害者が冷静さを保つのは困難な場合がある。そのような場合には,同居の家族・親族も被害者と同様の心理状態に陥ってしまうおそれもある。だましの電話を受けた被害者が金品をだまし取られるに至らないようにするためには,同居していない家族・親族とのコミュニケーションを深めておくなど,相談しやすい環境が確保されるのが望ましい。もっとも,家族構成等からそれが困難な被害者も多くいると思われるため,そのような場合でも被害を食い止められるように,金融機関,コンビニエンスストア等の幅広い事業者の取組も重要である。今回の特別調査(確定記録調査)でも,特殊詐欺事件(未遂事件)の12.0%では,最初に詐欺に気付いたのは金融機関職員であり,実際に,金融機関等が詐欺被害防止に貢献している実態がうかがわれた。

加えて,今回の特別調査(確定記録調査)では,犯人グループから被害者への最初の連絡方法は,9割弱が固定電話であった。固定電話を介した特殊詐欺を予防するためには,電話機の呼出音が鳴る前に犯人に対し犯罪被害防止のために通話内容が自動で録音される旨の警告アナウンスを流し,犯人からの電話を自動で録音する機器が有効であり,実際に,一部の地方公共団体がその普及促進に貢献していることは,注目に値する(コラム9)。