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令和3年版 犯罪白書 第8編/第3章/第3節/コラム10

コラム10 詐欺被害者の声

詐欺の被害者は,経済的な被害はもちろんのこと,精神的な被害にも苦しむ者が少なくない。このコラムでは,ある特殊詐欺事件の被害者が語った経済的・精神的被害や加害者に対する思いを紹介する。なお,事件の内容等については,個人の特定ができないようにする限度で修正を加えている。

1 詐欺被害に遭って

ある日,自宅の電話が鳴りました。電話を取ると,相手は,警察の者と名乗りました。相手は,私の家族が交通事故を起こしたので,逮捕されないようにするためには示談金が必要だと言ってきました。私は,頭が真っ白になってしまい,お金を払わなければ家族が逮捕されるということで頭が一杯になり,パニック状態のまま,家族を助けたいという一心で預金を引き出し,言われるがままに,ATMからお金を振り込みました。

その後,電話の相手と連絡がつかなくなったことなどから,すぐに詐欺だと分かり,警察に被害届を出しました。最初は,事実を受け入れられずパニック状態が続いていましたが,日が経つにつれ,当日の自分の行動一つ一つを後悔する気持ちがどんどん湧いてきました。また,私が助けようとした家族本人からも「馬鹿だ」と責められてしまいました。自宅の電話が鳴ると,事件のことを思い出して怖くなり,事件のことや家族に責められたことを思い出して眠れなくなる日もありました。頭痛が続き,満足に食事をとることもできず,日に日に痩せていき,何かをする気力もなくなっていきました。被害に遭った時期は,新しい生活に向けた準備をしていたところでしたので,本当だったらもっと楽しい生活を送っていたはずなのにと思うとつらい気持ちになりました。また,少ない給料の中から一生懸命貯めた預金がなくなってしまったことで,経済的にもとても苦しい思いをしました。言い出したらきりがないくらいつらいことがたくさんありました。でも,被害に遭ったことを恥ずかしいと思っていましたし,家族から口外しないように言われていたので,事件のことは親しい友人にすら話せませんでした。

その後,転居等を機に,被害に遭ったことは忘れて新しい生活を始めたいというように気持ちが変わっていきました。そのような時,警察から加害者が逮捕されたという連絡を受けました。よかったなと思った反面,加害者への怒りや,だまされたことの悲しみ等の気持ちが一気にあふれ出たように感じました。事件と向き合いたくないという気持ちが大きかったので,裁判を傍聴することはしませんでしたが,普段どおりの生活をしているつもりでも,事件を忘れることはできませんでした。そこで,加害者は一体どうなったのだろうと気になり,検察庁に問い合わせて初めて被害者を支援する制度があることを知り,利用することにしました。

2 被害者支援制度を利用して

被害者支援制度を利用してよかったと感じています。まず,被害者等通知制度(第6編第2章第1節5項参照)で,半年に1回ではあるものの,加害者が刑務所でどのように過ごしているのかを教えてもらうだけでも気持ちが和らぐところがありました。意見等聴取制度(同項参照)では,被害弁償も謝罪もない状態で仮釈放になるのは許せないという意見を述べさせていただきましたが,このように意見を伝えられる制度があってよかったと思います。心情等伝達制度(同項参照)で私の気持ちを繰り返し伝えたことで被害弁償につながったことや,加害者から,自分の気持ちを書いたと思われる手紙をもらえたこともうれしかったです。また,私は,被害に遭ったことについて,身近な存在にも相談したりできないまま長い時間を過ごしていたのですが,これらの制度を利用する中で,被害者担当の保護観察官や保護司に話を聞いてもらうことができ,自分の気持ちの整理にもつながりました。

3 加害者に対する思い

加害者からは,裁判が始まった頃に,弁護士を通じておわびの手紙が届きました。謝罪の言葉等が書かれていましたが,普段使いそうもない難しい表現が使われており,本当に反省して謝罪の気持ちを伝えようと書いた文章ではないように感じられ,余計に腹が立ちました。その後,加害者からの連絡はなかったのですが,加害者が仮釈放された後,私が心情等伝達制度を利用して思いを伝えたところ,加害者から謝罪の手紙が届きました。この手紙は,裁判の時と違い,自分の言葉で書いてあったように感じられ,心に響きました。また,だまし取られたお金の一部が弁償され,加害者は,残りのお金もできる限り弁償すると手紙に書いていました。しかし,仮釈放期間が終了すると,連絡は途絶えました。加害者の弁護士に何度も連絡すると,2回被害弁償がありましたが,最近は連絡がありません。弁償できない事情があるならば,せめてそれを伝えてほしかったのですが,それすらなかったため,加害者にまただまされてしまったようで悔しく思いました。加害者に反省の気持ちがあると思ってしまった自分にも腹が立ちました。今は,加害者が反省せずに再犯してしまっているのではないかという思いもあります。

4 犯罪被害者の立場になって

被害者の立場になってみて思ったことは,まず,被害者に多少なりとも落ち度があったとしても,被害者を責めるような発言をしないでもらいたいということです。私も含め,特殊詐欺の場合,だまされる方も悪いと言われることがあると思います。でも,悪いのは加害者なのです。詐欺の被害者は,いやというほど自分自身を責めている方が多いと思います。そのような被害者を更に傷付けるようなことを言うのはやめてください。むしろ,そうやって自分を責めている被害者には,はっきりと「あなたは悪くない。悪いのは加害者ですよ。」ということを言ってもらいたいです。私自身,心情等伝達制度を利用した際,担当の保護観察官からそう言ってもらえて救われた気持ちになりました。

詐欺の加害者の処遇に当たる方には,加害者がいるということは,私のような被害者がいるということを常に意識して指導を行っていただきたいと思います。一人一人の加害者によって,事件を起こした時の事情等が違うように,一人一人の被害者には,それぞれの事情や背景があります。例えば,だまし取られたお金が被害者にとってどういうものだったのか,被害者がどのような立場に置かれているのかなどの事情も把握した上で指導に当たってもらいたいと思います。犯罪被害者には決して「卒業」はありません。同じように,加害者に「卒業」はないという意識を持たせるように指導してもらいたいです。加害者は刑務所から出た時を区切りに考えることができるかもしれませんが,被害者には,そのような区切りはありません。刑を終えることと被害者への償いを果たすことは別のものだと思います。加害者が反省することや再犯しないことは当然のことであり,被害者への謝罪や弁償を行うことなく,被害者の気持ちを無視したままでは,加害者が真に更生したとは絶対に言えないと思っています。私の場合,仮に被害弁償が全額行われ,加害者から謝罪があったとしても,事件をなかったことにはできません。悔しさ,怒り,つらさを抱えて事件後長い間生きてきたことを,なかったことにはできません。このような被害者の思いを,加害者本人はもちろん,加害者処遇に関わる方にも知っていただきたいです。被害者にとって,加害者はできれば無関係でいたい存在です。しかし,その一方で,加害者が反省や被害弁償を行い,更生を果たすことは,被害者がその後の人生を前向きに生きていくために欠かせないものであると思っています。