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令和3年版 犯罪白書 第8編/第4章/第1節/コラム12

コラム12 多摩少年院及び新潟少年学院における特殊詐欺再非行防止指導

少年院では,各施設の実情に応じ,特殊詐欺在院者の再非行防止に関する取組が行われている(本項参照)。このコラムでは,2か所の少年院の指導実践例を紹介する。

1 多摩少年院

多摩少年院では,平成29年から独自のプログラムを用いた指導を行っている。同少年院の担当者は,試行錯誤を続けながら,同プログラムで使用するテキストの作成を行った。その過程で,同少年院の担当者は,特殊詐欺在院者には,いわゆる「受け子」の役割を果たした者が多く,「受け子」の役割を果たした者は,被害者が傷ついている姿を直接見ていないため,罪障感の深まりに欠けることに気付いた。「受け子」の少年は,だまされている被害者宅を訪問して,金銭を受け取る際,自分や親族の身に起きている問題を解決してくれると誤信した被害者から,「(金銭を受け取りに来てくれて)ありがとう。」と言われ,感謝をされることさえある。しかし,少年は,その後の被害者の姿を見ることはなく,被害者がどれだけの被害を受けたのかを直接把握する機会はほとんどない。そこで,同少年院の担当者は,罪障感を深めさせるためには,特殊詐欺に至る考え方に気付く内容や,健全な金銭感覚を学ぶ内容の授業等から始め,特殊詐欺に加担するに至った自身の問題と向き合わせ,自身の責任を理解させることが必要と考えた。自身の責任についての理解が進んだ後,被害者が金銭をだまし取られたことで絶望し,自己を責め,ときには親族等からも非難され,自殺に追い込まれるといった実際の事例等を通じて,被害者感情に直面させ,罪障感の醸成を図ることとした。同少年院では,このように作成したテキストを用い,特殊詐欺在院者の罪障感を深めさせている。

2 新潟少年学院

東京矯正管区では,同矯正管区管内の少年鑑別所及び少年院に収容された特殊詐欺に関与した少年(少年鑑別所255人,少年院118人)についての各調査結果に基づき,同少年たちを「生活全般問題タイプ」,「家庭機能不全タイプ」及び「生活全般低調タイプ」の三つのタイプに分類し,これに応じ,特殊詐欺在院者に対して,重点的に指導すべき事項等を取りまとめた手引を作成している。新潟少年学院では,同手引を元に,施設内で検討を重ね,平成29年に「特殊詐欺再非行防止指導実施要領」を策定(令和3年3月改正)した。そして,同実施要領に基づき,「自己理解と改善への動機付けを高めさせること」,「特殊詐欺の問題性を考えさせること」,「特殊詐欺に至る考え,感情,行動を振り返らせること」,「ものの見方や考え方の癖を考えさせること」,「被害者について考えさせること」,「金銭感覚について考えさせること」,「再非行しないための対策を考えさせること」の全7単元からなる特殊詐欺再非行防止指導計画を作成し,これを実施している(8-4-1-1表参照)。その際,特殊詐欺在院者を指導する上で,大きな課題となっているのが罪障感の醸成である。特殊詐欺は,犯人グループ内の役割が細分化されていることに加え,少年院に入院してくる特殊詐欺在院者の大半は,「受け子」,「出し子」などの末端の役割を担っており,被害者の心情を実感できにくいという課題がある。指導担当者の実感として,特殊詐欺在院者の再非行防止を根底で左右しているものは,被害者に対する罪障感の醸成ができるか否か,すなわち,特殊詐欺在院者が心からの反省に至るか否か,とのことである。そこで,同少年院では,特殊詐欺再非行防止指導の中で,一般的な生活費や老齢基礎年金等老後に必要となる資金等を特殊詐欺在院者に計算させて,そのような資金等の一部をだまし取られたことで被害者が受けたであろう失望,不安,落胆等の感情や,現実的な生活面での困難を中心に実感できるよう指導する工夫を行っている。

3 2か所の少年院の指導実践例から

2か所の少年院での指導実践例では,特殊詐欺在院者の指導の中心に「罪障感の醸成」を挙げていることが分かる。特殊詐欺在院者の「罪障感」を深めるためには,その前提として,指導者(法務教官)自身が,変化し続ける特殊詐欺の実態,被害者の置かれた状況や困難を具体的に知ること,特殊詐欺在院者個々の特性や知的能力等が罪障感の醸成に影響を及ぼすことへの留意が必要である。前者については,研修等の場を提供することなどが考えられるが,後者については,特殊詐欺在院者個々の理解力等に応じた指導が必要となり,その意味では,個別面接とグループワークを適切に組み合わせることが必要となる。また,特殊詐欺在院者が特殊詐欺被害者の実情を知り,これを通じて罪障感をより深めるためには,特殊詐欺被害者や同被害者の周辺の方々の声を直接聴くなど,特殊詐欺在院者の指導への参画を得ることなどの視点も重要と考えられる。