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令和3年版 犯罪白書 第8編/第3章/第1節/コラム9

コラム9 特殊詐欺撲滅に向けた官民の取組

特殊詐欺は,平成15年夏頃にオレオレ詐欺の形態によるものが目立ち始めて以降,今日に至るまで,我が国において,重大な社会問題となっている。この間,政府においても,特殊詐欺の撲滅に向けて,特殊詐欺事犯の取締りを進めるとともに,官民一体となった対策を推進してきた。警察庁は,早期の段階から,捜査体制を強化していたところ,16年には,オレオレ詐欺,架空料金請求詐欺及び融資保証金詐欺を「振り込め詐欺」(19年10月には還付金詐欺を追加)と総称し,対策の更なる強化を図り,20年6月には「振り込め詐欺対策室」を設置し,全庁的な取組体制を確立した。警察庁及び法務省は,同年7月,振り込め詐欺を撲滅し,真に安心・安全な社会を取り戻すべく,官民を挙げた取組を推進するため,振り込め詐欺対策における基本的な考え方及び方針を示すものとして,「振り込め詐欺撲滅アクションプラン」を共同で策定・公表した。特殊詐欺の認知件数は,21年に大幅に減少したものの,23年からは増加に転じ,29年には約1万8,000件の高水準に達している(8-3-1-17図参照)。この間,犯罪対策閣僚会議(第5編第1章1項参照)は,「「世界一安全な日本」創造戦略」(平成25年12月10日閣議決定)の中で,「特殊詐欺対策の強化」として,「総合的な特殊詐欺被害防止対策等の推進」,「特殊詐欺等に係る犯行ツールの遮断対策の推進」及び「振り込め詐欺を始めとする特殊詐欺事件の検挙」を進めることとした。犯罪対策閣僚会議は,令和元年6月には,「オレオレ詐欺等対策プラン」を決定し,その後,各府省庁において,同プランに基づき,国民,各地方公共団体,各種団体,民間事業者等の協力を得ながら,特殊詐欺の撲滅に向けた取組を進めている。これらの取組は多種多様な内容を含むものであるが,このコラムでは,特殊詐欺撲滅に向けた官民の取組のうち,主に,特殊詐欺の被害防止対策を紹介する。

1 犯行ツールとなり得る携帯電話等の不正利用防止

特殊詐欺は,犯人が被害者と対面することなく,電話等を介して被害者をだますことに特徴があり,犯人グループとしては,必然的に,検挙を免れるため,身元の特定が困難な電話を確保することに意を注ぐことになる。特殊詐欺が目立つようになってから間もない段階では,本人確認の手続を経ることなく入手可能であったプリペイド式携帯電話が多用されていた。そこで,平成17年4月,携帯電話不正利用防止法が成立し(18年4月全面施行),携帯電話に係る役務提供契約締結時における携帯音声通信事業者の本人確認義務に関する規定と共に,携帯電話の不正な譲渡・貸与等に関する罰則を設け,犯人グループが匿名性の高い携帯電話を入手することを困難とした(本編第2章第1節3項(2)参照)。

その後,携帯電話レンタル事業者には本人確認記録の作成等の義務が課せられていなかったことに乗じて,悪質な事業者から匿名で貸与を受けたレンタル携帯電話を利用した特殊詐欺が急増した。平成20年6月,携帯電話不正利用防止法が改正され(同年12月施行),携帯電話レンタル事業者に対し,契約締結時の本人確認とその記録の保存を義務付けた。なお,同改正により,SIMカード(契約者特定記録媒体)単体の不正売買も処罰の対象とされた。26年から,警察は,不正に契約された携帯電話を捜査等で把握した場合に,提供元の携帯電話事業者に情報を提供し,携帯電話レンタル事業者への役務提供拒否(強制解約)を要請する制度(以下このコラムにおいて「役務提供拒否の情報提供制度」という。)を開始し,同制度の運用により,匿名レンタル携帯電話の供給元となっていた悪質な携帯電話レンタル事業者が減少した。

平成28年頃から,MVNO(仮想移動体通信事業者。自ら無線局を開設・運用せずに移動通信サービスを提供する電気通信事業を行う。)には,実店舗を持たず,インターネット経由で契約の申込みを受ける事業者が多いことに乗じ,偽変造した身分証明書を用いて偽名で契約を行い,MVNOから入手した携帯電話が特殊詐欺に使用されることが多くなった。警察は,同年から,MVNOについても,役務提供拒否の情報提供制度の対象とし,29年からは,特殊詐欺の犯行に利用されている携帯電話を把握したときに,当該電話が継続的に悪用されることを阻止するため,MVNOを含む提供元の携帯電話事業者に対して当該携帯電話の利用停止を要請する制度を運用している。

携帯電話の不正利用対策が進んだこともあり,近年は,電話転送サービスを悪用して,犯行グループの携帯電話等から相手方に固定電話番号を表示させて電話をかけるなどの手法が多用されている。その対策として,令和元年から,警察の要請に基づき,固定電話番号を提供する電気通信事業者が犯行に利用された固定電話番号を利用停止とするほか,一定の基準を超えて利用停止要請の対象となった電話転送サービス事業者に対しては,電気通信事業者が連携して新たな固定電話の提供を一定期間行わないなどの対策を進めている。

2 犯行ツールとなり得る預貯金口座の不正利用防止

特殊詐欺では,犯人が被害者に対し,被害金の振込先として,他人名義や架空人名義の預貯金口座を指定することも多かった。そこで,平成16年12月,金融機関等による顧客等の本人確認等に関する法律(平成14年法律第32号)が改正され(法律の題名も「金融機関等による顧客等の本人確認等及び預金口座等の不正な利用の防止に関する法律」に変更された。),預貯金通帳等の有償譲受け等に関する罰則が整備された(本編第2章第1節3項(1)参照)。

特殊詐欺の犯行に利用された預貯金口座について,金融機関に対する迅速な口座凍結依頼を実施するほか,凍結された預貯金口座の名義人のリストを警察庁が作成し,一般社団法人全国銀行協会等へ提供することにより,不正口座の開設の防止を推進している。

3 金融機関との連携

特殊詐欺の被害者が多額の現金をだまし取られることを防ぐため,金融機関においては,顧客に対し,1日当たりのATM利用限度額の引下げを推奨している。また,一定年数以上にわたってATMでの振込実績のない高齢者のATM振込限度額をゼロ円又は極めて少額とし,窓口に誘導する取組を実施している。さらに,被害者が犯人から携帯電話を通じて指示を受けて自らATMを操作して振込を行うことを防止するため,一部の金融機関では,ATM周辺に,携帯電話の電波を遮断して携帯電話を利用することができなくなる装置や,携帯電話を利用した際に生じる電波を感知して顧客に警告を発する装置を設置する取組を行っている。このように,被害者自身によるATMを使った被害金の振込を予防することに加え,金融機関では,窓口で高額の払戻しを申し込むなどした高齢者について,現金を必要とする理由を確認するなどの声掛けをしたり,警察への通報を行ったりしている。

4 その他の事業者との連携

犯人グループが被害者に対して現金の送付を指示する手口が増加したことから,警察と宅配事業者が連携し,過去に犯行に使用された被害金送付先のリストを活用して,不審な宅配便の発見や警察への通報等の取組を促進している。また,郵便・宅配事業者やコンビニエンスストアは,荷受時に,運送約款に基づく取扱いができない現金が宅配便に在中していないかどうかの声掛け等による注意喚起を行っている。コンビニエンスストアでは,電子マネー型の手口による特殊詐欺への対策として,電子マネー購入希望者への声掛けも行っている。

5 国民から寄せられた情報の活用

警察は,110番通報のほか,警察相談専用電話(全国統一番号「#(シャープ)9110」),専用メールアドレス等の様々な窓口を通じ,特殊詐欺に関する情報を受け付けているほか,平成27年からは,匿名通報ダイヤルで特殊詐欺に関する情報を受け付け,国民から寄せられた情報を活用し,携帯電話の契約者確認の求めや,振込先指定口座の凍結依頼等につなげている。また,金融機関を経由した手口への対策を講じたこともあり,21年頃から,受け子(本項(3)参照)が現金やキャッシュカードを受け取りに来る手口が目立つようになったことから,警察では,被害者の協力を得て,いわゆる「だまされた振り作戦」(特殊詐欺の電話等を受け,特殊詐欺であると見破った場合に,だまされた振りをしつつ,犯人に現金等を手渡しする約束をした上で警察へ通報してもらい,自宅等の約束した場所に現れた犯人を検挙する,国民の積極的かつ自発的な協力に基づく検挙手法)を実施して特殊詐欺犯人の検挙を行っている。

6 地方公共団体の取組

「県民を特殊詐欺被害から守る条例」(熊本県),「柏市振り込め詐欺等被害防止等条例」(千葉県柏市)のように,一部の地方公共団体は,特殊詐欺の被害防止,被害者支援等を目的とする条例を制定している。また,高齢者の被害を予防するため,電話機の呼出音が鳴る前に犯人に対し犯罪被害防止のために通話内容が自動で録音される旨の警告アナウンスを流し,犯人からの電話を自動で録音する機器を高齢者に無償で貸し出したり同機器の購入に補助金を支給したりする地方公共団体がある。

7 広報啓発活動の推進

「オレオレ詐欺等対策プラン」の下,全府省庁において,公的機関,各種団体,民間事業者等の幅広い協力を得ながら,特殊詐欺被害防止のための広報啓発イベントの実施,SNSやウェブサイト等による情報発信等を通じて,特殊詐欺被害の実態,被害防止対策等を幅広い世代に対して分かりやすく伝えるための広報啓発活動を展開している。特に,警察は,特殊詐欺の発生が目立ち始めて間もない頃から,ウェブサイト,ポスター,パンフレット等で,犯行手口,被害実態,被害に遭わないための注意事項を紹介するなど,被害防止のための広報啓発活動に取り組んできた。各都道府県警察は,広報啓発効果を高めるため,特殊詐欺犯人から実際にかかってきた電話を録音した音声をウェブサイトで公開したり,地方公共団体や防犯ボランティアと連携して紙芝居・寸劇等を用いた防犯教室を開いたり,SNSを活用するなどの工夫をこらしている。


特殊詐欺の犯人グループは,これまで特殊詐欺撲滅対策の内容に応じ,犯行の手口(連絡手段,文言,金銭獲得方法等)を多様化・巧妙化させながら,犯行を継続してきた。特殊詐欺の撲滅のためには,特殊詐欺の犯人について効果的な取締りを推進するとともに,官民を挙げた被害防止の取組を不断に進めていくことが必要不可欠である。