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令和3年版 犯罪白書 第8編/第4章/第1節/コラム11

コラム11 函館少年刑務所における特殊詐欺再犯防止指導

平成28年12月に施行された再犯防止推進法において,犯罪をした者等に対し,その特性に応じて必要な指導及び支援を行うことが規定されたことなどを踏まえ,法務省矯正局(以下「矯正局」という。)は,29年3月,特殊詐欺を行った受刑者を対象とする指導のための視聴覚教材及びワークブックを作成した。

函館少年刑務所は,特殊詐欺再犯防止指導に力を入れている刑事施設の一つである。同刑務所においては,矯正局が教材等を作成する前の平成28年から,特殊詐欺事件を犯した受刑者を8人程度のグループに編成し,グループワーク等を通じて,特殊詐欺に至った各自の問題性を理解し,その改善を図り,再犯をしないための具体的な方策を考えさせる指導を行っている。令和3年5月末までに,延べ40人がこの指導を受講した。

12単元(1単元は60分)からなるこの指導を担当する教育専門官によると,特殊詐欺事件を犯した受刑者の中には,自らの責任から目を背け,被害者の心情を十分に理解していない者も少なくないという。そこで,同教育専門官らは,似たような課題を持つ者同士による話合いを通じて,被害者が失ったものや,被害者に与えた精神的影響等について深く掘り下げていくように努めている。指導の初期の段階では,被害者が失ったものとして,直接の被害金額を挙げる者が多いが,指導が進むにつれ,「老後の貯えとして少しずつ貯めてきた金銭を奪われ,生きる希望を失ってしまったかもしれない。」,「詐欺に遭ったことで家族から責められたかもしれない。」といった金銭以外の精神的な損害や周囲に及ぼした様々な影響にも思い至るようになるという。

また,特殊詐欺に至った者の中には,健全な仕事に就いていなかったことや,自身の収入をはるかに超えて遊興やギャンブルに費消してしまったことが犯罪の要因となっている者もいることから,指導においては,このような要因を排除するための具体的な行動に結び付けさせることにも留意しているという。受講者は,話合いを通じて,社会において不安定な生活をしてきたことにより,周囲からの信用を失い,自身の未来の選択肢を狭めてきたことにも気付き,健全な仕事に就いて収入の範囲で安定的な生活を送ることが再犯防止のために重要であることを自覚していくと前記教育専門官は説明した。

前記教育専門官に,改善指導のやりがいについて聞いたところ,受講者に気付きを与えることができたときにやりがいを感じるとして,次のような経験を述べた。

被害者の心情や置かれた状況を考えることなどを行う単元において,被害弁済の在り方について受講者に質問したところ,ある受講者は,被害金額を完済することさえできれば自らの責任を果たすことになると考え,想定される自身の出所後の収入等を勘案し,高齢の被害者に対し,20年をかけて完済したいと回答したが,指導者からの質問や他の受講者との話合いを通じて,少しずつ被害者の立場に立って考えることができるようになり,単元の後半では,「被害弁済の期間について,自分の収入や生活を基に考えていたが,被害者の気持ちのことは余り考えていなかったことに気付くことができた。」,「被害弁済を受けたとしても,被害者の心の傷が癒えることはないかもしれないが,被害者が健康であるうちに,一刻も早く弁済したい。」などと述べるに至ったとのことである。

「このような気付きの積み重ねが再犯防止につながると信じ,これからも真剣に一人一人の受刑者と向き合っていきたい。」と前記教育専門官は語った。