国連アジア極東犯罪防止研修所(UNAFEI)(第2編第6章第5節1項参照)は,国連犯罪防止・刑事司法プログラム・ネットワーク機関(PNI)の一つとして,第10回コングレス以降,毎回,正式プログラムであるワークショップの一つを分担し,その準備と企画運営を担ってきた(本編第1章第4節3項参照)。UNAFEIは,京都コングレスでも,国連薬物・犯罪事務所(UNODC)及びタイ法務研究所(TIJ)と協働し,四つのワークショップのうちの一つ(ワークショップ2)を担当した。本コラムでは,同ワークショップについて,全体の概要,基調講演及びパネルディスカッション(参加各国の発表)の内容を紹介する。
本ワークショップは,令和3年(2021年)3月8日及び翌9日の2日間にわたり,いわゆるハイブリッド方式によって行われた。本ワークショップのタイトルは「再犯防止:リスクの特定とその解決策」であり,これは,京都コングレスの全体会合の議題にある「刑事司法システムが直面する課題に対する統合的なアプローチ」(7-2-1-1表参照)に対応するものであった。パネルディスカッションのモデレーターは,UNAFEI所長が務めた。冒頭に,TIJのキティポン・キタヤラック前事務局長から,本ワークショップは再犯につながる要因を明らかにする絶好の機会になるとの挨拶がなされるとともに,処遇プログラムの有効性を確保するためのベストプラクティスを検討することへの期待が示された。その上で,英国グラスゴー大学教授のファーガス・マクニール博士による基調講演が行われ,三つの議題によるパネルディスカッションに移った。
ファーガス・マクニール博士は,再犯防止は国の責務として行われるべきところ,現在世界で見られる「重罰・これに伴う社会からの疎外・それを原因とする再犯」が負の拡大循環となっていること,刑罰よりも,対話や話合い,あるいは実用的な支援の方が再犯防止に有益であると実証されており,刑罰が不可欠な場合であっても,制限的で,罪刑の均衡に考慮し,社会復帰に有益となるものである必要があることなどに触れた。そして,再犯防止に役立つ処遇モデルとして,RNR(リスク,ニード及び反応性)原則やグッドライフ・モデル(GLM)を紹介した。加えて,犯罪者のデシスタンス(犯罪からの離脱)のためには,社会との接点や社会資源の活用が重要であり,生活に根差す支援や対象者の変化を社会が歓迎する環境の醸成が必要であること,犯罪者にとって改善のきっかけが提供される場とするため,刑事施設の適切な運営,具体的には,受刑者の改善更生に向けた取組の実施,刑事施設の組織・運営の透明性の確保,刑事施設職員の人間中心主義の考え,高い職業意識と技術等が必要であることなどを説いた。
中央アジアの刑事施設の職員に対し,受刑者を人として尊重することなどを内容とする教育・訓練を実施したことで,受刑者の社会復帰を促進するとともに刑事施設の安全性が向上したという事例を紹介した。
RNR原則及びグッドライフ・モデルを採用し,認知行動療法を行っていること,効果的な処遇のために少人数にグループ化して,職員とのやり取りを重視し,受刑者の改善の兆しを早期に把握するように努めていることなどを紹介した。
アルゼンチンの刑事施設内における汚職に対処するための取組として,汚職のない環境こそが受刑者の改善更生に有益であるとの視点から,厳格に処罰することとした上で,予防措置を講じたことを紹介した。
普通の社会生活と同様の生活を施設内でも実現することを目指すノーマリティ(正常化・標準化)政策の下,警備的側面を最小限に抑え,医療,教育,雇用,図書サービス等について,一般住民と同様の形で受けられることとしていることなどを紹介した。
TIJ元特別顧問であるマッティ・ヨッツェン博士は,パネル2の基調講演において,重大な犯罪に対しては拘禁刑が必要であるものの,刑事施設の過剰収容,資源の不足といった状況下では,拘禁刑は犯罪の伝播の温床以外の何ものでもなく,更生を促すためには,むしろ社会内処遇を活用する方が有益であることなどを発表した。
仮釈放後,円滑に社会内処遇に移行するために,刑事手続を社会に公開し,また,啓発活動を行うことにより,社会の理解と関与を得る努力をしていることなどを紹介した。
EUの支援を受けて制定された保護観察に関する法律について,国民の支持を得るために,段階的に全国に展開する手法を採用したことなどを紹介した。
ケニアの少年司法には,刑事司法機関,児童保護機関等多くの機関が関与していたが,職員の知識・経験の欠如,各機関の協力体制の欠如等の問題があったため,UNAFEIの支援を受け,関係機関における統合的なアプローチに基づく能力開発プログラムを計画的に実施したことなどを紹介した。
フィリピンの地域社会の伝統に根差した最小の行政単位であるバランガイの長を議長として地元住民で構成される調停委員会が存在し,当事者がその中から推薦した3人に,犯罪者,被害者及びそれらの家族,地域ボランティア等を加えたパネルを設置し,話合いを行いながら事件の解決を図るという,修復的司法に似た制度を紹介した。
住居の確保が,生活の安定,雇用の確保,社会福祉の受給等のために不可欠であることから,刑事施設の専門職員が,受刑者の入所直後から,その生活環境を把握して,その情報を保護観察官と共有するほか,主要な刑事施設では保護観察官が常駐していることなどを紹介した。
米国のNGOであるセーファー・ファウンデーションは,シカゴ市等の公的機関と協力して,出所者を教育して地域に貢献できる仕事に従事させるプログラム,給与が支払われる1年間の訓練と試用就業を実施することにより市に雇用される資格が得られるプログラム等を実施していることなどを紹介した。
世界的なNGOであるPRIは,女性受刑者を取り巻く環境についての調査の結果を踏まえ,就労のための能力向上,暴力や偏見・差別から逃れるためのシェルターの設置,法的扶助,心理カウンセリングの提供等を行っていることを紹介した。
スウェーデンに本拠を置く,元犯罪者の自助グループであるKRISは,犯罪者特有の思考や問題性への介入,住居の提供,就業の支援,社会事業や教育の実施等の活動を紹介した。
アラブ首長国連邦に本拠を置く独立調査研究機関であるヘダヤは,各国の暴力的過激主義に対する処遇プログラムを調査して,これまでに集積した好事例や教訓を踏まえて,広く実務に活用できる評価システム用アプリケーションを開発したことを紹介した。
本ワークショップの総括として,犯罪者の更生は,SDGs(本章第1節2項参照)が掲げる包摂的で,持続可能な社会の創設のために不可欠であること,犯罪者の社会への再統合に向けた刑事司法の全ての段階において,社会復帰に適したプロセスや環境を確保することが再犯防止にとって非常に重要であることが確認された。
本ワークショップの議論は,モデレーターから京都コングレス全体会合にその結果が報告され,「京都宣言」(本章第1節4項(1)参照)にその内容が反映された。日本政府は,本ワークショップの成果を踏まえ,令和3年(2021年)5月に開催された犯罪防止刑事司法委員会(第2編第6章第1節参照)に,再犯防止に関する国連準則の必要性やそのための専門家会合の開催を主な内容とする決議案「更生と社会復帰を通じた再犯防止」を提出し,一部修正の上,採択された。