福岡県では,県内の薬物事犯者の再犯者率が全国より高い水準で推移していること,地方公共団体も地域の実情に応じた再犯防止施策を策定し実施する責務を有していること(再犯防止推進法4条2項。第5編第1章第2節1項参照)から,現状の課題,すなわち,薬物乱用者の再乱用防止には薬物依存症の治療と社会復帰のための支援が必要であるのに,全部執行猶予付判決を受ける初犯者は,刑務所入所者や保護観察対象者と異なり,社会復帰のために必要な支援を受けることが難しい状況にあることを踏まえ,平成30年5月から,初犯者の再乱用を防止するため,薬物再乱用対策推進事業を実施している。同事業は,精神保健福祉士等から選任された相談支援コーディネーターが,<1>全部執行猶予付判決が見込まれる薬物犯罪の初犯者と面談して,薬物依存から回復するための支援計画を策定し,<2>回復プログラム(認知行動療法に基づき,グループワークを通じて,薬物使用を止めるための対処方法を学習するもの。以下このコラムにおいて同じ。)を実施する医療機関,精神保健福祉センター(本章第4節4項及びコラム4参照)を紹介したり(初回利用時には相談支援コーディネーターが同行),<3>回復支援施設・自助グループ(前者については同節5項,後者については同節6項をそれぞれ参照)を紹介したり,<4>就労や住居を確保するための福祉関連支援機関を紹介したりすることなどを内容としている。
福岡地方検察庁では,前記薬物再乱用対策推進事業に協力するため,平成30年5月から,即決裁判に同意した薬物犯罪の被疑者の住所,氏名,年齢,職業,勾留場所等の情報を,同事業の担当部局である福岡県保健医療介護部薬務課(以下このコラムにおいて「薬務課」という。)に提供する取組を行っている。具体的には,まず,検察官が取調べの際に,被疑者に対し,<1>即決裁判の前に,勾留場所等において,相談支援コーディネーターが被疑者と面談し,支援計画を策定すること,<2>全部執行猶予付判決を受けた後,相談支援コーディネーターが,支援計画に基づいて,精神保健福祉センター・自助グループ等の紹介・同行,福祉関連支援機関の紹介等を行うことなどを説明し,被疑者が相談支援コーディネーターとの面談を希望し,更に被疑者の前記各情報を薬務課に提供することに同意した場合には,福岡地方検察庁刑事政策推進室の職員において,その情報を速やかに薬務課に提供している。そして,同年12月から(管内支部は31年3月から)は,薬務課への情報提供の対象を即決裁判に同意した者だけでなく,薬物犯罪の初犯者で全部執行猶予付判決が見込まれる者にまで拡大している。
一方,福岡県も,回復プログラムを実施する機関として九州厚生局麻薬取締部を紹介先に加えたり(令和2年1月),事業開始当初は,対象者として,単純執行猶予(保護観察の付かない全部執行猶予)の判決を受けた者を想定していたが,現在は,保護観察付全部執行猶予の判決を受けた者についても,希望に応じ,相談支援コーディネーターによる支援を行ったりするなど,事業内容を充実させている。
これまでに福岡地方検察庁が薬務課に情報提供を行った対象者は,平成30年は7人,令和元年は59人,2年は36人(同年8月17日現在)の合計102人で,その全員に対して,相談支援コーディネーターが面談を実施し,そのうち,薬務課の紹介等により,精神保健福祉センターや医療機関の回復プログラムを受講した者は21人,薬物依存症の治療のために医療機関を受診した者は11人,自助グループに参加した者は1人,その他継続的に,相談支援コーディネーターによる支援を受けている者は57人となっている(福岡県保健医療介護部の資料による。)。
回復プログラムを受講した者からは,「プログラムを受けていなければ再び薬物を使い,社会復帰できていなかったと思う。」,「薬物を使いたくなるときもあるが,気持ちを抑えられている。」,「薬物の誘いを断ることができた。」といった声が聞かれるという。一方,回復プログラムを受講していない者に対しても,相談支援コーディネーターが,相手に寄り添いながら,個々の実情に応じ,工夫を凝らして相談支援を継続しており,薬務課の担当者は,「相談支援コーディネーターとの関わりそのものにも一定の抑止効果があると考えている。」旨述べている。前記薬物再乱用対策推進事業が始まってから約2年,薬務課の担当者たちは,確かな手応えを感じつつ,今後とも,より多くの対象者が回復プログラムを受講できるよう,参加意欲を高めたり,受講しやすくしたりするための工夫を重ね,同事業に取り組んでいくこととしている。