麻薬取締法は,麻薬及び向精神薬の輸出入,製造,譲渡し等について必要な取締りを行うとともに,麻薬中毒者について必要な医療を行うなどの措置を講ずることなどにより,麻薬及び向精神薬の乱用による保健衛生上の危害を防止し,もって公共の福祉の増進を図ることを目的とする法律である。
戦後,前記「麻薬原料植物ノ栽培,麻薬ノ製造,輸入及輸出等禁止ニ関スル件」等の省令により麻薬に関する規制が行われるようになったが,昭和23年,これらの省令等や阿片法(明治30年法律第27号)が廃止され,麻薬及びあへんの取締法令として麻薬取締法(昭和23年法律第123号。以下この章において「旧麻薬取締法」という。)が制定された(昭和23年7月施行)。その後,正規の麻薬取扱者によって取り扱われる麻薬について必要以上に過重になっていた規制を緩和するとともに,国際的な不正取引や組織的な密輸事犯を効果的に取り締まる必要性等から,28年,麻薬取締法が制定された(昭和28年4月施行。制定当時の題名は「麻薬取締法」であったが,平成2年,「麻薬及び向精神薬取締法」に題名変更)。同法は,麻薬を同法別表に列挙する物と限定した上,麻薬の用途を医療及び学術研究だけに限定し,麻薬取扱いを全て免許制として,免許を有しない者による取扱いを原則として禁止した。違反行為に対しては,ジアセチルモルヒネ(ヘロイン)とその他の麻薬とに区分した上で,営利性,常習性の有無等により法定刑を区別した罰則が設けられた。
麻薬取締法の重要な改正としては,昭和38年法律第108号による改正により,麻薬犯罪の増加と悪質化に対処するため,ジアセチルモルヒネの営利目的輸入等についての法定刑の上限が無期懲役に引き上げられるなど罰則全般にわたって法定刑が引き上げられ,ジアセチルモルヒネの輸出入等についての予備罪,資金等提供罪の新設が行われた一方で,常習犯・常習営利犯の規定が削除されたこと(昭和38年7月施行),平成2年法律第33号による改正により,向精神薬に関する条約(平成2年条約第7号。本編第7章第2節1項(2)参照)の批准に備えるなどの目的で,法律の題名が「麻薬及び向精神薬取締法」に改められ,新たに,睡眠薬,精神安定剤等として医療に用いられる向精神薬をも取締りの対象とすることとされ,向精神薬の取扱いについて免許・登録制度が設けられ,向精神薬の輸出入等に対する罰則が新設されるとともに,営利の目的による違反行為等を中心に麻薬についての罰金刑の上限が引き上げられたこと(平成2年8月施行),平成3年法律第93号による改正により,麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約(平成4年条約第6号。以下この章において「麻薬新条約」という。本編第7章第2節1項(3)参照)の批准に備えるため,いわゆる麻薬二法,すなわち,麻薬及び向精神薬取締法等の一部を改正する法律(平成3年法律第93号)及び麻薬特例法が制定され(いずれも平成4年7月施行),前者により,麻薬・向精神薬原料物質についての新たな規制,資金等提供罪の処罰範囲の拡大,麻薬の運搬の用に供した車両等への没収範囲の拡大,国外犯処罰規定の新設,麻薬の小分け罪が新設されたことなどがある。
令和2年8月7日現在,麻薬取締法の別表及び政令により,麻薬216物質,麻薬原料植物5種,向精神薬85物質及び麻薬向精神薬原料22物質が規制されている。