ここでは,平成期の刑事施設における被収容者に対する処遇の推移について,監獄法から刑事収容施設法へ全面改正がなされたことを中心に概観する。
なお,刑事施設においては,再犯防止対策として,特に平成期の後半,様々な取組をしているところ,再犯防止に向けた刑事施設の取組を広く捉えると,本節3項ないし6項で紹介する刑事施設の運営や受刑者の処遇等の多くが含まれるものと考えられることから,再犯防止に向けた刑事施設の取組については,これらの項を参照されたい。
平成期に入った当時,我が国の成人矯正処遇の基本となる法律は,明治41年に制定された監獄法であった。
同法律は,監獄制度の全般について,法律の形式で,しかも単行法をもって規定しており,制定当時としては世界的にも類のない先駆的な立法であった。他方で,拘禁,戒護,懲罰といった監獄の管理面を重視した法律であり,犯罪者の改善更生・社会復帰といった理念を明確に定める規定を持っていなかった。
昭和8年制定の行刑累進処遇令(司法省令)において,自由刑の執行が単なる自由の剥奪に尽きるものではなく,受刑者の改善更生・社会復帰をも目指すものであることを明らかにし,そのような理念の下,省令・訓令・通達といった下位規範の積み重ねによって処遇の充実が図られていたが,監獄法そのものは,明治41年以降実質的な改正がなされることなく,受刑者の改善更生・社会復帰という刑事政策的観点から不十分なものとなってきたほか,国際的な行刑理念にもそぐわないものとなってきた。
そこで,昭和51年,監獄法改正について法務大臣から法制審議会に諮問され,55年に同審議会から答申がなされ,これに基づく刑事施設法案が作成された。同法案は57年の国会に提出された後,さらに,一部修正を経た上で,62年及び平成3年にも国会に提出された。しかしながら,いわゆる代用監獄(監獄法1条3項により監獄に代用される警察官署に附属する留置場)制度をめぐる関係機関との意見の対立を背景として,いずれも衆議院の解散によって廃案となった。
このような状況を受け,法務省は,被収容者の処遇を含む行刑運営の在り方に関わる問題のうち,当時の監獄法の下で実現可能なものについては,これを逐次実施することとし,平成初期以降,行刑運営の改善策を実施に移した。その主要なものとして,被収容者の健康管理に関する通達(平成3年),刑務官の職務に関する訓令(同年),懲罰の手続に関する訓令(4年),釈放前指導等に関する訓令(6年),刑執行開始時の指導及び訓練に関する訓令(6年),被収容者の領置物の管理に関する規則(9年),被収容者に係る物品の給与,貸与,自弁等に関する規則(14年)が挙げられる。
このように様々な改善措置が講ぜられる一方,平成8年頃から刑法犯認知件数は増加の度を強め,また,体感治安の悪化が指摘されるようになった。刑法犯認知件数は,8年から14年まで7年連続して戦後最多を更新し(2-1-1-1図参照),それとともに刑務所人口も急増し,7年に79.0%だった既決の収容率(年末収容人員の収容定員に対する比率をいう。以下この節において同じ。)は,12年には100%を超え,16年には117.6%に達した(3-1-4-3図参照)。
このような状況の中,平成14年から15年にかけて,名古屋刑務所の刑務官による一連の受刑者死傷事案が明らかとなり,刑務所の運営に対する国民の信頼を大きく揺るがすこととなった。法務省では,再発防止策の検討・策定に取り組む一方,15年4月からは,法務大臣が委嘱した有識者から成る行刑改革会議が開催され,同年12月22日,同会議から,行刑改革会議提言~国民に理解され,支えられる刑務所へ~と題する提言がなされた。
同提言は,「国民の目が刑務所の中に届き,また,その声が伝わり,そして,刑務所の中の声が国民に伝わってくることが,最も大切なことではないか」との認識に基づき,<1>受刑者の人間性を尊重し,真の改善更生と社会復帰を図る,<2>刑務官の過重な負担を軽減する,<3>国民に開かれた行刑を実現するという3つの観点から,監獄法の全面改正を含む行刑運営全般の見直しや改善を求めるものであった。
行刑改革会議の提言を受け,平成16年7月から,法務省は,監獄法改正の枠組みについて,警察庁及び日本弁護士連合会と協議し,その協議を踏まえ,まずは喫緊の課題である受刑者の処遇に関する部分を中心とした立法を先行させ,引き続き,未決拘禁者等の処遇に関する立法を可能な限り速やかに行うこととした。そして,17年の通常国会に刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律案が提出され,同年5月18日に成立し,18年5月24日に施行された。この法律により,明治41年に制定・施行されて以来,一度も実質的な改正が行われないままであった監獄法が,受刑者の処遇に関する部分を中心に改正された。
一方で,未決拘禁者等の処遇に関する部分については,刑事施設ニ於ケル刑事被告人ノ収容等ニ関スル法律と題名が改められた旧監獄法の規定が引き続き適用されることとなったが,平成18年6月2日に成立した刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律の一部を改正する法律により,未決拘禁者等の処遇についても定めた刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(刑事収容施設法)に題名が改められ,19年6月1日に施行された。これにより,明治41年から刑務所等の実務の基本法であった監獄法の全面改正が実現された(第1編第2章第3節1項参照)。
刑事収容施設法は,刑事収容施設の適正な管理運営を図るとともに,被収容者等の人権を尊重しつつ,これらの者の状況に応じた適切な処遇を行うことを目的に明示した上で,被収容者等の権利義務関係や職員の権限等を定めているものである。また,受刑者の改善更生及び円滑な社会復帰を図ることを受刑者処遇の基本理念とした上,処遇の個別化の原則を採ることを明らかにし,この原則の下,個々の受刑者の資質及び環境に応じ,その者にとって最も適切な処遇が行われることとなった。さらに,受刑者処遇の中核として,作業,改善指導及び教科指導から成る矯正処遇という概念が新たに導入され,受刑者ごとに作成される処遇要領に従い実施されることになるとともに,外部通勤作業,外出・外泊,制限の緩和,優遇措置の各制度が新たに導入された(各制度の詳細及びその後に実施された主な受刑者処遇制度については,本節3項参照)。
平成期における刑事施設の年末収容人員は,平成5年から18年まで一貫して増加し続け,19年から減少に転じたものの,長期間にわたり厳しい収容状況であった(3-1-4-3図CD-ROM参照)。そして,この状況を改善し,受刑者処遇の充実強化を実現するための基盤整備の一部として,次のような方策が講じられた。
刑事施設の増改築等により,収容定員の拡大が図られ,刑事施設の収容定員は,平成14年末現在において6万5,264人(このうち既決は4万9,309人),5年後の19年末現在において8万5,214人(このうち既決は6万7,996人),更に5年後の24年末現在において9万681人(このうち既決は7万2,562人)に増加した。なお,25年以降の刑事施設の収容定員は,減少している(3-1-4-4図CD-ROM参照)。
また,女性の受刑者の収容施設として指定されていた刑事施設(医療刑務所及び拘置所を除く。)は,平成16年度までは札幌刑務支所,栃木刑務所,笠松刑務所,和歌山刑務所,岩国刑務所及び麓刑務所の6施設であったところ,過剰収容を解消するため,17年4月に福島刑務支所,19年4月に美祢社会復帰促進センターが開所し,さらに,23年12月には加古川刑務所に女性の収容棟が増設された。その後も,豊橋刑務支所及び西条刑務支所について女性を収容する施設へ変更,美祢社会復帰促進センターにおける女性の収容定員の拡大といった対策が講じられた。
英国,米国等では,刑事施設の整備・運営に民間資金等が活用される中,我が国においても,効率的かつ効果的に社会資本を整備することを目的に制定された,民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律(平成11年法律第117号)に基づき,過剰収容を緩和し,新しい刑事施設の運営の在り方を模索するなどの観点から,刑事施設の整備・運営にPFI(Private Finance Initiative)手法(公共施設等の建設,維持管理,運営等を民間の資金・ノウハウを活用して行う手法。以下同じ。)の活用が図られることとなり,山口県美祢市に美祢社会復帰促進センターが建設され,平成19年4月から運営を開始した。さらに,その後,喜連川社会復帰促進センター(栃木県さくら市)及び播磨社会復帰促進センター(兵庫県加古川市)が同年10月から,島根あさひ社会復帰促進センター(島根県浜田市)が20年10月から,それぞれ運営を開始している。
このほか,競争の導入による公共サービスの改革に関する法律(平成18年法律第51号)に基づき,刑事施設の各種業務の民間委託も行われている(本節6項参照)。
なお,平成19年から収容人員が減少に転じる中,施設の老朽化が著しい奈良少年刑務所については,28年度末をもって廃庁される一方で,明治時代に建築された同所の赤れんが建造物(重要文化財「旧奈良監獄」)の保存・活用事業として公共施設等運営権(コンセッション)制度を活用し,史料館やホテル等として保存・活用される予定である。
刑事施設における業務の民間委託については,職員の業務負担の軽減等を目的として,積極的に活用されていた。委託先の事業者数の推移を見ると,平成14年度の35ポストから17年度は617ポストと大きく増加し,委託業務の種類についても,その当時,従来の運転,作業,通訳・翻訳業務のほか,領置・購入,警備等の業務が加わるなど,その範囲が拡大された。その後,委託先の事業者数は,21年度には1,309ポストまで拡大されたが,近年は,業務の効率化等を進めることにより,国の職員で実施可能な業務と引き続き民間委託を実施すべき業務について整理を進めており,30年度には741ポストとなっている(法務省矯正局の資料による。)。
監獄法上の監獄という名称については,行政組織法上は,平成期に入る前から,既に刑務所や拘置所の名称が用いられていたところ,監獄法が刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律に改正されたことに伴い,同法においても監獄という名称が刑事施設に改められた。
刑事施設のうち,刑務所及び少年刑務所は,主として受刑者を収容する施設であり,拘置所は,主として未決拘禁者を収容する施設である。平成31年4月1日現在,刑事施設は,本所が75庁(刑務所61庁(社会復帰促進センター4庁を含む。),少年刑務所6庁及び拘置所8庁),支所が109庁(刑務支所8庁及び拘置支所101庁)である。
刑事施設には,労役場と,一部の施設を除いて,法廷等の秩序維持に関する法律(昭和27年法律第286号)2条により監置に処せられた者を留置する監置場が附置されている。
売春防止法5条(勧誘等)の罪を犯して補導処分に付された成人女性を収容する婦人補導院は,現在,東京に1庁置かれている。平成30年の入院はなかった(矯正統計年報による。)。
監獄法改正後は,刑事収容施設法により,各刑事施設に,新たに刑事施設視察委員会が設けられた(詳細については,本節4項(1)参照)。また,再犯防止という観点に立ち,東京矯正管区及び大阪矯正管区にそれぞれ設置された矯正就労支援情報センター室(通称「コレワーク」)が平成28年11月から業務を開始した(詳細については,本節3項(4)参照)。そのほか,再犯防止推進法の下,関係機関との連携や啓発活動を行うなど再犯防止等施策を推進する更生支援企画課が東京矯正管区及び大阪矯正管区に30年4月から,その他矯正管区に31年4月から,矯正処遇,社会復帰支援等に係る効果検証に加え,アセスメントツールや処遇プログラムの開発及び維持管理に資する研究等を実施する組織として矯正研修所に効果検証センターが31年4月から,それぞれ設置された。
刑事施設には,被収容者の身体等に直接的な有形力を行使する権限を有する刑務官のほか,作業専門官,教育専門官,調査専門官,矯正医官,福祉専門官,国際専門官,就労支援専門官等が勤務しているところ,刑事施設の職員定員の推移(資料を入手し得た平成21年度以降)は,3-1-4-1表のとおりである。31年度は,21年度と比べて,刑務官,刑務官以外の職員共に増加している。