刑事施設においては集団での行動を基本としているが,高齢受刑者については,身体機能の低下を始めとする個々の事情を踏まえ,日常生活において種々の配慮をしつつ,必要に応じて,小集団又は個別での処遇を行っている。
高齢になると,運動能力や判断力が低下し,自分一人の力では日常生活を過ごすことが困難になる者も増えてくる。一方,近年新たに工事が行われた一部の刑事施設を除き,多くの刑事施設においては,施設が建てられてから相当の年数が経過しているため,必要な補修等は行っているものの,全所的にバリアフリー化が進められているとはいえない。そのような状況の下では,高齢受刑者が生活の様々な場面で,転倒して,けがをするなどの事故を起こすリスクが高まり,事故防止のため,職員等による介助が必要になる結果,職員負担も増大するため,各刑事施設においては,予算の範囲内で,必要に応じて,高齢受刑者等が生活する建物・設備について種々の配慮を行っている。
具体的には,居室内について,段差を解消してバリアフリー化したり,少しの力でも使いやすいよう手洗いの水洗をプッシュ式で自動で止まる仕様のものにしたり,トイレや浴室について,手すりを設置するなどの対応をしている。
また,居室等からの移動に配慮するため,階段に身長差に対応した二重の手すりを設置したり,歩行等のために杖や車椅子等の補助用具を貸与するなどしている。
刑事施設においては,入所時及び定期的に被収容者の健康診断を行っているほか,被収容者本人からの申出又は担当職員や准看護師等からの報告を端緒に,医師による診察等を行っている。当該刑事施設では治療や手術をすることが困難であると認められた場合には,医療専門施設又は医療重点施設(第2編第4章第3節2項参照),あるいは刑事施設外の病院等に移送するなどして,必要な治療・手術を行っている。
また,刑事施設では,日中・夜間の別を問わず,刑務官等により,被収容者の動静に注意が払われていることから,健康状態の確認が随時可能である上,起床・就寝時間や食事の時間・量などが定められているほか,喫煙・飲酒が不可能で,かつ,原則として平日は毎日運動の時間が設けられていることなど,規則正しい生活が確保されている。
高齢既決拘禁者(65歳以上の受刑者,死刑確定者及び労役場留置者をいう。以下この項において同じ。)の休養患者(医師の診療を受けた者のうち,医療上の必要により病室又はこれに代わる室に収容されて治療を受けた者をいう。以下この項において同じ。)数及び高齢者率の推移(最近20年間)は,7-5-2-1図のとおりである。高齢既決拘禁者の休養患者数は,平成11年以降増加傾向にあり,29年は2,548人と,10年(713人)の約3.6倍であった。休養患者総数に占める高齢者の比率については,10年は6.2%であったが,29年には21.4%となり,上昇傾向にある。
平成29年に休養患者として処遇された既決拘禁者の病名を高齢者と非高齢者で区分して見ると,7-5-2-2表のとおりである。非高齢者の病名では,呼吸器系の疾患が40.7%と最も高く,次いで,筋骨格系及び結合組織の疾患が13.8%であったが,一方,高齢者の病名では,呼吸器系の疾患が最も高いものの27.8%であり,次いで,新生物(腫瘍)が11.3%であった。
高齢になると,身体が温度変化に対応できにくくなってくるが,寒冷地に所在する施設以外の刑事施設においては,比較的新しい施設や医療上又は作業上の必要性が認められる一部の場所を除き,エアコンが整備されておらず,夏は扇風機・うちわ,冬は居室棟の廊下や工場内に設置されたストーブを使用している状況が一般的である。各刑事施設では,当該地域の気候や建物の構造等を踏まえ,それらの冷暖房機器に加えて,各被収容者の事情に応じて,冬は,衣類や寝具を増貸与したり,湯たんぽを貸与したり,早めに布団の中で休めるようにするなどの配慮をしている。また,夏は,特に熱中症を防止するため,保冷効果のある枕を貸与したり,水分をこまめに摂取できるようにするなどの配慮をしている。
食事に関しては,高齢者は,そしゃくや嚥下が困難になってくる者もいることから,各人の必要に応じて,医師の指示で軟食(主食を軟らかくしたもの)や刻み食(副食を細かく刻んだり,ミキサーにかけたりしたもの)等を支給したり,あるいは,高血圧の疾患を有する者に対しては,減塩食を支給するなどしている。
その他,身体機能の低下を踏まえ,マジックテープ仕様の衣類を貸与したり,紙おむつを支給するなどの配慮もしている。
高齢受刑者には,休養患者として処遇されていない者であっても,他の受刑者の行動に合わせることが困難な者もいる。そのような者についても,刑事施設においては,他の受刑者と集団で処遇することが基本であることから,刑務作業は他の受刑者と共に行わせながらも,移動や入浴等の場面で他の受刑者と分離したり,高齢受刑者のみ,又は主に高齢受刑者を集めた工場や養護的処遇を行う工場を設けて対応している。
高齢受刑者が工場で作業をするに当たっては,居室着から作業着に着替える際の寒暖の差への注意のほか,特に転倒に注意する必要があることから,各刑事施設においては,必要に応じて,更衣室での暖房使用や着替えの際に座る椅子の設置,工場で使用する椅子を背もたれや肘掛け付きのものにするなどの配慮を行っている。
作業時間についても,高齢者であることに配慮し,短縮している施設もある。
平成29年の出所受刑者(出所事由が満期釈放等又は仮釈放の者に限る。以下この項において同じ。)の作業別構成比は,7-5-2-3図のとおりである。非高齢者では,経理作業(炊事,清掃,洗濯,介助,理髪,指導補助等の刑事施設の自営に必要な作業)が22.3%と最も高いが,高齢者では,紙細工作業が17.5%と最も高く,次いで, 紙・紙製品製造作業15.0%,化学製品製造作業(プラスチックの材料を組み立てる作業など)14.9%の順であった。
なお,介護福祉科の職業訓練を修了した受刑者により高齢受刑者の介助を実施している施設もある。
受刑者には,従事した作業に応じ,作業報奨金が原則として釈放時に支給される(第2編第4章第2節2項(2)参照)。作業報奨金は,在所中においても,個々の必要性を踏まえ使用を許される場合がある。
平成29年の出所受刑者の作業報奨金支給額は,7-5-2-4図のとおりである。高齢者の18.8%は,出所時の作業報奨金の支給額が1万円以下であり,5万円を超える者の割合は,30.0%であった。
刑務所への収容は,原則として,犯罪傾向が進んでいるか否かによって分けられている。その中で,尾道刑務支所では,昭和60年から,広島矯正管区管内で刑の確定した者のうち,犯罪傾向の進度にかかわらず,高齢のため処遇上等の配慮を要する受刑者を収容してきたが,高齢受刑者の収容増に伴い,平成29年度からは,犯罪傾向が進んでいない者を中心として高齢受刑者を収容している。
同支所では,高齢受刑者処遇の基本方針として,生きがいを持たせ,健康の保持及び体力の維持を考慮した養護的処遇を行うことに重点を置くとともに,円滑な社会復帰を図ることなどを掲げている。
同支所においては,高齢受刑者に対する配慮として,建物・設備等の面では,居室と作業・食事・入浴・運動の施設全てを同一階に集中整備,床面の段差解消,通路・トイレ・浴場等への手すりの設置,自力歩行支援用の手押し車の整備,更衣室内で着替え時に使用する折りたたみ椅子の設置,車椅子対応の作業場内トイレの整備,転落防止のための肘掛け付き作業用椅子の設置,作業場内への容態急変時対応用のストレッチャー・車椅子・畳・毛布の整備などを行っており,処遇・医療等の面では,作業や改善指導の時間を一日6時間に短縮,衣類・寝具の増貸与,軟食・刻み食の支給,喫食時間の延長などを行っているほか,認知症を予防する効果を期待し,ゴムひも結びや紙折り等の指先を多く使う作業を実施したり,約3分間の認知症予防トレーニング(週2日)を実施したりしている。また,高齢受刑者向けに歴史小説や大きな活字の専用図書を整備している。
同支所においては,社会復帰支援指導プログラム(本節2項(1)参照)を実施しているほか,高齢受刑者が寝たきりとなることを防止するために,工場に就業している高齢受刑者だけが参加できる改善指導・行事等として,健康運動トレーニング,心肺・身体機能維持のための音楽指導,慰問演芸等を行うことにより,工場への出業意欲を喚起している。
民間の資金・ノウハウを活用したPFI手法により運営されている刑務所のうち,喜連川社会復帰促進センター及び島根あさひ社会復帰促進センターでは,高齢者を含む身体障害を有する者で,養護的処遇を要する者等を対象に,特化ユニットと呼ばれる集団を編成し処遇を行っている(PFI手法により運営されている刑務所については,第2編第4章第5節参照)。
具体的な処遇の内容としては,例えば,作業療法としてのちぎり絵等手指巧緻訓練や,音読,計算,書き写し等を通じ前頭前野の活性化を図る脳トレーニングを行ったり,理学療法として,片足立ちや前屈などの運動を行ったり,職業訓練として,園芸や窯業を行うなどしている(必ずしも両センターで同じ取組が行われているわけではない。)。
特化ユニットにおいても,段差の解消や手すりの設置などのバリアフリー化がなされているほか,喜連川社会復帰促進センターでは,庭園型運動場が整備され,一般の運動ができない高齢受刑者でも軽い運動やリハビリのための散歩ができるスペースが設けられている。
刑事施設では,執行刑期が10年以上である受刑者を長期刑受刑者と指定し,原則として,特定の刑務所(平成30年4月1日現在,12庁)に収容することとしている。
長期刑受刑者を収容する各施設においては,高齢化が進む状況に適切に対応するため,これまでに掲げた取組以外に各施設独自の取組も行っている。
例えば,徳島刑務所では,平成28年12月,高齢者専用棟として機能促進センターを新設し,30年4月1日現在,36人の高齢受刑者を収容して,プラスチック製品の組立加工などの比較的負担の軽い刑務作業に従事させているが,平日は毎日3回,地元大学教授の監修に基づく体育指導を行って,運動機能の維持・向上を図っているほか,平日は毎日3時間,介護専門スタッフ(詳細は本節2項(4)ウ参照)が高齢受刑者の生活の介助をしている。
なお,無期懲役受刑者を始めとする長期刑受刑者の中には,収容されている間に高齢になった者も含まれていることから,出所に当たっては,一般社会の変化を経験していないことによる不安感を払拭させ,円滑に社会復帰させることに配意する必要がある。そのため,長期刑受刑者を収容する施設においては,長期刑受刑者に対する釈放前指導として,公共交通機関の乗車,家電量販店等の見学,飲食店での食事などを体験する社会見学を実施するなどしている。