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 昭和38年版 犯罪白書 第一編/第二章/二/3 

3 暴力犯罪

 さきに掲げたI-8表およびI-9図によって,検挙人員からみた暴力犯罪の概況を知ることができるが,なお多少詳しく考察するため,主要暴力犯罪については指数を算出してI-14表とし,別に発生件数の推移についてI-15表を作成した。

I-14表 主要暴力犯罪検挙人員の指数表(昭和31〜36年)

I-15表 主要暴力犯罪発生件数(昭和27〜36年)

 これらの統計表とグラフおよび昨年度までの犯罪白書に掲載した各種の統計を総合してみると,暴力犯全体としては,発生件数,検挙人員ともに昭和二六年前後から急激に増加していることがわかる。そして昭和三三,四年に頂点に達し,三五,三六年にはこれより若干低下しているが,やはり高い水準を保っている。
 罪名別にみると,最も数の多い傷害と暴行が前記の暴力犯罪合計とほぼ同じ動きを示し,この両者が全体の動きを支配している。次に数的に第三位にある恐かつは,二,三の例外を除いて,発生件数,検挙人員ともに昭和二七年から三六年まで増加し続けている。その結果恐かつの発生件数は,昭和三六年には二七年を基準とする指数で二二〇に達している。三六年の指数では暴行も二〇一でこれに次いで高く,傷害も一四一で,この三者がその増加率において最も高い。恐かつのごときは三一年を基準とする検挙人員の指数でも,昭和三六年は一四五に達している。
 なお,ここで数的に最も多いこの三者について,昭和二七年および三一年以降の一審有罪人員の統計をみると,I-16表のとおりである。この表によって明らかなとおり,三者ともにほぼ同じように増加し,昭和二七年を基準とする指数で,いずれも二〇〇以上の数値を示している。刑法犯一審有罪人員の総計が上昇線をとっていることは,さきに第一章において説明したが(前掲I-4図参照)この刑法犯の増加については,後記の業務上過失致死傷に次いで,暴力犯罪のうちのこの三者の増加が大きな原動力となっていることがわかる。次に数的にこれらに次いで多い脅迫は,傷害とほぼ同様の動きを示し,昭和三六年の発生件数は,二七年を基準とする指数で一二九となっている。

I-16表 傷害・暴行・恐喝有罪人員(昭和27,31〜36年)

 以上の犯罪とは逆に,明白に減少の傾向を示しているのは,普通強盗と強盗殺人である。普通強盗は敗戦直後の国内の治安が混乱していた時期には,発生件数,検挙人員ともに激増したが,昭和二四年ごろから大幅に減少し,昭和三一年ごろからは減少の速度は鈍っているが,全体として減少の傾向がみられる。強盗殺人についても,ほぼ同じような傾向がみられる。もっともこれらの犯罪も,有罪人員の統計を加えて戦前の昭和初年と比較してみると,当時よりは高い水準にあるので,減少しているといっても,まだ楽観することのできる状態には達していない。また同じ強盗でも,強盗傷人と強盗強かんは異なった動きを示している。すなわち強盗傷人は終戦直後激増し,その後減少したが,昭和二七年ごろからは減少の傾向を示さず,むしろ若干増加している。強盗強かんは戦後他の強盗ほどには増加せず,ある程度増加した後減少に転じ,昭和三一,二年まで減少の傾向にあったが,三三年から増加に転じ三六年まで減少の傾向を示していない。
 殺人と傷害致死は数的には少ないが,生命を侵害する犯罪として暴力犯罪中の最も重要な地位を占めている。殺人は戦後それほど大きな動きはなく,ほぼ横ばい状態にあり,最近も同じである。傷害致死は戦後の混乱期に激増したのち減少し,昭和二七年前後からは大きな変化はなく,やはり横ばい状態にある。この二つの犯罪,特に殺人に最近増加の傾向のみられないことは喜ばしい現象である。しかし殺人の中から暴力犯罪としての性質の薄弱なえい児殺,殺人予備,自殺関与を除き,強盗殺人を加えたこれらの有罪人員の有責人口に対する犯罪率を西欧諸国のそれと比較してみると,わが国の犯罪率はきわめて高い(この点については,犯罪白書・昭和三七年版・四〇頁参照)。すなわち,一九五九年(昭和三四年)の日英独三国の有罪人員の統計によって有責人口に対する年齢層別の犯罪率を比較してみると,わが国の生命犯はイギリスの約一三倍,西ドイツの三・六倍から五倍という結果があらわれている。傷害致死については,右の両国には他の犯罪と合算した統計しかないので,正確な比較はできないが,統計全般から,わが国の方が多いことを察知することができる。したがって殺人と傷害致死についても,わが国の現状を楽観することはできない。
 その他の暴力犯罪としては,I-8表の示すとおり,公務執行妨害,毀棄,建造物損壊の三者が各年を通じて比較的数が多いが,はぼ横ばい状態にあり,特色のある動きは示していない。凶器準備集合は,暴力団相互間の争闘の取締りのため,昭和三三年の刑法改正のさいに設けられた規定によって取締りがなされることとなったものであり,少数ではあるが昭和三三年以降毎年相当数のものが検挙されていて,暴力団相互間の争闘の抑圧のため,この規定が有効に適用されていることが示されている。その他の暴力犯罪としては,逮捕監禁と騒じようがあるが,いずれも特殊の性質の犯罪であり,ここではその説明を省略する。
 暴力犯罪と経済状態との関係について,内外の学説は密接な関連があるものとしている。暴力犯罪としてこの項に掲げたもののうちには,強盗と恐かつのように財産犯罪としての性質をあわせ有するものがあり,またその他の暴力犯罪でも経済的利益に関連して発生しているものもある。しかし傷害,暴行のような犯罪は,純粋に感情上の衝突から発生するものが多く,この種のものはむしろ経済的にある程度恵まれた状態にあり,体力に余裕があるほか,相当豊富に飲酒できるような状態の場合に発生することが多い。したがって傷害および暴行のうちの比較的犯情の軽微なものは,好況期にある程度増加するものといえる。しかしながら最近のわが国で検挙されている暴力犯罪の多くは,そのような犯情の軽いものでなく,傷害および暴行も暴力団関係者による危険な凶器を使用するもの,その他犯情の重いものが多い。また恐かつのように,犯罪自体として犯情の軽くないものの数が多く,かつ,この恐かつも暴力団関係者によるものが多い点にもその特色がある。
 このように暴力団関係者による悪質な暴力犯罪の多いことが,わが国の犯罪現象の一つの特色をなしているので,最近における暴力団関係検挙人員総数のうち,所属団体別の人員および主要罪名別の暴力団所属者の占める人員の統計を掲載すると,I-17表およびI-18表のとおりである。I-17表によって明らかなとおり,わが国では最近においても,毎年五万名以上の暴力団所属者が検挙されている。所属団体別には青少年不良団に所属する者が最も多いが,ばく徒,できやに所属する者も相当多数あり,しかも最近増加の傾向にある。ぼく徒とてきやには暴力団としての組織の強いものが多く,この両者に属する者が増加していることは注意を要する。

I-17表 所属団体別暴力団関係検挙人員(昭和30〜36年)

I-18表 殺人・恐かつ・傷害・強盗全検挙人員と暴力団所属者(昭和31〜36年)

 次にI-18表によって,主要な暴力犯罪によって検挙された者のうち,暴力団所属者の占める比率の最近の動きをみると,殺人は二五%から三八%までを占めている。恐かつは三九%から六七%であって,その比率は最も高く,その絶対数も大部分の年が一万余名に達している。傷害は昭和三一年を除けば,二〇%から二三%までであって,その比率は比較的低いが,その絶対数は最も多く,すべての年が二万名をこえるか,またはこれに近い数に達している点において注目に値する。次に強盗も二五%前後が暴力団所属者である。戦前のわが国の暴力団所属者は殺人,傷害,恐かつのような罪は犯しても強窃盗をしないのが特徴であったが,戦後の暴力団所属者はあらゆる罪を犯す点に特色がある。
 次に殺人,傷害致死,傷害および恐かつの通常第一審有罪被告人の初犯者・前科者別の統計と前科者の占める比率を算出してみると,I-19表のとおりである。

I-19表 主要暴力犯罪通常第一審有罪被告人初犯者・前科者別人員(昭和31〜35年)

 この表によって明らかなとおり,殺人は三五%から四〇%まで,傷害致死は三三%から四一%までを前科者が占めている。傷害と恐喝では,さらにその率が高く,傷害は五五%から六四%,恐かつはいずれも六〇%前後である。この前科者の中には全く罪質をことにする犯罪によって処罰された者もあるが,多くは同じ罪名または同種の罪質の犯罪によって処罰された者である。そしてその中には多数の暴力団所属者その他の犯罪常習者,または常習的傾向のある犯罪者が含まれていると考えられる。I-19表掲載の四種の犯罪のうち,傷害は略式命令によって罰金刑に処せられる者が多いため,通常第一審有罪被告人は全体からみれば少数にすぎない。しかしこれらのほとんどは,懲役刑を求刑される犯情の重い事案であって,そのうちの六〇%前後が前科者であることは注意を要する。また,殺人,傷害致死のような犯情の重い犯罪において,前科者がその三分の一前後を占め,恐かつのような悪質な犯罪において,前科者が六〇%を占めているのであって,これらはまことに憂うべき現象といわければならない。
 以上に説明したような,わが国における暴力犯罪の憂うべき現状を克服するためには,各方面から,このような現象の発生した原因について検討し,その対策を講ずる必要がある。もとよりその対策としては,犯罪の取締り処罰のみを重視することはできない。しかし他の面から諸種の対策を講じつつ,取締りと処罰を強化することが必要であることはいうまでもない。処罰については,わが国の刑の量定が法定刑の下限付近に集中している現状にかんがみ(この点については,犯罪白書・昭和三七年版・二一三頁,同書・三六年版・九四頁参照),現行の法定刑の範囲内で悪質な犯罪の刑を重化することも必要である。しかしこの方法によって,暴力の常習者によるものその他多数の悪質犯に対する刑罰を短日月間に重化することは相当困難である。したがって悪質犯に対する取締りと刑罰を厳重にするため,その法定刑を重くすることも一つの有効な方策である。法務省は最近における暴力犯罪,特に暴力団その他の不良団体の構成員等による暴力犯罪の実情にかんがみ所要の立法措置を講ずべきであるとし,法制審議会の答申を求めた上,昭和三八年二月「暴力行為等処罰に関する法律等の一部を改正する法律案」の成案を得,これを政府から国会に提出した。
 この改正案は,一般に所持を禁止されている銃砲または刀剣類を使用する傷害が,暴力団構成員その他の常習者によって犯されることの多い点を考慮し,このような方法による傷害の罪を犯した者に対する刑を,一年以上一〇年以下の懲役とするほか,常習として傷害の罪を犯した者に対する刑も,同じ刑とするなどの方法によって,暴力常習者に対する刑を重くすること等を主たる内容とするものである。この法律が成立して,他の諸種の対策と平行して取締りと処罰が強化されれば,悪質な暴力犯罪の抑圧に,相当な効果をあげるものと考えられる。