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 平成 5年版 犯罪白書 第4編/第3章/第2節/5 

5 交通関係業過事件についての検察庁の処理の在り方等の見直し

 交通関係業過事件の起訴率は,前節で述べたように,昭和50年には66.7%であったものが,50年代において徐々に上昇し,61年には72.8%に達していたところ,以後,62年には54.1%,63年には44.6%,平成元年には39.8%,2年には31.1%,3年には21.4%,4年には18.7%と,過去6年間において急激に低下している(巻末資料IV-4表参照)。
 この変化の背景には,
[1] 「国民皆免許時代」「くるま社会」の今日,軽微な事件について国民の多数が刑事罰の対象となるような事態となることは,刑罰の在り方として適当ではないこと
[2] 保険制度が普及し,治療費や修繕費に対する保険による補償が充実してきたことに伴い,加害者が起訴されなくても,被害者が納得することが多いこと
[3] 交通事故の防止は,刑罰のみに頼るべきものではなく,行政上の規制・制裁をはじめ,各種の総合的な対策を講ずることによって達成されるべきものであること
[4] この種事件を起訴するとはいっても,従来から,その多くは略式手続によって処理され,少額の罰金が科されていたわけであるが,このように少額の罰金を科するのは,罰金の刑罰としての感銘力を低下させ,刑事司法全体を軽祝する風潮を醸成することとなること
などの事情があり,これらの事情を考慮して,検察庁において事件処理の在り方等について見直しがなされたことにより,起訴率が低下したものと考えられる。
 この結果,交通関係業過事件の起訴人員は,昭和61年の37万2,964人から急減して平成4年には10万8,639人となった。その内訳を見ると,公判請求人員が1万602人から5,984人に,略式命令請求人員が36万2,362人から10万2,655人にそれぞれ減少し,逆に,起訴猶予人員は,11万1,095人から45万5,304人に増加した(IV-9図及び巻末資料IV-4表参照)。
 これに伴い,第一審裁判所において業過事件で懲役刑を言い渡された人員は,昭和61年の4,691人から平成4年の2,743人に減少し,禁錮刑を言い渡された人員も,5,303人から3,631人に減少した。罰金刑を言い渡された人員も,昭和61年の36万4,422人から急減して平成3年には11万904人となった(IV-12図及び巻末資料IV-6表参照)。
 また,前節で述べたように,懲役刑,禁錮刑共に,昭和62年以降,6月未満の刑期及び6月以上1年未満の刑期の刑の言渡しの比率が減少し,1年以上2年未満及び2年以上の刑期の刑の言渡しの比率が増加している(IV-14図IV-15図及び巻末資料IV-7表参照)。
 IV-4表は,交通関係業過事件を業務上(重)過失傷害事件と業務上(重)過失致死事件に分けて,それぞれ,起訴率,起訴人員と起訴猶予人員の合計数に占める公判請求人員の比率(以下,本項においては「公判請求率」という。),起訴人員と起訴猶予人員の合計数に占める略式命令請求人員の比率(以下,本項においては「略式命令請求率」という。)及び起訴猶予率の各推移を見たものである。
 IV-4表によれば,
[1] 業務上(重)過失致死においては,業務上(重)過失傷害に比して,各年とも,起訴猶予率が約20%ないし約70%も低率であるとともに,公判請求率が約40%ないし約50%も高率であること
[2] 昭和62年以降における起訴率の低下が目立つのは業務上(重)過失傷害であって,業務上(重)過失致死においては,起訴率の低下傾向は見られるものの,比較的小さな変化にとどまっていること
[3] 業務上(重)過失傷害の起訴猶予率は,昭和62年以降急激に上昇して20%台から80%台に達したのに比して,業務上(重)過失致死の起訴猶予率は,上昇してはいるが,なお10%台と比較的低率にとどまっていること
[4] 業務上(重)過失傷害の略式命令請求率は,昭和62年以降急激に低下して約75%から約18%に落ち込んだのに比して,業務上(重)過失致死の略式命令請求率は,48%前後で変化がほとんど見られないこと
[5] 業務上(重)過失傷害の公判請求率は,昭和62年以降わずかずつ低下して約1.7%から約0.6%に落ち込み,業務上(重)過失致死の公判請求率は,約50%から約40%にまで低下したこと
が認められる。

IV-4表 交通関係業過の起訴率等(昭和58年〜平成4年)

 業務上(重)過失傷害については,昭和62年以降の起訴率の大幅な低下と起訴猶予率の大幅な上昇は,従来なら略式命令請求されてきた事案のうち,かなりの部分が起訴猶予とされるようになったことによってもたらされたものと考えられる。また,これに伴い,公判請求率も次第に低下してきたものと考えられる。
 IV-4表によれば,検察官が,業務上(重)過失致死の処理に際して,業務上(重)過失傷害の処理の場合に比して,被害者の死亡という重大な結果を重視して,起訴猶予よりは略式命令請求及び公判請求をより多く選択したことが分かる。すなわち,検察官が,交通関係業過事件の刑事処分に当たって,交通事故によって発生した結果,つまり,被害者が死亡したか負傷にとどまったかを,処分を決める際に考慮する一つの主要な因子としていることを反映しているものと考えられる。
 もっとも,業務上(重)過失致死においても起訴猶予処分とされる場合や,逆に,業務上(重)過失傷害においても公判請求される場合も少なくないので,被害者が死亡したか負傷にとどまったかというのは,検察官が処分を決める際の一つの因子にすぎず,ほかにも検察官の処分に影響を及ぼす因子があるものと推定できる。
 検察官が処分を決める際に考慮すると考えられる諸因子については,次節において,更に検討する。