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 平成 5年版 犯罪白書 第4編/第3章/第2節/4 

4 刑事罰の強化

 道路交通法違反と並んで交通犯罪のもう一つの柱をなす刑法211条の業過事件についても,戦後一貫して増加し,検察庁における新規受理人員は,昭和30年に約5万人,35年に約13万人,40年に約29万人,41年に約35万人,42年に約44万人と,量的に見てすさまじい増加ぶりを示した上,質的に見ても,無謀運転等に起因する悪質事犯が増加した。43年の改正前の刑法211条の法定刑は,「3年以下の禁錮又は1,000円(罰金等臨時措置法により5万円)以下の罰金」であったが,43年の改正で,新たに懲役刑が選択刑として加えられるとともに,禁錮刑の法定刑の長期が5年に引き上げられ,同条の法定刑は,「5年以下の懲役若しくは禁錮又は1,000円(罰金等臨時措置法により5万円)以下の罰金」とされ,同年6月10日から施行された。
 懲役刑が選択刑として加えられた理由は,当時,業過事件の中には,加害者が,極めて軽度の注意を払えば,人の死傷等の結果を容易に予見し,その発生を防止することができたのにもかかわらず,これさえ怠ったため,重大な結果を発生させるような事案が少なくなかったからである。これらの事案は未必の故意と紙一重の事案であり,このように,加害者が人命を無視するような態度に出た結果,人を死傷に至らせた場合も,単に故意犯でないという理由で,禁錮刑ないし罰金刑によって処罰せざるを得ないことは,国民の道義的感覚からいってむしろ不自然であるとされた。そこで,業過事件中悪質重大なものに対しては,懲役刑を科し得ることとされた。
 さらに,禁錮刑と懲役刑の長期が5年とされた理由は,悪質重大事犯が増加したことから,従来の禁錮3年を上限とする法定刑が軽きに失する場合があると考えられたためである。
 この昭和43年の刑法改正による刑事罰強化は,悪質重大事犯を犯した者に対して重罰を科するという点に主眼があったが,一方では,この改正の交通安全対策の一環としての有効性,特に,刑罰の一般予防効果としての注意義務履行の向上も期待された。業過事件の検察庁における新規受理人員は,この刑法改正後,45年をピークに減少に転じた。しかし,52年を底に,その後は再び増加に転じ,現在まで増加傾向が続いている。
 なお,刑法211条の罰金刑の下限及び上限は,昭和24年2月1日の罰金等臨時措置法の施行により,1,000円以上5万円以下とされていたが,47年7月1日施行の同法改正により,4,000円以上20万円以下とされ,さらに,平成3年5月7日施行の「罰金の額等の引上げのための刑法等の一部を改正する法律」により,1万円以上50万円以下とされた。この2回にわたる罰金の下限及び上限の引上げは,経済事情の変動に伴って,交通犯罪だけではなく刑罰法令全般について広く見直しが行われた結果である。
 一方,道路交通法の罰則については,昭和35年の同法制定後しばしば改正が行われている。62年4月1日施行の改正法においては,同法第8章に定められた罰則全般にわたって,罰金額の上限がそれまでの2倍程度に引き上げられた。