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 昭和36年版 犯罪白書 第一編/第一章/二/2 

2 選挙犯罪

 昭和三四年における選挙犯罪のうち主たる部分を占めるのは,同年行なわれた参議院議員選挙関係といわゆる統一地方選挙関係の違反である。そしてその選挙犯罪の内容その他については昨年度の犯罪白書(一三三頁以下)で詳述したもので,本年は主としてこれに関する裁判関係を説明することとする。
 昭和三四年における選挙違反事に対する科刑の状況はI-6表のとおりである。これによると,懲役または禁錮を言い渡されたもののうち九四・三%までに執行猶予がつけられている。戦後,執行猶予の言渡率は一般的に上昇したが(第二編第一章七八頁参照),選挙違反は他の犯罪にはみられないほどの高率である。しかも,この統計は第一審裁判の統計であるから,控訴審においては第一審で実刑とされた事件のうち相当部分がさらに刑の執行猶予が言い渡されているものと思われるので,実刑で確定する事件はこれよりさらに少ない。

I-6表 選挙犯罪の第一審科刑別人員等(昭和34年)

 選挙違反について執行猶予率が異常に高い理由の一つとして,戦後相次いで大赦が行なわれた結果,事実上の再犯者であってもほとんど法律上刑の執行を猶予できる要件を備えたことを挙げることができる。このほか種々の複雑な理由が競合しているので,この理由については基本的な検討を必要とするであろう。
 選挙違反の多いことは,戦前からのわが国の犯罪現象における大きな特色となっているが,戦前にもこのように執行猶予率が高かったのであろうか。この点を参考とするために,戦前の政党内閣のもとにおいて激しい選挙戦の行なわれた昭和五年の科刑状況を明らかにして見ると,I-7表のとおりである。これによると,執行猶予はわずかに四%前後であって,執行猶予と実刑の率が戦後とは全く逆になっている。もっとも,懲役または禁錮を求刑したが罰金を言い渡された事件は少なくないと思われるが,この点は戦後も同じであるから,戦前は実刑を言い渡される場合が多かったことと執行猶予率が低いことがその特色であったといえる。もっとも,刑期別にみると,懲役または禁錮三月未満が過半数を占め,六月以上は一〇%前後にすぎない。

I-7表 選挙犯罪第一審有罪人員と第一審執行猶予人員等(昭和5年)

 次に,罰金刑を科せられたものの金額別の比率をみると,I-8表のとおり過半数の約五三%が罰金五千円未満であって,罰金一万円以上三万円未満は二〇%,罰金三万円以上は約五%にすぎない。これを戦前の昭和五年の選挙違反の罰金刑の金額に,比較すると,同表に示すように,昭和五年には罰金五〇円未満が約六・一%,罰金五〇円以上一〇〇円未満が約二二%であって,大体の傾向として,罰金五〇円未満が罰金五千円未満へ,罰金五〇円以上一〇〇円未満が罰金五千円以上一万円未満へと,ほぼ百倍になったといえるであろう。しかるに,昭和九-一一年を基準とした卸売物価指数は,昭和三四年には三四八・三であるから(日本銀行統計局卸売物価指数年報による),実質的にみると,罰金額は軽減されたことになる。

I-8表 選挙犯罪の罰金刑金額別人員等(昭和34年)(昭和5年)

 主な選挙犯罪には,刑罰のほか,公民権停止の処分があわせて科せられることになっているが,これが選挙運動者にとって実質的な制裁となっている。すなわち,現行公職選挙法のもとにおいては,主な選挙犯罪につき有罪の言渡をする際には,公民権停止の適用を特に除外しない限り,懲役または禁錮に処せられたときは十年間,罰金に処せられたときは五年間,公民権を停止されることとされている。公民権を停止された期間は,選挙権被選挙権はもちろん,選挙運動もできないことになっている。
 I-9表は,昭和三四年における選挙犯罪で有罪の言渡をうけた総人員のうち,公民権を停止されなかった者または公民権停止期間を短縮された者の数をみたものであるが,通常第一審手続では有罪人員の二八・六%に公民権の不停止が言い渡されており,また,その二四・二%に公民権停止期間の短縮が言い渡されている。もっとも,選挙犯罪のすべてに公民権停止がなされるわけではなく,公民権停止と関係のない選挙犯罪もあるが,その数はきわめて少ないから,公民権停止されるべき選挙犯罪のうち,その半数以上に公民権不停止または停止短縮が言い渡されているといえよう。

I-9表 選挙犯罪有罪人員中の公民権停止・公民権停止期間短縮人員と百分率(昭和34年)

 なお,このほか,昭和三四年には皇太子御結婚恩赦により公職選挙法違反者で一定の条件に合致するものに対して,復権,特別特赦等の恩赦が行なわれた(犯罪白書昭和三五年度版一九三頁参照)。
 次に昭和三五年一一月に行なわれた衆議院議員総選挙関係について付記すると,この選挙においては,最近の総選挙においてはみられないほど多数の選挙犯罪が発生した。選挙違反の検察庁受理の総人員は,昭和三六年二月末現在で五二,一八七人に達し,昭和三三年五月の衆議院議員総選挙における受理人員三二,九八〇人(選挙後六月の統計)の約一・六倍となっており,また,その約八九%が買収事犯である。このように,選挙犯罪が激増したことについては,その原因を十分に検討する必要がある。