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4 未決拘禁者および死刑確定者の処遇 (一) 未決拘禁者の処遇方針 未決拘禁者は,受刑者と同じように,身柄を強制的に施設に収容される。しかし,それは,刑罰の執行のためのものでなく,捜査および裁判の必要からでたものである。未決拘禁は,犯罪の嫌疑のもとに,その被疑者または被告人が逃走したり,または,証拠の隠滅を図るおそれのある場合に,このような事態の発生を予防するために執られる強制処分である。したがって,裁判によって,有罪が確定した受刑者とは,異なった処遇を受けており,未決拘禁者の処遇は,集団的拘禁に伴う所内秩序維持のためのもののほか,逃走および証拠の隠滅に対する対策が基本的のものとなるといえる。
未決拘禁者は,拘置所または拘置支所に収容される。刑務所に収容される場合は,所内の特別の区画(前述した拘置監をいう。)が用意されている。拘禁方法は,独居拘禁を原則としている。これは,未決拘禁の目的である証拠の隠滅の防止を図ることのほか,本人の名誉の保全にも適しているからである。同一事件に関連のあるものは,居房を別にするほか,居房外においても,接触の機会がないよう注意され,医療や戸外運動の実施のときなど,特段の配慮がされている。 未決拘禁者は,作業を強制されることはないが,本人が願い出た場合には,作業に従事することがある。これを請願作業といっている。請願作業は,刑務所で現に行なわれている作業の業種の範囲内で,選択の自由が認められている。しわし,その業種は,未決拘禁の目的に適当したものに限られ,一般工場や構外での作業は許可されない。請願作業に従事している者は,昭和四一年一二月末においては,二・七%で,例年この程度である。請願作業による収入は,国庫に帰属し,就業者には,受刑者の場合と同じように,作業賞与金が与えられる。作業賞与金が釈放の際に給与されることは,受刑者の場合と同様であるが,受刑者よりも緩和された制限のもとに,在所中でも,その使用が許されている。 未決拘禁者の衣類,寝具は,受刑者と異なり,自弁が原則である。また,糧食の自弁が許されるほか,日常使用する物品についても,大幅に,自弁が許されている。これらの点は,受刑者の場合と違って,拘禁される前の生活程度を,拘禁された後も引き続き,できるだけ維持させ,個人の自由を認めようとする措置である。しかし,食糧の自弁については,規律および衛生という観点から,相当程度の制限がある。なお,自弁のできない者に対しては,もちろん,国の義務として必要なものが給貸与される。 信書の発受は,受刑者の場合と違って,その相手方,回数などについて,全く制限されない。ただし,その内容は,検閲される。検閲の効果として,未決拘禁の目的をそこなったり,施設の秩序を現実に脅かす危険のあるような内容であれば,それに対する適当な措置が執られる。面会は,受刑者と異り,相手方および回数についての制限はない。とくに,弁護人との面会は,立会人をつけず,訴訟当事者としての防御権が保証されている。また,裁判所が接見禁止の決定をしても,弁護人との面会は禁止されない。 未決拘禁者の所持金品は,受刑者の場合と同じように領置される。金品の外部からの差入れについては,命令で定める制約があるが,許可される範囲は,受刑者の場合よりも広い。頭髪およびひげについては,受刑者と異なり,衛生上とくに理由がないかぎり,本人の意思に反して,頭髪を刈り,ひげをそることはできないものとされている。 教かいは,原則としては,行なわないが,被告人から願い出があった場合には,許される。教育は,とくに計画的に施すということはない。文書・図画の閲読は,拘禁の目的に反せず,かつ,収容施設の規律に害のないものに限り許されることになっている。 施設の秩序を維持するため,規則に違反した者には,懲罰が科せられる。しかし,受刑者の場合と異なり,減食罰(食事の量を減らす懲罰)は科されない。 (二) 未決拘禁者数および未決拘禁の期間 未決拘禁者の入出所の状況および一日平均在所人員は,II-84表に示すとおりである。昭和四一年における被告人の一日平均在所人員は,九,一五四人で,四〇年の九,三二一人に比べ,一六七人減少している。最近五年間では,三九年が最も少なく,八,八一一人である。被疑者の一日平均在所人員は,昭和四一年において七五六人,四〇年において八〇八人で,逐年減少の傾向にある。刑務所および拘置所における受刑者と未決拘禁者との比は,昭和四一年においては,前者一〇〇に対し後者が一八の割合である。
II-84表 未決拘禁者の入出所人員(昭和37〜41年) つぎに,未決拘禁の期間について調べてみると,昭和四〇年における通常第一審終局被告人九七,四八六人中,七〇・七%にあたる六八,九三九人が勾留されたことがあり,起訴後第一審の終局裁判を受けるまでの間の勾留期間別人員は,II-85表のとおりで,一月をこえ,二月以内の者が,最も多く,全員の三三・五%である。六月をこえる者は三・〇%にすぎない。しかし,昭和四〇年末現在において実際に勾留されている者一一,八七八人の勾留期間別人員は,一五日以内が最も多く,全員の二三・七%で,つぎは,一月をこえ,二月以内の者二一・三%,六月をこえる者は,一二・四%であり,一年をこえる者は,四・一%である。II-85表 通常第一審終局被告人の勾留日数別人員と率(昭和40年) (三) 問題行動とその対策 未決拘禁者は,その拘禁に伴い,施設側が強制する保安と規律とをめぐって,未決拘禁者に与えられた権利と義務との面で種々の問題があるばかりでなく,裁判あるいは将来に対する不安,自己の犯罪またはその容疑についての感情の動揺などから,心身にいろいろの影響がもたらされる。
昭和四〇年の刑務所および拘置所における自殺二〇人中六人,また四一年における自殺二六人中一一人は,未決拘禁者である。また,自殺未遂または自傷のため昭和四〇年において医療を受けた二三三人中八七人は,未決拘禁者である。これらの数は,平均在所人員との割合から考えると,受刑者に比べて,未決拘禁者に多いといえる。拘禁の影響が拘禁性反応を誘発することは,すでに知られているところで,ことに,未決拘禁では,顕著な拘禁性精神病がしばしばみられたが,拘禁制度の近代的展開に従い,収容者に人道的配慮が払われるに伴い,往時のような精神病は,みられなくなったが,身体・精神反応としての消化器系,循環器系のり病が多く,とくに,拘禁感の強い未決拘禁者には,受刑者に比べてそれが多い。 II-86表は,昭和三七年以降の受刑者以外の者の懲罰事犯者の事犯別割合を示したものである。刑務所および拘置所の収容者のうち,受刑者を除く者は,未決拘禁者が大部分であるから,この表に計上されたものは,ほとんどが,未決拘禁者によるものと考えてもよいであろう。この表から明らかなように,年に四千五,六百人程度の懲罰事犯であるから,未決拘禁者の一日平均在所人員に対する比は,四三〜四%で,受刑者の場合より,やや低率である。懲罰事犯のうち,最も多いものは,昭和四〇年までは,たばこ所持で,同年においては,懲罰事犯の一八・三%であり,ついで,対収容者暴行,抗命,物品不正授受,器物の毀損,通声,争論の順となっている。しかし,四一年には,対収容者暴行が,懲罰事犯の第一位になった。たばこ所持は,逐年懲罰事犯別割合が減少しているが,抗命,通声,対収容者暴行などは,割合が増加の傾向にある。なお,懲罰事犯別の順位を受刑者の順位と比較してみると,未決拘禁者においては,怠役がないのは,もちろんであるが,争論と器物の毀棄との順位が逆転し,未決拘禁者に器物の毀棄が多いことおよび通声が多いことをあげることができる(II-43表およびII-48表参照)。これは,未決拘禁者のおかれている心的状況および処遇条件から理解できることであろう。 II-86表 未決拘禁者などの懲罰事犯別率(昭和37〜41年) これらの懲罰事犯に対する処置としては,監獄法に規定されている懲罰が科せられるが,さらに,刑事事件として,起訴される者もある。昭和四一年において,起訴された者は,七八人,その行為別人員で,最も多いものは,傷害である(II-80表参照)。さて,未決拘禁者の処遇は,人権を尊重しつつ,被拘禁者の訴訟上の権利を妨害しないよう,逃走と証拠隠滅の防止を図るというむずかしい仕事の遂行であるため,種々の問題が発生しやすい。そこで,職員に対して関係法規や人間理解の方法,技術の研修を行なって,その知識,教養を高めるとともに,施設環境を整備して,未決拘禁者の心の緊張感を高めないよう配慮している。ちなみに,新しく建設された拘置所においては,窓ごうしからくる拘禁感を和らげる努力をしたり,舎房を一側制にするとか,筆記のために便利な設備をするとかの配慮がなされている。また,施設は,外部から伝染病を持ち込む危険も少なくないため,入所時の身体検査,自弁または差し入れられる食糧,寝具,衣類などの衛生的配慮,出廷,面会などの場合の衛生上の処置のほか,差入品に対する保安上の検査方法の科学的改良等の努力が払われている。 しかし,最も重要な問題は,拘禁が被拘禁者の心身に重大な影響を与えている事実を直視し,科学的に,適応性を与えるための配慮に基づく,真に未決拘禁者にふさわしい処遇の体系化を図ることにあるといわなければならない。このような配慮が加えられることによって,問題行動の発現や拘禁による心身の異常の発現を予防し,あるいは,発現しても,その発現のしかたをより軽いものとすることかできるであろう。 (四) 死刑確定者の処遇 死刑の判決が確定した者は,死刑の執行が行なわれるまで,拘置所に拘禁されて,特別の規定に基づく処遇を除いては,未決拘禁者に準じて処遇される。それは,死刑という極刑に直面する者に対する思いやりから,受刑者の場合よりもゆるやかな未決拘禁者の処遇規定を準用しているのである。死刑確定者の拘禁の目標は,死刑の執行に至るまでの身柄を確保することである。そして,そのためには,死刑に直面する人間の苦悩と恐怖とを,できるかぎり,取り除き,本人が,しょく罪の観念に徹し,安心立命の境地に立って,死刑の執行に臨むように,また,社会に対しては,その者の拘禁について,いささかの不安も与えることがないように,あらゆる努力を尽くすことが要請されている。したがって,その心情の微妙な動きを的確には握して,適正な処置を執ることと,死を迎えるための人生観の確立のため,教育的措置を講ずることが必要とされる。
死刑確定者を拘禁している施設においては,専任の職員を配置して,個別的処遇の徹底を図っているほか,篤志面接委員制度,民間宗教家による宗教教かい師制度の活用に努めている。文芸,美術などを通じての情操教育や宗教教かいは,これらにあたる篤志面接委員や宗教家の熱心な指導によって,死刑確定者に安心立命を得させるのに,きわめて大きな効果をあげている。 死刑確定者が,死刑の判決確定があってから,執行を受けるまでの期間は,原則的には,六か月以内とされているが,実際には,上訴権の回復,再審の請求,非常上告または恩赦の出願や申出がなされ,その手続が終了するまでの期間および共同被告人であった者に対する判決が確定するまでの期間は,前記の六か月以内という期間には,算入されないことになっているなどの理由から,相当長い期間拘禁されている者がある。 死刑確定者を収容している施設における昭和四〇年の収容状況は,II-87表のとおりで,死刑の執行は四人,死刑の確定した者は,七人である。年末の収容人員は七二人で,うちに,女子二人が含まれている。なお,死刑確定者の年末人員は,昭和三八年六一人,三九年七〇人,四〇年七二人,四一年八一人と増加している。 II-87表 施設別死刑確定者新収容および執行人員(昭和40年) 死刑確定者は,現在,拘禁期間の相当長い者があり,また,社会の諸団体と関係を保っている者がいるうえ,法律上は,未決拘禁者の処遇規定を準用するという規定しかないため,その処遇において,不十分な点が少なくない。死刑確定者に対し,きめの細かい合理的な処遇を推進するためには,やはり,その根拠となる法令が必要であり,このためには,監獄法令の改正が望まれる。 |