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 昭和42年版 犯罪白書 第二編/第二章/一/5 

5 処遇をめぐる諸問題と新しい動向

 受刑者を矯正することは,至難のことであり,その処遇をめぐって,種々困難な問題が生ずるのは,避けがたいことであろう。処遇をめぐる問題点については,すでに,関係の箇所において,それぞれ必要に応じ,指摘したところであるが,従来から,処遇をめぐる問題としてあげられているものを,とりまとめてみると,(1)監獄法令の改正(2)矯正処遇の合理化としての開放処遇の採用(3)医療専門施設の拡充と分類センター制度の全面的採用(4)給食の改善(5)不服申立制度の改善(6)職員勤務体制の合理化(7)矯正施設の近代化(8)処遇のための機構の合理化などであろう。ここでは,(1)監獄法令の改正(2)処遇の近代化(3)処遇上問題のある収容者(4)職員の四項目に分けて,おのおのの問題点と新しい動向とについて,採り上げてみたい。

(一) 監獄法令の改正

 受刑者処遇の基本となっている監獄法は,明治四一年の制定である。戦後,新しい刑事政策の進展にそぐわないものがあるとして,昭和二二年,当時の司法省に設けられた「監獄法改正調査委員会」の答申を基礎に,改正のための検討が進められた。しかし,監獄法の規定の多くが,弾力性に富んだ表現をもっており,かつ,具体的な事項を省令に委ねていることから,時代の要請に即応できるし,また,新憲法の精神に抵触することなく,運用することが可能であり,さしあたっては,とくに改正の要がないものとして保留された。しかし,その後,被収容者の人権擁護および教化の徹底という二大観点から,現行刑法,刑事訴訟法のわく内で,全面的に改正すべきではないかとの発想のもとに,昭和二八年から,法務省矯正局において,改めて,改正準備に着手し,検討を重ねてきた。ところが,その後,昭和三一年ごろから,刑法の改正が検討されることとなり,その結果によっては,刑の執行法である監獄法も,根木的な再検討の必要が生ずる事項が多く,そこで,監獄法の改正も,刑法の改正作業の推移をみて,これと歩調を合わせて,作業を進めるべきであるということになり,矯正局では,新たな構想のもとに監獄法改正の問題を検討している。
 この間,時代の進展に即応するための監獄法施行規則の一部改正は,しばしば行なわれてきた。とくに,昭和四一年においては,相当大規模な改正が行なわれ,四二年一月一日から施行された。今回の改正では,「典獄」,「懲役囚」というようなやや時代離れのした言葉が姿を消して,「所長」,「懲役受刑者」におきかえられているほか,改正の主要点は,次のとおりである。
(イ) 交談禁止の改正 これまで,雑居房,工場などにおいては,一般的に,交談を禁止する制度,いわゆる沈黙主義が採られていたが,これを改め,所長が,規律,教化その他の理由から必要があると認める場合に限って,交談を禁止することになった。
(ロ) 開放的処遇 これまで,施設は,規定上,閉鎖主義が採られ,そこでの処遇は,閉鎖的処遇方法であった。しかし,受刑者の分類の結果,一部の受刑者については,閉鎖的な施設環境において処遇するよりも,その自律心と,所属集団に対する責任観念とを趣旨とする開放的処遇の方法を採ることが,受刑者の改善更生に資するとの見地から,その処遇について,特に必要があると認められるとき,所長の裁量で,戒護に支障のないかぎり,開放的処遇を行なうことを認めるものである。この結果,居房,工場などに鍵を掛けないこともできるようになった。また,接見所以外の適当な戸外などでも,接見できるようになった。
(ハ) 新聞紙などの閲読許可 これまで,新聞や時事の論説を載せた雑誌は,閲読が禁止されていたが,在所者の思想の自由を保証し,世相のは握に努めさせる趣旨から,他の文書・図画と同じ制限(拘禁の目的に反せず,かつ,監獄の規律に害のないものに限る。)のもとに,閲読を許すことになった。
(ニ) 調髪および顔そりの改正 在所者の個人衛生に関する規定を設け,その一環として,現在の受刑者の「丸刈り」を改め,他に適当な調髪を行ないうることにした。
 このたびの改正は,相当広範なものであるが,さらに進んで,近来開発されつつある新しい処遇技術の徹底化,外部通勤制および帰休制などの採用による処遇の社会化,禁錮受刑者の請願作業,宗教教かいのあり方などの所内処遇の合理化ならびに未決拘禁者および死刑確定者の合理的処遇などの点で,監獄法の改正が望まれている。また,監獄法の改正には,相当の日時を要するとの見通しから,その改正をまたずに,行刑累進処遇令を,開放処遇の具体化の見地から,改正すベきであるとの声もあり,現在検討されている。

(二) 処遇の近代化

 科学的,実証的知識に裏付けられたヒューマニズムは,処遇を近代的に展開する原動力である。被収容者間および被収容者と職員間の人間関係などの刑務所社会ならびに被収容者に対する実務家の長い経験を尊重しつつ,これを科学の水準に高め,合理化し,技術化するところに処遇の近代化がある。
 このたびの監獄法施行規則の改正によって,独居拘禁期間の短縮,在監者に給与する糧食のカロリーによる合理的基準の設定,所長が特に必要と認める場合における検身や捜検の廃止,受刑者の「丸刈り」を改めて,他の適当な調髪ができるようにしたことなど,規定の上で種々の変更があった。しかし,これらの実施を近代的に展開するためには,なお解決しなければならない問題があるであろう。
 分類鑑別技術,心理的治療,精神療法,社会的処遇法などの処遇方法ならびに刑務所の治療社会化のための諸技法が,現在,試行的に実施されているが,保安や作業との関係に問題があり,また,専門職員の不足のため,その進展に困難な点がある。
 また,開放処遇の問題は,現在,世界の行刑における処遇の近代化の大きな課題の一つであろう。この制度の発達しているスエーデンにおいては,受刑者の約三〇%が開放施設で処遇されているといわれている。開放処遇を成功させるには,世論の支持,そこで処遇される者の選択,開放施設での処遇プログラム,職員の訓練などがたいせつである。これらのどれを欠いても,開放処遇は,健全な発達を望みえないと考えられている。
 わが国においても,閉鎖施設から社会における処遇の中間処遇として,準開放処遇が従来から行なわれていた。また,ここ数年来,大井造船作業場(松山刑務所所管),最上農場(山形刑務所所管)などでは,開放的処遇を計画的に推進している。また,法務省矯正局の指導による開放処遇の計画的推進の一つとして,禁錮集禁施設における試行をあげることができる。習志野刑務支所の場合は,分類センターである中野刑務所での精密な分類調査によって,収容される者が選定され,開放処遇に適すると判定された禁錮受刑者について,充実した処遇の実施が図られている。
 さて,開放処遇の効果については,その設備費が少なくてすむというような,経済的面からの利益は多いが,処遇効果については,閉鎖処遇よりもすぐれているとはいえないという説もある。開放施設からの出所者は,他の種の施設からの出所者に比較して,その成行きは良好である。しかし,それは,もともと良質の受刑者が開放施設に移送されるためで,同質の収容者について,開放,閉鎖両処遇の効果を,成行きという点で比較してみると,この両者に差異がないという結果を出している学者もいる。しかし,閉鎖施設でなくてもまかないうる受刑者がいるということは事実で,この事実の上に,開放処遇を展開して行こうとしているのが,今日の行刑の動向であるといえよう。
 なお,開放処遇は,処遇の環境を自由社会のそれにできるだけ近づけ,施設のもつ特異なふんい気を排除しようとするもので,この意味で,処遇の社会化ともいえるものである。
 処遇の近代化は,合理化,機械化,社会化などの面を持っている。これらの面の発展には,処遇の科学的研究を欠くことはできない。処遇の実際に,試行的計画を導入して,その効果を科学的に調査しながら,実証的な資料を積み重ねて行くところに,処遇の近代化が展開して行くと考えられる。また,処遇の近代化は,おのずから,施設や施設内設備の近代化を必要とする。けだし,収容者の身柄を確保しつつ,施設のそれぞれの目的を達成しようとするかぎり,施設やその設備に負うところが極めて大であるからである。そこで,以下,施設の問題に触れてみたい。
 行刑施設の数は,前に述べたように,刑務所五七,少年刑務所九,刑務支所一六,拘置所七,拘置支所九八,計一八七である。ここ十数年来,大阪拘置所,京都拘置所,小倉拘置所,長野刑務所,滋賀刑務所,松江刑務所,福岡刑務所,福島刑務所,山形刑務所,札幌刑務所,福岡拘置支所および札幌拘置支所など,二十数施設が新築されはしたが,なお,現在の行刑施設を全般的にみれば,その老朽化が問題点としてあげられよう。わが国の行刑施設は,第二次大戦の結果,戦災により,その三分の一近くの収容設備を失い,それに続いて,異常な過剰拘禁に苦しんできたのである。ここ二,三年ようやく,この苦悩から解放されかけてはいるものの,施設に関する限り,まだ,戦後は終わっていないともいえよう。
 刑務所は,その規模からみると,刑務作業,刑務所運営上の事務などの点から大規模化の一途をたどってきた。しかし,最近は,この傾向に反省が加えられ,個別的処遇の推進のため,小規模の施設が望ましいとされるようになってきた。
 また,所内の設備についてみると,新しく矯正の分野に導入された技術に適した設備,たとえば,集団心理検査のためのテスト室,面接調査室,集団精神治療室,職業訓練教室,クラブ活動のための集会室などが,古い施設では,設けられていない。最近新設された施設においては,これらの設備や医療設備,炊場設備,配電設備などが良くなったほか,窓の鉄ごうしも,外面からはそれとわからないように工夫して,強い拘禁感を被収容者に与えないよう配慮するとか,舎房も廊下を中にした二側型の配列をやめて,南側一側に配列するなど多くの改善が企てられている。新しい理念の実現のためには,新しい設備がそれに対応する。しかし,刑務所をすべて新しく建築し直すことは,財政的に不可能のことに属する。このため,各施設は,処遇の近代化に合わせて,設備を改修したり,設備を転用して,運営に努力しているが,なお,万全とはいいえない。
 刑務所は,かつての郊外地に建設されたものが大部分であるが,都市の膨張に伴って,四周が繁華街となり,そのために,移転問題の起こっている施設がある。現在の処遇方法は,社会化の動向にあり,そのためには,社会資源に頼らなければならない面が増加してきたし,そのほか,刑務作業の受註,職員および職員の子弟の教育などの問題から,人里離れたところに施設を移転することには,大きな運営上の困難が伴なう場合がある。このような見地から,施設の移転問題をどのように処理するかも,一つの問題点であるといえよう。

(三) 処遇上問題のある収容者

 刑務所の収容者(未決拘禁者を含む。)は,クレマーの「刑務所社会」やサイクスの「囚人社会」などの著書に示されるように,ホーマル・インホーマル関係の二重構造から,独特な姿勢をもつもので,それ自体として種々の問題性をはらんでいるものである。
 昭和四〇年八月,モントリオールで開催された第五回国際犯罪学会において,「種々の処遇に対する受刑者の反応」についての研究発表に述べられているように,受刑者は,「裁かれ,処遇される者の側からは,かれらの間違いについて,だれからも実際に聞かされず,なぜ間違いをするに至ったかについて,誰からも語られず,弧独で,絶対的にすっぽかされた存在としての感情を持って,受刑生活を送り,一人の『演技者』として,裁判やその後の処遇に臨むもの」である。この意味で,収容者は,すべて,多かれ少かれ,問題を持つものであり,これが,施設社会との関連において,あるときは,大きな処遇上の問題として発展したり,その可能性を持ちながらも,平穏のうちに経過したりする。このような事態を,余すところなく解明し尽くすまでには,調査方法がまだ進んでいないし,調査の体制も整備されていない。
 昭和四〇年二月,法務総合研究所において,問題収容者の実態調査を行なった。これは「管理上または処遇上,職員に過大な負担を掛け,矯正の目的達成上,施設の意図する計画に大きな障害となる」収容者を,各施設の判定に任せ,その実態を調査したものである。刑務所および拘置所における問題受刑者数は,男子受刑者二,四二四人,女子受刑者九五人で,全受刑者に対する比率は,男子で五%,女子で八%である。
 さて,問題受刑者は,どのような問題となる行動を示すかについて,そのおもなものをあげてみると,II-88表のようになる。この表は,受刑者および被疑者・被告人,少年院収容者などの問題収容者において,五〇%以上に出現した問題行動をあげたもので,各種の問題収容者における問題行動の特徴をうかがい知ることができる。これによれば,問題受刑者は,職員に対する暴言,仲間に対する暴力,争論などの攻撃的のものが多いほか怠役が多い。

II-88表 種々な矯正の対象における出現頻度の多い問題行動の項目

 つぎに,これら問題受刑者の知能指数は,II-89表に示すとおりで,本調査に近い時期における一般受刑者のそれと比較してみると,女子受刑者においては,知能指数の低い方に,問題受刑者がやや多いが,男子受刑者では,問題受刑者と一般受刑者との間に,知能指数の分布にあまり差がない。

II-89表 問題受刑者と一般受刑者との知能指数比較

 II-90表は,問題受刑者の精神診断別人員比率を示したものであるが,精神病質,精神病,神経症などと診断された者は,問題受刑者に多い。なお,女子問題受刑者においては,精神薄弱が多いが,男子については,このような差異はみられない。つぎに,精神病と診断された問題受刑者一一九人中,医療刑務所に収容されている者は九人,精神薄弱のそれは一一七人中七人で,いずれも医療刑務所への収容比率は,一割にも満たない。このことは,普通刑務所における処遇上の問題点の一つである。

II-90表 問題受刑者の精神診断別人員比率

 また,問題受刑者の学歴をみると,中学校卒業以上の者は,六五・八%で,四〇年の新受刑者の中学卒業以上の比率である七六・五%に比べて低い。また,小学校,中学校の中退者は,二一・三%(新受刑者では一〇・一%)と高率で,学校教育を修了しないことが,問題受刑者と関連の深いことが推定される。
 なお,問題受刑者の罪名についてみると,恐かつ,傷害,殺人,強盗などの兇悪犯,粗暴犯が,一般受刑者に比べて多い。
 一般的にいって,問題受刑者においては,犯罪傾向の進んだ者や心身に障害のある者,とくに,精神病質者が多い。
 つぎに,問題受刑者について,反社会集団に所属している者の比率をみると,一般受刑者の一五・六%に対し,二倍以上の三八・一%である。反社会集団に,刑務所の高い塀を通して,所内のインホーマル関係にある種の力を加え,これが,また,反社会集団所属受刑者の所内における問題行動を強化しているといえよう。
 つぎに,視点を変えて,暴力団関係収容者の状況についてみよう。II-91表は,昭和三九年から四一年までの,毎年末における暴力団関係者収容状況を調査したものであるが,受刑者においては,一五・六%,一七・三%,一七・七%と逐年増加している。II-13図は,昭和三九年一二月以降,四か月ごとの調査結果を図示したもので,時期により,多少の消長はあるが,増加傾向にあることを看取できよう。なお,昭和四一年一二月末現在における暴力団関係者の管区別収容状況を示すと,II-92表のとおりで,札幌,高松,大阪の三管区は,他に比べて高率である。

II-91表 暴力団関係者収容状況累年比較(昭和39〜41年)

II-13図 暴力団所属収容者の累年比較図

II-92表 暴力団関係者収容状況(昭和41年12月31日現在)

 これらの暴力団関係収容者のうち,受刑者の処遇については,その一つとして,その受刑者を同一管区内の他施設または他管区の施設へ移送することが考えられるが,この分散移送は,所内における顕在的な派閥抗争のほか,暗黙のうちに,所内暴力団関係受刑者の中心となっているような者を選出し,移送先施設の派閥関係,社会における派閥関係の現況などを考慮して実施している。なお,所内における,これら受刑者の処遇にあたっても,そのインホーマル関係に深い注意が払われなければならない。
 最後に,問題受刑者において比率の多かった精神障害受刑者について,その収容状況をみると,II-93表に示すとおりで,昭和四一年一二月二〇日における受刑者総数に対し,一三・八%にあたる,七,一八八人が精神障害者である。その内訳は,精神病質三,六六一人(七・〇%),精神薄弱二,九一六人(五・六%),精神病四四六人(〇・九%)および神経症一六五人(〇・三%)で,精神病質が最も多い。

II-93表 受刑者の精神状況および精神障害者の収容状況(昭和41年12月20日現在)

 さて,これら精神障害受刑者は,男子の場合は,医療刑務所に収容して,それに適した治療的処遇が行なわれることになっている。医療刑務所は,近来,着々整備され,治療的処遇の効果をあげつつあるが,まだ,精神障害受刑者の全員を収容できるまでの規模に至っていない。現在,医療刑務所への精神障害受刑者の収容比率をみると,精神病が最も高いが,しかも,なお,医療刑務所への収容の割合は,五九%にすぎない(II-93表参照)。なお,医療刑務所への収容比率は,精神薄弱三一%,神経症二九%,精神病質一二%で,精神病質の割合が最も少ない。ちなみに,問題受刑者のうち,精神病ならびに精神薄弱は,九割以上が普通刑務所に収容されており,これを,前述の数字と比較するとき,普通刑務所に取り残された精神障害受刑者が,種々の点で処遇の支障となり,一般処遇計画の進展を妨げていることを推論することができよう。そこで,その対策として,専門治療施設,とくに医療刑務所の増設または収容定員の増加を図ることが望まれている。
 上述した精神障害受刑者を抱えている現場各施設においては,その者による思いがけない事故やいたずらがないよう,また,情願,行政訴訟および民事訴訟などに発展させないよう,分類,鑑別の徹底,カウンセリングその他の新しい処遇技術の開発とその実施に努力している。ちなみに,各管区に配置されている訟務担当者(不服の対象となりがちな処遇面の適正化について指導するとともに,提起された各種訴訟の適正な処理にあたる者をいう。)などこの一連の施策の現われである。
 これら,処遇上問題のある受刑者の処遇は,その対象者を詳しく調査し,その者に適した措置を行なう必要があり,いくつかの刑務所においては,治療的ふんい気をもった再適応工場または設備(アジヤストメント・ユニットという。)を設け,そこで,集団または個別カウンセリング,体育,音楽,絵画などを通じての錬成計画(リハビリテイション・プログラムといわれる。)を導入して,特別の処遇を実施している。

(四) 職員の問題

 昭和四二年一月一日現在の職員総数は,一六,五五九人で,その学歴,職種別人員は,II-94表に示すとおりである。法務技官および法務教官の職員総数に対する比率ならびに刑務官一〇〇人に対する技官数を,昭和三一年以降,累年比較すると,II-95表のとおりで,三一年における技官の割合は,四・三%,教官のそれは,〇・六%で,刑務官一〇〇人に対する技官は,五人であったが,四〇年においては,それらは,各,五・〇%,〇・六%および六人となっている。これは,刑務所における処遇の近代化に伴う専門職員導入の一つの現われともみられよう。

II-94表 刑務所職員の学歴別(昭和42年1月1日現在)

II-95表 職員総数に対する技官・教官の割合および保安職員に対する技官の割合(昭和31〜40年)

 刑務職員,とくに第一線にある刑務官を監視職員と処遇職員とに分けてみる見方がある。諸外国ことにアメリカにおいては,この二種の刑務職員の関係をめぐる問題を解明することに努力が傾けられているようであるが,わが国においては,事情が著しく違っている。わが国の保安の実務をみると,立哨勤務,巡警勤務,門衛勤務,舎房勤務,工場勤務などに分かれ,収容者の日常生活全般の管理に関係している。したがって,保安関係の職員は,その勤務する場所によって,あるところでは,処遇職員としての役割が優勢であり,ある場所では,監視職員としてのそれが強くなる。また,同一の勤務場所においても,事態により,監視,処遇両職員の役割が,交互に,適当に混じり合っているほか,場合によっては,さらに,作業職員の役割をも,あわせ行なっている。このようなことが,わが国の矯正処遇の一大特徴であり,長所であるといわれているが,これはまた,反面,短所となる危険性もはらんでいる。
 受刑者の社会復帰へ向かっての処遇は,受刑者対職員の一対一の人間関係を基礎にして,その上に築かれて行くものであろう。換言すれば,矯正処遇は,対人的具体的人間関係であり,ここにおける刑務官の資質は,明智に裏付けられた豊かな人間的情操が要求されるわけである。しかし,歴史的にみて,この職業に対する社会的評価は,遺憾ながら,わが国を含めて,各国ともに,あまり高いとはいえない。各国における看守業務に対する給与,待遇,昇進の諸制度は,能力の高い人々を引き付ける程度のものとはいいがたいものがある。このような現実に対処して,刑務所の勤務体制を考慮しつつ,職員の志気を高めるために,どのような対策を立てるかが,刑務所における処遇をめぐる一つの大きな問題である。
 刑務所における効果的な処遇を実施するためには,前にも述べたように,何よりも,処遇担当者に,その人を得ることであろう。刑務職員の人格,教養および訓練のいかんは,直ちに,行刑目的の達成につながっていることにかんがみ,つとに,刑務職員の研修についての努力が重ねられている。現在,矯正の業務に従事する職員に対して,職務上必要な訓練を行なう機関として,法務大臣の管理に属する中央矯正研修所と地方矯正研修所とがある。中央矯正研修所は,東京都に置かれているが,これは,明治二三年(一八九〇年)に設けられた監獄官練習所(内務省獄務顧問としてドイツ人ゼーバッハが招かれ,練習所の主任教授となった。)以来の伝統を持つものである。地方矯正研修所は,各矯正管区所在地に,それぞれ置かれている。なお,矯正研修所制度は,刑務職員だけでなく,少年院,少年鑑別所,婦人補導院などの職員にも適用される。
 中央矯正研修所においては,矯正施設に勤務する幹部職員および幹部職員となるべき者に必要な学術および技能を授けるとともに,その精神および身体を練磨し,人格の向上を図ることを目的としており,本科第一部および第二部ならびに専攻科(矯正職員の担当する職務の職種と職階とに応じて,それに必要な高度の専門的な学術・技能を教育訓練する。)がある。刑務所関係の副看守長および看守部長を対象とする本科第一部の研修期間は,現在約六か月であり,研修内容としては,憲法,行政法,民法,労働法,会計法規,社会学,心理学,経営学などの一般科目,刑法,刑事訴訟法,矯正処遇論,矯正社会学,矯正心理学,矯正教育学などの専門科目,刑務作業,生活指導,指紋などの矯正実務ならびに術科(点検,礼式,成具その他必要なもの)をあげることができる。
 つぎに,地方矯正研修所は,矯正施設に勤務する職員に必要な学術および技能を授けるとともに,その精神および身体を練磨し,人格の向上を図ることを目的としており,初等科(新たに任用した法務事務官および法務教官に対し,矯正職員として必要な教育訓練を施す。),本科第一部および第二部ならびに特修科(許通科と専攻科に分かれ,矯正職員の担当する職務と職階に応じて,それに必要な教育訓練を施す。)の別がある。初等科では,現在は,研修人員その他の関係から約三か月の研修が行なわれている。研修科目は,初等科刑務職員関係では,一般科目(法学概論,憲法,国家公務員法その他必要な科目),専門科目と実務(矯正組織,行刑法,刑事法,保護法規,教育心理学,矯正実務,演習など)および術科(戒具,拳銃,警棒操法,点検,礼式など)である。この研修は,採用後,直ちに行なうことが原則であるが,欠員ができた場合,すみやかにそれを補充しなければならないといった現場施設の事情や,地方矯正研修所の初等科研修態勢(一定数まとまることが望ましい。)から,必ずしもこのたてまえに従うことができないことがあるので,後に述べる自庁研修によって,これを補っているのが実状である。
 つぎに,前述した研修機関による研修を補充し,またはそれと連携するものとして,自庁研修がある。自庁研修には,幹部養成のためのものと一般職員のためのものとがあるが,現場各施設においては,この研修の効果をあげるために,種々工夫し,活発に実施している。しかし,各施設においては,現在の刑務所職員の勤務状態が非常に過重であるため,第一線の刑務職員,とくに新採用の看守教習(後述するとおり,二〇日間の自庁研修の責任がある。)に苦悩している。つまり,問題の重点は,まず,いかにして,自庁研修のための時間をねん出するかにある。このため,各施設では,業務の合理化,研修方法の検討などに大きな努力や工夫がなされている。
 現在,法務事務官(看守)は,人事院の行なう刑務官採用試験合格者のうちから採用される。新規採用者は,地方矯正研修所における初等科研修を受けるが,採用と同時に,これに参加させえない現況であるので,任用後二〇日間,実務のかたわら,二時間以上の時間を定めて,計画的に,自庁における研修を行なうことが定められている。しかし,この点には,前述したとおりの問題があり,さらにまた,最近の経済界の景気上昇による採用難(ことに高校,短大および大学卒業の若い者について)の問題もある。
 つぎに,採用が,さらに,困難な医師については,昭和三六年以降,矯正医官修学資金貸与法を設けて,将来,矯正医官として勤務することを希望する医学の専攻者に対し,資金を貸与して,要員の確保に努力している。また,看護人の有資格者も,その必要人員を得ることがむずかしいので,昭和四一年四月以降,この免許取得を目的とする准看護人養成所を八王子医療刑務所に付設して,教育訓練を行なっている。訓練人員は,毎年二〇人で,期間は,二年間である。各刑務所から適当な者を選択し,八王子医療刑務所へ配置換えをして,研修に参加させている。