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 昭和42年版 犯罪白書 第一編/第五章/三 

三 収賄

 公務員犯罪の中でも,その職務に関して行なわれる犯罪は,公務員の職務の公正を直接侵害し,官公庁による施策の適正な運営を阻害するなど,多くの弊害をもたらすものであって,公務員の個人的な不品行とは同視できない重要な意味を持っていることは,いうまでもない。ことに,収賄は,公務員犯罪の中で,最も高い比率を占め,その撲滅が叫ばれて久しいにもかかわらず,最近,かえって増加する勢いを示していることは,寒心に堪えないところである。さきのI-72表によれば,収賄罪の新受人員は,昭和三七,八年には,五〜六〇〇人台であったものが,昭和三九年以後は,一,〇〇〇人前後の数字を示している。もとより,この種の事犯は,さきにも述べたとおり,収賄者,贈賄者の双方が罰せられ,他の多くの犯罪のように特定の被害者がないため,きわめて潜在性の強い犯罪であって,しかも,取締りは困難をきわめ,統計面に現われた数字は,いわば,氷山の一角に過ぎないものといっても過言ではなく,表面化した事犯を捕えて,直ちに一般的な動向を断ずることは早計かも知れないが,表面に現われた犯罪がふえたことは,いちおう,その背後に隠れたものもふえているとみることができるであろう。また,最近,検挙の対象となったこの種事件の傾向をみることは,贈収賄事犯が依然として続発する原因を知る一つの手がかりとなるであろう。
 最近の収賄事件の傾向を,その動機ないしは賄賂の使途からみると,生活費よりも遊興費に当てているものが多い。遊興の対象は,収賄者の年令によって異なるが,いずれにしても,薄給に原因する家計費の不足を補うためというよりも,自己の収入を考えないで,身分不相応な遊興をしたり,あるいは,遊興費とはいえないものの,身分不相応なぜいたく品の購入や,娘の結婚費用に当てたものもある。戦前,天皇の官吏といわれた時代の権威を失い,新しい職業倫理が十分身についたものとなっていない公務員が,最近の物質偏重,消費生活おう歌の風潮に押し流されて,若年者にあっては,はなやかな生活へのあこがれから浪費に走り,中年層にあっては,多くの公務員にとって,一定限度以上の昇進の道が実際上ほとんど閉ざされていることなどの事情から,将来の希望を失い,それぞれに,綱紀のゆるみをきたす原因をなしているものと思われる。このような空気は,一部少数の公務員の不心得というより,ある意味で,世相を反映しているものであるだけに,きわめて伝ぱしやすい性格をもっており,最近の事例の中には,職場ぐるみの収賄や,収賄の申し送りともいうべき例さえ見受けられるのである。
 つぎに,収賄者の地位からみた最近の傾向として,地方公共団体の首長や議会の議員による収賄事件の続発が注目される。ことに数的には,地方公共団体の議会の議員により犯されたものの増加が著しい。このような事例は,地方の急激な工業都市化に伴う工場用地の造成などに関連して発生をみたものが多いが,試みに,収賄事件の新規受理人員の中で,この種,地方議会議員による事件がどのような割合を占めているかをみたのが,I-75表であるが,昭和四〇年以降,激増して,全体の一〇%以上が,地方公共団体の議会の議員の犯行にかかるものとなっている。また,昭和三七年の数字に比較して,地方議会議員の新規受理人員は,わずか三,四年の間に,三ないし四倍に達し,それ以外の公務員による収賄の増加率が五割前後にとどまっているのと対照的である。

I-75表 収賄事件新規受理人員比較(昭和37〜41年)

 このような収賄事件の,検察庁における処理状況は,前掲のI-73表にあるとおりで,総数の五割近くが公訴の提起をみている。いうまでもなく,この種の事犯は,一般に物的証拠が乏しく,関係者の供述に依存せざるをえないことが多い。また,最近の傾向として,ひとたび検挙が行なわれると,執よう,かつ,徹底した証拠隠滅工作が行なわれる事例もまれではない。したがって,この種事犯について公訴を維持するに足りる証拠を収集することは,容易でない事情を考えると,収賄罪の起訴率は,相当に高いといってよいように思はれる。
 つぎに,公訴を提起された収賄事件が,裁判所でどのような刑に処せられているかをみたのが,I-76表である。量刑は,年を追って重くなる傾向が見受けられ,懲役刑に処せられた者の総数のうちに,一年以上の刑に処せられた者の占める割合は,昭和三六年に二〇%台であったのが,翌三七年は三〇%台に,そして,昭和四〇年には四二・一%に上昇しており,同様に,二年以上を比較してみると,昭和三六年が五・二%であるのに対して,昭和四〇年には,九・一%となるのである。一方,執行猶予率は,ほぼ一定して九割に近い高率を示し,刑法犯で懲役刑に処せられるものの執行猶予率の平均が五割弱であるのに対して,特色のある数字となっている。犯人は,社会的に大きな制裁を受け,また,その地位を失えば,再犯が不可能であるというこの種事犯の特殊な性格が,このような高い執行猶予率を招いたものと考えられる。

I-76表 収賄罪通常第一審科刑表(昭和36〜40年)

 いうまでもなく,贈収賄多発の原因は,多様であり,ひとり刑罰のみをもって,この種事犯の一掃を図ることは不可能であるとしても,近時の事犯は,ますます,悪質,巧妙化しつつあるともいわれており,厳正な取締りを遂げることの必要性は,いよいよ増大しつつあるということができよう。