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令和6年版 犯罪白書 第1編/第1章/第2節/コラム2

コラム2 新型コロナウイルス感染症と刑法犯認知件数の推移

新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受け、我が国においては、令和2年4月7日以降、合計3度にわたる新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言(以下このコラムにおいて「緊急事態宣言」という。)が発出され、また、3年4月5日以降、新型コロナウイルス感染症まん延防止等重点措置(以下このコラムにおいて「まん延防止等重点措置」という。)が全国41都道府県において実施され、移動を伴う行動の自粛を始めとする感染防止策が講じられた。その後、感染拡大状況等の変化に伴い、緊急事態宣言は3年9月30日までに、まん延防止等重点措置は4年3月21日までに、それぞれ全ての都道府県において終了した。

令和4年版犯罪白書では、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置による外出自粛要請により、在宅人口が増加した一方で駅や繁華街の人流(人々の移動に伴う動き)が減少し、その結果、犯罪のターゲットとなる留守宅や通行人等が減少したことが令和2年及び3年における窃盗を始めとする刑法犯認知件数の減少理由の一つと考えられることを指摘した。また、令和5年版犯罪白書では、行動制限の緩和等により、人の移動が活発化し、その結果、犯罪発生の機会が増加したことが4年における刑法犯認知件数の増加理由の一つと考えられるとした上で、同年の刑法犯認知件数が依然として2年の水準を下回っている状況であったため、刑法犯認知件数が増加に転じたとまでは言い切れないと指摘したところである。その後、5年5月8日以降、新型コロナウイルス感染症は、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成10年法律第114号。以下「感染症法」という。)上の「新型インフルエンザ等感染症」から「5類感染症」に移行され、法律に基づき行政が国民に対して様々な要請・関与をしていく仕組みは、個人の選択を尊重して国民の自主的な取組をベースとした対応に変わってきた。そこで、このコラムでは特に5年における刑法犯認知件数の月別の推移について、4年以前の動向と比較するなどして見ていくこととする。

いわゆるコロナ禍前の5年間(平成27年から令和元年まで)の動向との比較もできるよう、平成27年から令和5年までの刑法犯認知件数の総数の推移を月別に見ると、図4のとおりである。刑法犯認知件数は、戦後最少となった令和3年から2年連続して増加しており(1-1-1-1図参照)、月別では、5年の各月において、いずれも前年同月と比べて増加し、かつ、5年4月以降の各月において、いずれも2年の同月と比べても増加していた(2年同月比については、5年4月から上昇(15.0%)に転じ、5月には37.3%と大きく上昇し、6月以降は16~23%で推移した。)。一方、元年以前との比較においては、5年5月以降、一貫して元年同月の件数の9割を超え、特に10月は元年同月の件数を上回っており、年単位で見ると、元年の水準の94.0%まで近づいていた。

図4 刑法犯 認知件数の推移(月別)
図4 刑法犯 認知件数の推移(月別)

令和5年における刑法犯の認知件数を罪種別(窃盗、暴行、傷害等)に見ると、最も件数の多い窃盗のうち、乗り物盗は、各月において、前年同月と比べて増加しており、特に4月までは前年同月比でおおむね40~50%の増加であり、年単位で見ると、元年の水準の96.1%であった。非侵入窃盗も、各月において、前年同月と比べて増加し、年単位で見ると、元年の水準の90.2%であった。侵入窃盗も、各月において、前年同月と比べて増加しており、特に1月から7月及び10月は前年同月比でおおむね20~40%の増加であり、年単位で見ると、前年比で7,640件増加し、元年の水準の8割を下回るものの、2年の水準を超えていた。窃盗以外について見ると、暴行及び傷害も、各月において、前年同月と比べて増加しており、年単位で見ると、暴行は元年と同程度の水準であり、傷害は元年を上回った。強盗は、10月を除く各月において、前年同月と比べて増加し、年単位で見ると、元年の水準の90.1%であった。不同意性交等及び不同意わいせつは、前年同月と比べると、7月以降の各月において、大幅に増加しており、このうち不同意性交等は、7月以降の前年同月比でおおむね70~120%で推移し、年単位で見ると、元年の約2倍であった。また、不同意わいせつは、7月以降の前年同月比で30~60%の増加であり、年単位で見ると、元年の約1.2倍であった。詐欺は、各月において、前年同月と比べて増加し、7月までは前年同月比でおおむね30~40%の増加であり、年単位で見ると、5年は平成27年以降で最多となった。他方、殺人及び放火は、令和4年以前と比較しても、特徴的な増減は見られなかった(CD-ROM参照)。

以上のとおり、令和5年における月別の刑法犯認知件数は、各月において、前年同月と比べて増加しているところ、前記のとおり、新型コロナウイルス感染症が感染症法上の5類感染症に移行され、人の移動がより活発化したことがその増加理由の一つとして考えられる。認知件数を罪種別に見ても、例えば、乗り物盗及び侵入窃盗の大幅な増加や、暴行及び傷害の増加などは、人流が更に増加し、4年以上に人の移動が活発になり、犯罪発生の機会が増加したことが、その一因となったと言えそうである。なお、不同意性交等及び不同意わいせつの増加は、人流の更なる増加に加え、5年7月13日に施行された刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律(令和5年法律第66号)により、構成要件の一部が変更されたこと(第2編第1章1項(3)参照)や、政府として性犯罪の被害申告・相談をしやすい環境の整備を強力に推進してきたこと等の情勢の変化が、その一因となっているものと推認される。一方、刑法犯認知件数を年単位で見ると、5年は依然として新型コロナウイルス感染症の感染拡大が始まる前である元年の水準を下回っているものの、刑法犯認知件数は、元年の水準に一層近づいており、各地域における人流が新型コロナウイルス感染症の感染拡大前の水準まで戻りつつあることが示唆されたと言える。