前の項目   次の項目        目次   図表目次   年版選択
 昭和41年版 犯罪白書 第二編/第二章/一/4 

4 未決拘禁者および死刑確定者の処遇

(一) 未決拘禁者の処遇方針

 未決拘禁者(被告人および被疑者)は,受刑者と同じように,身柄を強制的に施設に収容されるが,それは,刑罰の執行を受けるためのものではない。捜査および裁判の必要上,犯罪の嫌疑のもとに,その被疑者または被告人が逃走したり,または,証拠のいん滅をするおそれのある場合にのみ,そのような事態の発生を予防するためにとられる強制処分である。したがって,裁判によって,有罪の判決が確定するまでは,無罪者であると推定されている。
 未決拘禁者は,とくに設けられた独立施設,すなわち拘置所または拘置支所に収容される。刑務所に収容される場合は,所内の特別の区画(拘置監という。)が用意されている。
 居房は,原則として独居房があてられる。これは,未決拘禁の目的である証拠のいん滅の防止をはかるほか本人の名誉の保全をはかるのに適しているからである。なお,居房には,畳を敷くことになっている。
 同一事件に関連のあるものは,居房を別にするほか,居房外においても,接触の機会がないように配慮される。これは,証拠いん滅の防止のために,とくにとられる措置で,受刑者には必要のないものである。
 未決拘禁者は,作業を強制されることがない。本人が願い出た場合にのみ,作業に従事する(請願作業という。)。請願作業は,刑務所で現に行なっている作業の業種の範囲内で,選択の自由が認められるが,未決拘禁の目的に適当した業種に限られ,一般工場作業や構外作業は許可されない。最も多いのは,紙細工である。請願作業による収入は,国庫に帰属し,就業者には,受刑者の場合と同じように,作業賞与金が与えられる。作業賞与金は,釈放のとき給与されるのがたてまえであるが,受刑者よりも緩和された制限のもとに,在所中でも,その使用が許されている。
 教かいに,原則として行なわないが,願い出のあった場合には許される。教育は,とくに施されない。文書・図画の閲読は,とくに規律に害のない限り制限されない。
 未決拘禁者の衣類,寝具は,受刑者と異なり,自弁が原則である。また,糧食の自弁が許されるほか,日常使用する物品についても,大幅に自弁が許されている。これらの点は,受刑者の場合とちがって,拘禁される前の生活程度を,拘置されたのちも,引続きできるだけ維持させ,個人の自由を認めようとする措置である。しかし,食糧の自弁については,規律や衛生に害のないかぎり許されるのであって,無制限ではない。また,自弁のできないものに対しては,もちろん,官から貸与または給与される。
 信書の発受は,受刑者の場合とちがって,その相手かた,回数などについて,全く制限されない。ただし,その内容は,検閲され,その効果として,未決拘禁の目的をそこなったり,施設の保安をおびやかすような内容であれば,その発受を禁止し,または,その一部を抹消,削除されることもある。
 面会も,受刑者の場合とちがって,相手かたおよび回数についての制限はない。とくに,弁護人との面会は,立会人をつけず,訴訟当事者としての防御権が保証されている。なお,裁判所が接見禁止の決定をしても,弁護人との面会は禁止されない。
 未決拘禁者の所有金品は,受刑者の場合と同じように領置されるが,物品の外部からの差入れについては,受刑者よりも,かなり範囲が広い。
 頭髪およびひげについては,受刑者と異なり,衛生上とくに理由がないかぎり,本人の意思に反して,頭髪を刈り,ひげを剃ることはできないものとされている。
 施設の規律を維持するため,規律違反者には懲罰が科される。しかし,受刑者の場合と異なり,減食(食事の量を減らす懲罰)は科されない。

(二) 未決拘禁者数および未決拘禁の期間

 未決拘禁者の最近五か年間の入出所の状況および一日平均在所人員は,II-71表のとおりで,逐年減少の傾向をたどっている。刑務所における受刑者と未決拘禁者との比は,前者一〇〇に対して,後者が一九の割合である。

II-71表 未決拘禁者の入出所人員(昭和35〜39年)

 つぎに,未決拘禁の期間を通常第一審終局被告人についてみると,起訴後第一審の終局裁判を受けるまでの勾留期間別人員は,昭和三八年の資料では,II-72表のとおりで,一月をこえ二月以内の者が最も多く,全員の三二・八%である。しかし,昭和三八年末現在で実際に勾留されている者の状況をみると,一五日以内が最も多く,以下,一月をこえ二月以内の者,一五日をこえ一月以内の者,三月をこえ六月以内の者の順となっている。

II-72表 通常第一審終局被告人の勾留日数別人員と率(昭和38年)

(三) 未決拘禁者処遇上の問題点

 未決拘禁者は,受刑者と異なった処遇を受ける地位を与えられているため,その権利と義務の面で,施設側が強制する保安と規律との間に問題が残されているばかりでなく,裁判あるいは将来に対する不安,身柄を拘束されている現状に対する不満,自己の犯罪またはその容疑についての感情の動揺などから,心身にいろいろの影響がもたらされる。
 この影響は,種々の面に現われるが,懲罰を受けるような反則行為もその一つである。II-73表は,昭和三九年に,受刑者以外の収容者で,懲罰を受けたものの事犯別内訳および所内の行為により起訴された事件の調査である。なお,受刑者以外の施設収容者は,未決拘禁者がほとんど大部分であるから,この表に計上された懲罰事犯は,ほとんど全部が未決拘禁者によるものと考えてもよいであろう。

II-73表 未決拘禁者等の懲罰事犯(昭和39年)

 懲罰事犯のうち,最も多いのは,たばこ所持(全数に対して,二二・七%),ついで,被収容者に対する暴行(一六・〇%),抗命(一〇・三%),物品不正授受(七・五%),器物の毀棄(七・一%)の順となっている。
 つぎに,これらに対する処置は,II-73表(2)に示すように,起訴された者が六一人いる。これらの行為別では,傷害が最も多く,五四・一%であり,ついで,逃走が二一・四%である。また,科せられた懲罰では,II-73表(3)のように,軽へい禁が最も多く,七六・〇%である。未決拘禁者としての特権である自弁衣類,寝具の着用や自弁食の停止をうけたものも少なくない。
 昭和三九年中に刑務所から逃走した者が三六人いたが,うち一四人は,未決拘禁者で,受刑者一一に対し未決拘禁者七の割合である。また,自殺は,一一人で,うち五人は,未決拘禁者である。さらに,自殺または自傷のため医師の診断治療を受けた人員は,一八九人で,三分の一以上の六八人は,未決拘禁者である。これらの人員は,一日平均在所人員の比率から考えると,未決拘禁者の方が,受刑者に比していずれもはるかに多いといえる。これらは,未決拘禁者の心情の動揺の一つの現れと考えられる。
 また,拘禁の影響は,心因反応としての拘禁反応を誘発し,心的症状のみならず,消化器系,循環器系などに身体的反応をもたらすことは,すでに知られているところで,II-74表に示すように,未決拘禁者では,受刑者より,消化器系のり病率が高い。これらのことは,国民一般の統計と比較すればことに明らかである。医療衛生の面からは,前述したような拘禁という急激な変化にともなう心身の影響のみならず,外部から伝染病をもちこむ危険性も少なくないため,入所時の身体検査,自弁または差し入れられる食糧,寝具,衣類などの衛生的配慮,出廷,面会などの場合の衛生上の処置など,万全を期さなければならない。しかし,最も重要な問題は,拘禁が拘禁されている者の心身に重大な影響を与えている事実を直視し,被収容者の当面する生活に対し,科学的に,適応性を与えるための配慮にもとづく,真に未決拘禁者にふさわしい処遇の体系化を図ることにあるといわなければならない。このような配慮が加えられることによって,懲罰事犯としてとりあげられるような問題行動の発現や拘禁性の心身の異常の発現を予防し,あるいは,発現しても,その発現のしかたをより軽度のものとすることができるであろう。

II-74表 被収容者主要傷病状況比較(昭和39年)

(四) 死刑確定者の処遇

 死刑の判決が確定した者は,死刑の執行が行なわれるまで,拘置所に拘禁され,特別の規定にもとづく処遇を除き,未決拘禁者に準じて処遇される。それは,死刑という極刑に直面する者に対する思いやりから,受刑者の場合よりもゆるやかな未決拘禁者の処遇規定を準用しているのである。しかし,死刑確定者は,もはや未決拘禁者ではなく,その拘禁の目標は,死刑の執行と,それに至るまでの身柄を確保することにある。そして,そのためには,可能なかぎり死刑に直面する人間の苦悩と恐怖とをとり除き,本人がしょく罪の観念に徹し,安心立命の境地に立って,死刑の執行をうけるように,また,社会一般に対しては,その者の拘禁についていささかの不安も与えることのないように,あらゆる努力をつくすことが要請されている。したがって,その心情の微妙な動きを的確には握し,適正な処置をとることと,死を迎えるための人生観の確立のための教育的措置を講ずることが必要とされるわけである。
 死刑確定者が,死刑の判決確定があってから執行を受けるまでの期間は,原則的には六か月以内とされている(第二編,第一章 二「2裁判の執行」七七頁参照)が,実際には,上訴権の回復,再審の請求,非常上告または恩赦の出願や申し出がなされ,その手続きが終了するまでの期間および共同被告人であった者に対する判決が確定するまでの期間は,前記の六か月以内という期間には算入されないことになっているなどの理由から,相当長い期間拘禁されているものがある。
 死刑確定者を収容している施設における昭和三九年の収容状況は,II-75表のとおりで,死刑の執行はなかった。また,九人の死刑が確定し,年末には,七〇人(うち女子二人)の死刑確定者が収容されていた。

II-75表 施設別死刑確定者新収容および執行人員(昭和39年)

 これらの施設においては,専任の職員を配置して,個別処遇を行なっているほか,篤志面接委員制度,宗教教かい師制度の活用に努めている。死刑確定者に対する教かいは,収容者に安心立命を得させるのにきわめて大切であり,これにあたる宗教家は,とくに熱心である。また,運動,文芸,美術などの指導を通じて,多大の効果をあげているが,すでに冒頭でも触れたように,法律上,未決拘禁者の処遇規定を準用するという規定しかないため,その処遇において不充分な点が少なくない。
 以上のような状況にかんがみ,死刑確定者の処遇については,その身柄の確保,社会不安の防止の見地から,その義務を明確化し,さらに,拘禁中に,死刑確定者が罪を自覚し,安静な精神状態のもとに死刑の執行をうけるに必要な処遇の方法を具体的に規定する法規の制定が望まれる。