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 昭和41年版 犯罪白書 第二編/第二章/一/2 

2 受刑者の処遇

(一) 受刑者処遇の基本原則

 受刑者の処遇は,単に,刑罰の執行にとどまるものでなく,その執行を通じて,受刑者の改善更生を実現するようなものでなければならない。その目標は,刑務所における収容を通じて,できるかぎり,社会適応化すなわち矯正を図ろうとするところにある。「改正刑法準備草案」(昭和三六年)も,「刑の適用の一般基準」として「刑の適用においては,犯人の年齢,性格,経歴及び環境,犯罪の動機,方法,結果及び社会的影響並びに犯罪後における犯人の態度を考慮し,犯罪の抑制及び犯人の改善更生に役立つことを目的としなければならない。」(草案四七条二項)と規定しているほか,「行刑上の処遇」として,「刑事施設における行刑は,法令の定めるところに従い,できるだけ受刑者の個性に応じて,その改善更生に役立つ処遇をするものとする。」(草案四六条の二)と明示している。
 法務省当局は,このような目的にそって,監獄法,同施行規則の運用を図り,行刑累進処遇令,受刑者分類調査要綱,受刑者職業訓練規則などの法令を設けてきた。しかし,受刑者処遇の基本となっている監獄法は,明治四一年の制定であり,新しい刑事政策の進展にそぐわないものがあるとして,昭和二二年当時の司法省に設けられた「監獄法改正調査委員会」の答申を基礎に,改正のための検討が進められたが,監獄法の規定の多くが,抽象的で弾力性に富んだ表現をもっており,かつ,具体的な事項を省令に委ねていることから時代の要請に即応できるし,また,新憲法の精神に抵触することなく運用することが可能であるため,さしあたっては,とくに改正の要がないものとして中断された。しかしながら,戦後,欧米諸国およびわが国における行刑思潮の進展と,日本国憲法の精神にてらして,現行監獄法令を,被収容者の人権の擁護および教化の徹底という二大観点から,現行刑法,刑事訴訟法の枠内で全面的に改正すべきではないかとの発想のもとに,昭和二八年から矯正局において,あらためて,改正準備に着手し,検討を重ねてきた。ところが,時あたかも,法制審議会においては,刑法の改正作業が進渉中であり,そこでは,刑に関する根本問題である死刑の存廃を始め,禁錮刑を存置するか否かなどについて種々意見が出ており(改正刑法準備草案には,第三二条以下に拘禁刑一本の別案が出されている。),これらの問題は,刑の執行法である監獄法の最も重要な事項でもあり,その審議の結果によっては,根本的な再検討の必要を生じる事項も多いわけである。そこで,監獄法の改正も,刑法の改正作業の推移をみて,これと歩調を合わせて作業を進めるべきであるということになり,矯正局では,新たな構想のもとに,監獄法改正の問題を検討している。

(二) 入所時の処遇

 新たに刑が確定し,刑務所に入所した受刑者に対しては,刑の言渡し,もしくは拘禁生活からくる精神的不安定の除去をはかり,刑務所における処遇の目的と実際とを理解させ,できるかぎり,受刑生活を有意義に送らせるよう措置する(入所時教育訓練)と同時に,矯正の目的を達成するために,個々の受刑者について,最も適切な処遇および訓練の方針を確立するために,分類調査が行なわれる。
 入所時教育訓練は,入所後おおむね一五日以内に,入所時分類調査と平行して行なわれている。この教育訓練においては,まずその目的と内容の説明からはじまり,受刑の意義,矯正および更生保護の目的と機能,刑務所の機構と処遇の概要,所内規則と日常生活上の心得などについて指導がなされる。また,その実施にあたっては,単に形式的に,収容生活に必要な知識を教えこんだり,入所時の心身の不安をとり除いたりするだけでなく,この課程を通じて,受刑者みずからが,改善しようとする機会を得るように方向づけるための,最善の努力がなされている。
 分類調査は,個々の受刑者について,科学的な診断を行ない,それぞれのもつ問題と資質との関係を明らかにし,その上に,もっとも有効適切な処遇計画をたてることをねらった一連の手続きとしてなされる。したがって,つぎのような過程における調査が含まれる。すなわち,最初に,医学,精神医学,心理学,社会学,教育学などの知識をできるだけ活用して正確な診断を行ない(鑑別),つぎには,その者に最も適した処遇施設を指定し(施設分類),それぞれの施設内で処遇を配分し(細分類),処遇の実施にもとづいて当初の処遇方針を検討し(再分類),最後に,社会生活への橋渡し(釈放前教育分類)がなされる。
 調査資料としては,犯罪の内容・経過,生活史(家族歴,生育歴,病歴,非行・犯罪歴,職歴,交友歴など),心身の特質(知能,性格,学力,適性,健康,趣味,娯楽など),家庭状況,近隣関係および所属集団などの資料,本人の日常を監督する任にある職員が本人を観察して知り得た資料,また,少年院・刑務所などの施設収容の経験のあるものについては,とくにその記録が用意される。
 入所時に行なう分類調査は,まず,このような資料を収集し,つぎに,それらを総合して,個々の受刑者について,その個性をは握し,改善の難易,すなわち,矯正教育の全般的な見通しをたてるとともに,その条件として,事故,反則の予測,教育訓練の内容,方法,対人関係の調整,保護上の必要な処置,作業あるいは職業訓練の種目とその指導方法,医療保健上注意すべき点等を鑑別し,もって,受刑者個人に適確かつ具体的な処遇方針をたてた後,当該受刑者に適当な処遇刑務所が指定されることになっている。
 しかしながら,入所時教育訓練を徹底し,分類調査を十分に行ない,矯正に役だてるためには,一五日という期間は,短かすぎる。そこで,当局では,昭和二三年以来検討をすすめてきた結果,同三二年に東京管内にある中野刑務所に分類センターを設け,同管内の一定範囲内の新入男子受刑者を,六〇日間収容し,まず第一次判定期間を一五日間とし,訓練観察期間を三五日間,総合判定期間を一〇日間として,新入受刑者の分類調査と入所時教育訓練の徹底を図った(なお,中野刑務所分類センターにおいて,どのような手続きで,分類調査とオリエンテーションの徹底がはかられているかについては,昭和三九年版,犯罪白書一七〇頁以下参照)。その結果が良好であることにかんがみて,昭和三八年以来,同センターに準ずる分類センターを,八王子,大阪,名古屋,広島,福岡,宮城,札幌,高松の各刑務所に設けるべく,合計三一名の専門職員をそれぞれ配置し終っている。
 また,中野刑務所においては,昭和三九年一月以降,東京管内における刑期六か月以上の禁錮受刑者を集禁して,精密な分類調査を行ない,開放的処遇に適する者を鑑別して,禁錮集禁施設として指定されている習志野作業場(千葉刑務所所管)に移送している。

(三) 分類処遇

 受刑者は,分類調査の結果にもとづいて,それぞれ適切なグループ(分類級という。)に編入され,ついでその分類級に対応するそれぞれ別個の刑務所,または同一刑務所内の区画された設備に収容され,そこで矯正のための処遇を受けるのである。これは,同質の受刑者を一つのグループにまとめることによって,共通の処遇条件を確立し,その上に立って処遇を行なうことは,個別処遇を効率的に実現することのほか,処遇設備を集約的に整備できる利点があるからである。
 現在とられている分類級は,国籍別,性別,年令別(成人と少年の別),刑名別(懲役,禁錮の別),刑期別(長期,短期の別)および心身の障害の有無による区分のほか,全般を通じて,「所定の刑期を通じての矯正の可能性の見通し」によって,一一級となっており,その分類級別符号およびその内容は,つぎのとおりである。
A 性格がおおむね正常で,改善容易と思われるもの
B 性格がおおむね準正常で,改善の比較的困難と思われるもの
G A級のうち,おおむね二五歳未満のもの
E G級のうち,おおむね二三歳未満で,とくに少年に準じて,処遇する必要のあるもの
以下の各級も,それぞれA(GまたはE)あるいはBに細分類する。
C 刑期の長いもの(おおむね実刑期七年以上,ただし,東京管内一〇年以上,福岡,仙台管内八年以上,札幌管内五年以上。なお,実刑期とは,法定および裁定の未決通算を差し引いた実際に刑務所に拘禁される予定期間をいう。)
D 少年法の適用をうけるもの
H 精神病(Hz),精神病質(Hy),精神薄弱(Hx)なとで,その障害のため医療の対象となるもの
K 身体の疾患(Kx),身体の故障(Ky)または老衰,虚弱(Kz)などにより,療養または養護を要するもの
J 女子
M 外国人
N 禁錮
 これらの各分類級別受刑者は,それぞれ別の刑務所に収容され,処遇されることがたてまえであるが,地域の特殊性,各級別受刑者の数,収容者の帰住地への距離および分類収容のための経費等の問題で,全国的には,一施設一級別とはなっていない。現在の分類級別施設は,II-51表のとおりで,全施設の二二%がまだ二つ以上の分類級別受刑者を収容している。

II-51表 分類級別刑務所数(昭和41年1月25日現在)

 昭和四〇年一二月二〇日現在における受刑者分類級別人員と率は,II-52表に示すとおりで,総数五一,四七七人(昭和三九年より一・〇%増)のうち,B級受刑者が二六,三五八人(五一・二%)と過半数を占め,つぎに多いものがA級受刑者で,八,三六七人(一六・二%),それについで,G級受刑者一一・四%,C級受刑者七・六%,H級受刑者二・八%,K級受刑者二・四%,J級受刑者二・四%,E級受刑者二・三%,D級受刑者二・〇%,N級受刑者一・六%,M級受刑者〇・一%の順となっている。

II-52表 受刑者分類級別人員と率(昭和40年12月20日現在)

 分類制度は,その分類級によって,それぞれ適切な内容の処遇を施すことを目的としている。たとえば,改善容易なものを収容しているA級やG級の刑務所では,職業訓練を中心とした処遇体系がとられ(総合職業訓練施設に指定されている中野および山口刑務所は,G級およびA級刑務所である。),医療刑務所では,医療的な処遇が行なわれている。ちなみに,八王子医療刑務所では,精神薄弱受刑者,精神病受刑者のほか結核り患の受刑者を収容して,肺葉切除等の外科的治療を積極的に行ない,良好の成績をおさめている。また,独立施設ではないが,岡崎医療刑務支所は,主として精神薄弱,菊地医療刑務支所は,身体疾患のうち,らい受刑者を収容して,処遇の特殊化を前進させつつある。また最近,業務上過失致死傷による禁錮受刑者の増加にかんがみ,東京管内では習志野作業場,大阪管内では加古川刑務所,名古屋管内では豊橋刑務支所,広島および福岡管内では佐賀少年刑務所,仙台管内では山形刑務所に,それぞれN級受刑者を分隔収容し,法規および人命を尊重する態度のかん養をねらった生活指導と厳格な生活訓練に重点をおく処遇を施して効果をあげている。なお,千葉刑務所所管の習志野作業場では,前に述べたように,中野刑務所において精密な分類調査の結果,開放処遇に適すると判定された禁錮受刑者を収容して,開放的処遇を行ない,良好な成績をあげている。

(四) 累進処遇

 累進処遇とは,受刑者の自発的な改善への努力を責任の加重と処遇の緩和とを通じて促進し,その度合に応じて,最下級(四級)から最上級(一級)へと,段階的に累進させる受刑者の処遇方法である。わが国の刑務所では,すでに早くから,各種の累進処遇をこころみていたが,全国的に統一された累進処遇が実施されるようになったのは,行刑累進処遇令が施行された昭和九年一月一日以降のことであのる。
 行刑累進処遇令は,その第一条において目的を規定しているのであるが,そこで「受刑者ノ改悛」といい,「其ノ発奮努力」というのは,受刑者が自己の責任を認めると同時に,自発的な向上の意思によって自己形成を行なうよう奨励する意味で,その基本は,受刑者の倫理意識に訴えようとしていることである。本令によれば,新入の懲役受刑者を一五日以内独居拘禁に付し,その間に,身上調査が行なわれる。調査の結果,累進処遇令の適用から除外されるものは,現在では,刑期六月未満の者,六五歳以上で立業に堪えない者,妊産婦および不具廃疾その他心身の障害により作業に適しない者である。累進処遇令の適用者は,まず,四級に編入され,行刑成績の向上とともに,順次,上級に進級を許されるのが原則であるが,とくに成績の良好の場合は,跳躍進級も許されることになっている。
 つぎに,本令には,累進階級に応じた処遇差が設けられている。たとえば,四級,三級の受刑者には,原則として雑居制がとられ,二級以上のものでないと,夜間独居が許されない。居室の施錠,捜検,検身が免除され,いわゆる無戒護で就業できるのは,一級にかぎられる。作業の指導補助に当ることができ,転業や自己のためにする労作が許されるのも,二級になってからである。また,自己用途物品の許可範囲は,階級によってかなりの差があるほか,接見(面会),通信の回数も,上級にゆくほどふやされる。つぎに,接見,通信の範囲も,三級以上になってはじめて,親族でない者に対しても許されるようになる。
 このような累進処遇制度は,第一次大戦から第二次大戦にかけて,世界的に,受刑者の処遇にとり入れられた画期的のものであったが,第二次大戦後における社会思潮や法律制度の変革,ことに,人間の資質に関する鑑別および集団管理の技術の進歩に伴って生み出された分類制度の発達に,本制度に対して,重大な反省をもたらした。とくに,わが国では,仮釈放制度の運用が更生保護委員会の手にゆだねられ,階級の累進と仮釈放とがますます結びつかなくなったこと,累進は,刑期の長い者には有利で,短期の者には全く向かないこと,さらに,人権尊重の立場から受刑者の処遇の基準が一般に向上し,階級間の特権の幅が狭くなり,処遇差をつけることが困難になったこと等から,その機能を万全に発揮できなくなった。ちなみに,昭和三九年に釈放された三四,六六二人について,釈放時の累進処遇階級別人員をみると,II-53表のとおりで,仮釈放と階級とは,あまり関係がなく,矯正の効果と処遇の緩和とを平行させ,社会復帰を有効に実現しようとした当初のねらいは,失なわれかけているといえよう。なお,昭和四〇年一二月末現在の累進処遇令の適用状況を示すと,II-54表のとおりで,適用者は九〇・九%であるが,一級者は,わずかにその三・八%にすぎない。

II-53表 出所受刑者の累進処遇階級別人員(昭和39年)

II-54表 累進処遇の適用状況(昭和39年12月31日現在)

(五) 教育活動

 受刑者に対する教育活動は,入所時および出所時教育,教科指導,通信教育,生活指導,宗教教かい,篤志面接委員による助言指導,職業指導,体育およびレクリエーション指導などの形で行なわれている。これらの教育活動にあたって,視聴覚教育の方法が広く活用されている。
 わが国の受刑者の処遇は,受刑者の大多数が懲役受刑者であり,しかも,懲役受刑者には,作業の賦課が法律上義務づけられているため,おのずと処遇の中心が作業におかれ,教育活動は,作業の時間外に行なわざるを得ない実状である。
 さて,受刑者の教育程度は,最近向上し,前に見たよらに(II-46表九九頁),昭和三九年の新受刑者三二,七五七人の学歴をみると,不就学は,一・五%で,義務教育未修了者は,二五・二%である。この割合は,昭和三五年に比べて,一四・一%も減少している。しかし,なお,新受刑者の四分の一は,義務教育未修了者であり,義務教育修了者の中にも,形式的な修了者が少なくないと考えられるので,三〇%以上の受刑者に,基礎的な教科教育を施すことが必要である。このため,刑務所では,余暇時間に,国語,数学等の初歩的課程の補習教育を行なっている。
 通信教育は,昭和二五年に採用され,当初は,少年刑務所と女子の刑務所において,試行されたが,昭和二八年から,全国的に実施されるようになった。また,昭和三五年には,大学課程の受講が許されるようになった。
 通信教育受講は,学習期間と残刑期との関係,本人の学力および行状等を考慮して決定される。昭和三九年四月から四〇年三月までの間に,通信教育受講が決定した受刑者の数は,公費生二,〇二二人,私費生一,九七六人で,受講者の数は,逐年増加の傾向にある。なお,公費生とは,受講料を国費でまかなうものをいう。II-55表は,上記の期間における受講種目別に,受講者および受講終了者数を示したものである。

II-55表 通信教育受講状況(刑務所)(昭和39会計年度)

 受刑者の更生への精神的支柱を与えるには,まず宗教教育を通じて行なうことが適切であると考えられ,戦前には,国家の職員であった教かい師によって,全受刑者に対して,宗教教かいが行なわれていた。しかし,戦後,日本国憲法に,国家および国家機関による宗教教育を全面的に禁止したため,その後は,すべて,民間の宗教家により,受刑者のうち,希望者に対してのみ行なわれることになった。なお,新受刑者の宗教に対する関心についてみると,II-56表のとおりで,最近五年間に,無信仰者の割合が,急激に増加している。すなわち,昭和三五年に三八・六%であったものが,昭和三九年には,五七・〇%と二〇%近い増加を示している。

II-56表 新受刑者の信教別人員と率(昭和35〜39年)

 つぎに,篤志面接委員制度は,昭和二八年に発足したもので,受刑者の種々の個人的な悩み,家庭問題や将来の生活設計などで,矯正施設の職員には相談しにくい問題について,民間の学識経験者の助言指導を求めて,その解決をはかろうとするもので,昭和三九年には,一,〇一九人の篇志面接委員が委嘱されている。その担当部門では,宗教関係(二四三人),更生保護(二一五人),文芸(一二二人),社会福祉(一一三人),教育(九八人),商工(八二人),法曹(七五人)等である。また,面接実施回数は,一〇,三九三回で,その内容としては,精神的はんもんに関するものが二二・五%で圧倒的に多い。
 受刑者が,出所後の社会生活で,円滑な集団生活のできるのに必要な対人関係の調整について,社会的訓練をあたえるため,生活指導を行なうことに努めている。職員が日常与える躾訓練が,矯正教育の一つの重要な仕事であることは論をまたないが,平日の夜間または休日に行なわれる各種のクラブ活動を通じて,情操教育による円満な人間形成を目標に,職員ばかりでなく,民間の学識経験者の協力をえて,指導の効果をあげている。
 また,刑務所における体育は,雨天のほか毎日三〇分以上,戸外運動をさせるという規定にしたがって実施されているほか,受刑者の健康の増進をはかり,作業能率をあげるために,作業時間中に,毎日午前午後の適当な時間をさいて,一回三分以内で実施できる業間体操を制定し,実施している。
 レクリエーションとしては,スポーツ,映画,演芸,音楽,囲碁,将棋,読書などが実施されている。このうち,読書については,法務省矯正局に「収容者用図書審査会」を設け,図書の選定と図書室の運営の改善を図っている。昭和三九年末の図書の保有数は,三八五,三九八冊で,受刑者の読書欲をみたすには少なすぎる現状である。そこで,時事解説紙「人」(旬刊),青年受刑者向け教養誌「港」(季刊)を発行して全刑務所に配布している。また,各刑務所では,編集,印刷に受刑者が参加して,収容者向けの部内誌を発行するよう指導している。
 このような出版物とともに,放送を通じての教育にも重点がおかれている。すなわち,放送視聴を単なる娯楽に終始させないため,たとえば収容者による放送委員会を設け,アンケートを徴集するなどして番組編成に当らせるほか,自主的な教養番組を自所で作成するなどの試みが,各所において積極的に行なわれている。そのほか法務省矯正局の企画により,日本短波放送において教養録音教材が毎月十本製作され,各矯正管区を通じて全国に巡回されている。また,テレビについても,夜間や休日あるいは一・二級者の集会等,できるだけ機会をとらえて,収容者の生活の支えとなるものを観賞させるようにしている。
 視聴覚を通じて行なう教化活動の一環として,映画観賞も毎月行なわれるが,一昨年より,NHK厚生文化事業団の協力を得て,同事業団の保有する十六ミリ映画フィルム・ライブラリーの利用がはかられており,録音教材と同様に全国に巡回されている。
 II-57表は,刑務所における教育行事の状況を示したものである。

II-57表 教育行事実施状況(刑務所)(昭和39年)

(六) 刑務作業および職業訓練

 刑務作業とは,刑務所において,収容者の労務によって営なまれる作業をいう。刑法上定役に服すべき懲役受刑者の作業が,そのおもなものである。つぎに,これに準じて施行される労役場留置者の強制作業があるほか,法律上作業を強制されない禁錮受刑者,拘留受刑者,死刑確定者および未決拘禁者の請願による作業がある。
 昭和四〇年一二月末現在における刑務作業の就業状況は,II-58表に示すように,懲役受刑者は,八九・九%,禁錮受刑者九一・九%,労役場留置者は,七七・二%が,それぞれ刑務作業に就業している。懲役受刑者の中に不就業者のいるのは,分類調査,疾病,懲罰の執行などの理由によるものである。

II-58表 刑務作業の就業人員と就業率(昭和40年12月31日現在)

 刑務作業の狙いとするところは,就業人員の大部分を占める懲役受刑者の刑の内容である定役の執行,つまり,作業の確保と,就業の強制にあると同時に,それを通じて,受刑者に正しい勤労を習慣づけ,職業的な訓練を与え,必要な技能を身につけさせることによって,受刑者の社会復帰を容易にしようとするものである。また,国家経済のうえからも,国民の負担をできるだけ軽減するため,組織された一種の企業として,高い収益をあげることでもあると考えられている。かように,今日の刑務作業は,これら三つの目的を達しようとして,生産的,有用的な作業の充実を目ざしている。
 しかし,受刑者は,新受刑者の入所前職業調査(九六頁参照)にあるように,無職者が四〇%近くもあるうえ,有職者でもその技能程度が高くない者が多いので,刑務作業の運営には,大きな困難がある。
 現在,受刑者への作業賦課は,受刑者の分類級別に従って,A級に対しては,職業訓練を重点的に課し,なるべく短期間の習得によって資格または免許のとれる種目を準備し,B級に対しては,作業を通じて労働に興味を覚え,職業的技能を身につけることができるようにとの基本方針のもとに行なわれている。
 刑務作業の業態は,つぎの五種に分けることができる。
(イ) 物品製作 作業の実施に必要な費用,物品等のすべてを国が負担して行なう作業(ロ) 加工修繕 作業に必要な費用は,国と契約者の双方が負担し,機械器具は,国と契約者のいずれかが負担し,材料その他の物品は,契約者が大部分を提供し,国は補助的に一部分を負担して行なう作業(ハ) 労務提供 作業の実施に必要ないっさいの費用,物品等をすべて契約者が負担して行なう作業(ニ) 経理 炊事,清掃,看護など刑務所の自営に必要な用務を行なう作業(ホ) 営繕 刑務所自体のために行なう直営工事あるいは補修工事などに必要な用務を行なう作業
 これらのうち,経理および営繕を除いたものの昭和三九年における年間就業人員は,II-59表のように,延べ一一,一三四,四九八人で,三八年に比して,五六〇,三五八人の減であるが,これは,収容人員の減少によるものである。作業の内訳は,労務提供が最も多く,五三・七%である。前年に比し一・一%の増加で,逐年増加の傾向にある。つぎに,物品製作は,二五・一%で,就業人員の割合は,前年に引続き,わずかながら増加している。加工修繕は,二一・二%で前年に比し減少している。

II-59表 刑務作業支出額,収入額,調定額および業態別生産額ならびに就業延べ人員(昭和38,39年)

 つぎに,業種別の就業人員についてみると,最も多いのは,金属であり,就業総人員の一七・八%で,前年に就業人員の最も多かった紙細工(封筒,紙器などの製作でいわゆる低格作業が多い。)をわずかに上回っている。以下,就業人員の順に業種を列挙すると,紙細工一七・八%,洋裁一一・二%,木工九・九%,印刷六・七%,革工五・二%である。
 昭和三九年における年間生産額は,II-59表に示すとおりで,四六億九千万円を超え,前年より約四億一千万円の増加である。業態別には,物品製作が最も多く,二六億一千万円で,全体の五五・六%を占めている。ついで,労務提供が一三億余円(二七・八%),加工修繕が七億七千万余円(一六・六%)である。
 業種別に年間生産額をみると,木工が九・九億円で,全生産額の二三・〇%を占め,金属は,八・五億円(一九・七%)で,前年に比して,一・一億円増加している。ついで,印刷六・三億円(一四・二%),洋裁三・九億円(九・一%),革工三・三億円(七・七%)の順となり,紙細工は,二・二億余円(五・二%)で最も低い。このように,最も就業人員が多いにもかかわらず,生産額の低い紙細工は,懲役に定役が課せられること,収容者に技能者の少ないこと等からくる宿命的なものであって,打開の途を探し求めてはいるが,早急な解決は困難な問題である。
 刑務所において,受刑者に作業を課するときは,その者の刑期,健康,技能,職業,将来の生計なども考慮することに定められている。受刑者が出所後社会に定着するための一つの手段として,職業訓練が有効であることは,論をまたない。このため,受刑者職業訓練規則を設けて,適格者には,できるだけ,職業訓練を実施している。II-60表は,昭和三九年および同四〇年における職業訓練の実施人員で,受刑者の総人員に比べると少ない数ではあるが,年を追って増加している。これらの職業訓練を終了した者には,技能検定への道も開かれており,自動車整備士,理容師,美容師,ボイラー技士などの資格試験を受験する者が多い。昭和三九年には,三,〇三一人がこれらの資格試験を受け,そのうち一,九八三人がその資格を取得している。なお,成人刑務所では,中野および山口刑務所が総合職業訓練施設に指定されていることは,前に述べたとおりであるが,これらの施設では,職業訓練終了者に対して,労働省職業訓練局長から履修証明書を受領して,交付している。II-61表は,昭和三七,三八,三九年における訓練種目別の履修証明書受領数を示したものである。

II-60表 職業訓練種目別人員(昭和39,40年)

II-61表 労働省職業訓練局長履修証明書受領数(昭和37〜39会計年度)

 つぎに,受刑者に社会適応性を与える方法の一つとして,通役(外部の作業場へ毎日通うこと。)あるいは泊まり込みによる構外作業場を設けて,準開放処遇を行なっている。作業の内容は,森林開発,電源開発,治山治水工事などで,ほとんど公共事業的な性格のものであるが,造船,機械といった工業もある。昭和三九年における,この就業延人員は,二八二,一八一人で,全就業延人員の一・九%であり,年間作業収入は,一・三億円で,人員,収入ともに前年より減少している。なお,参考までに,昭和四〇年一一月末現在の構外作業人員を示すと,一,七七七人で,農業,牧畜(総数の四六%),土工(二八%),造林(六%),造船(六%)である。
 刑務作業に従事した者に対しては,作業賞与金が支払われる。これは,作業賃金ではなく,就役に対する恩恵的なもので,作業の種類,就業条件,作業成績,行状などを考慮して,一定の基準のもとに計算し,作業賞与金計算高として,毎月収容者に告知されることになっている。昭和三九年における,この計算高の一人平均月額は,四四九・七七円で,前年の三八六・六一円に比して,一六%上昇している。この賞与金は,収容者が釈放のとき給与される。昭和三九年において,釈放者に給与された賞与金の額を表示すると,II-62表のとおりで,五,〇〇〇円から一〇,〇〇〇円の間の賞与金の者が最も多く,全員の二一・一%,つぎが三,〇〇〇円から五,〇〇〇円で,一九・一%である。昭和三八年に比すれば,ある程度の増加はあるが,釈放後の社会での再出発に対して充分な額とはいえないであろう。

II-62表 出所受刑者の作業賞与金給与額別人員(昭和38,39年)

 懲役受刑者は,定役としての刑務作業のほかに,受刑者自身のため,自己の収支によって行なういわゆる「自己労作」の時間をもつことが許されることがある。すなわち,累進処遇二級以上の受刑者に対しては,作業時間以外に,一日二時間以内自己労作をすることが許され,これによって生じた収益は,受刑者の収入となる。一種の内職的作業である。昭和四〇年二月中の現況を例示すると,数か所の刑務所において,月間七〇五人の受刑者が,自己労作を実施しており,平均して八三六円の収益をあげている。
 おわりに,刑務作業の総収入四三・三億余円は,収容者の収容に直接要する費用(収容費)の総額三一・六億円の一三七%であるが,作業に要する費用(作業費)に比すれば二三九%で,二倍半近くの収益をあげている。

(七) 給養

 昭和三九年における刑務所の収容諸費(収容者を収容するために直接要する費用)は,一人一日平均一三七・六円で,昭和三五年の一〇六・三円に比べて約三〇%の増額になっている。収容諸費のうち約五〇%にあたる六八・六円が食糧費である。刑務所における主食は,原則として,米四,麦六の割合で,性別,年令,従事する作業の強度などによって,一等食(一日三,〇〇〇カロリー),二等食(二,七〇〇カロリー),三等食(二,四〇〇カロリー),四等食(二,〇〇〇カロリー)および五等食(一,八〇〇カロリー)の五等級にわけられて給与される。副食費は,昭和四〇年度においては,成人受刑者一人一日あたり二九円四九銭(少年受刑者については,三三円七二銭)で,前年度より一円五九銭(少年受刑者については一円八二銭)の増額であるが,生活保護の五六円一七銭,養護施設の八九円五六銭に比べても,はるかに低いため,必要な栄養の補給に苦しい努力が払われている。そのほか,調理方法,温食給与の方法にも,種々の苦心がなされている。なお,結核患者には特別の副食費,結核以外の患者や妊婦には,医師の意見にもとづいて,特別の栄養食品,延長作業や特別の構外作業に従事したものには加給食,外国人には特別の外国人給食が考慮されている。
 受刑者には,一定の衣服と寝具などが貸与されている。衣服や寝具などの種類,材料,色調などは,受刑者,被告人等でそれぞれ違った様式が定められている。昭和三九年における衣料費は,収容者一人一日平均七・一円であるから,年間一人約二,五九〇円である。なお,被服,寝具の制式改正および寒冷地における被服,寝具対策のための科学的調査研究は,すでに早くから行なわれていたが,昭和三八年以降において,保温のためばかりでなく,外観をも考慮して,毛製品や化学繊維等の導入が試行的に行なわれている。これらの試行の成果をまって,やがて,被服,寝具の制式が改正されるであろう。

(八) 医療および衛生

 昭和三九年におけるり病者(医療を受けて二日以上休養したもの,または,休養しながら医療を受けて三日以上治ゆするに至らなかったもの)の数は,II-63表のとおり,四八,三一八人で,その内訳は,前年から繰越したもの五,三〇七人および本年度新たにり病したもの四三,〇一一人(全体の八九・〇%)となっている。最近五年間のり病率(入所後発病者の数を一日平均収容人員で除した数×一〇〇)は,昭和三五年の五三・九,三六年の五一・六,三七年の六二・四,三八年の五六・六に対して,三九年は,五七・七とわずかに高い。

II-63表 り病者の発病区分および転帰事由(昭和35〜39年)

 つぎに,昭和三九年のり病者を,その転帰事由別に,百分比によって示すと,治ゆ七三・六%,死亡〇・二%,未治出所一三・三%,後遺一二・八%となっている。
 さらに,受刑者のり病について,主な傷病別にみると,消化器系の疾患が最も多く,二八・四%,ついで,神経系感覚器の疾患一一・八%,呼吸器系の疾患一〇・八%,伝染病寄生虫病九・四%,循環器系の疾患九・一%,皮膚,疎性結合組織の疾患六・五%,不慮の事故,中毒等八・九%,精神病,精神神経症,人格異常五・〇%の順となっている(II-74表一三三頁参照)。
 刑務所における衛生管理上,最も注意を要するものは,伝染病の発生である。このため,全国四四か所の刑務所に防疫センターを設け,地区所在の施設(刑務所,少年院および少年鑑別所等)の防疫の中心となり,検便,消化器伝染病病原体の培養検出,水質検査,その他防疫業務の指導援助につとめている。ちなみに,昭和三九年における伝染病患者は,疑似,真性とあわせて,赤痢は,七七件,二三〇人であり,前年の二九四人に比すれば良好である。なお,腸チブスは,三九年は,一人も発生をみなかった。
 最近,一般社会においては,性病の増加が注意されているが,刑務所においても,この検出に努めると同時にり病者については,徹底的な治療にあたっている。
 最後に,収容者が在所中に,文身の除去を願いでることがしばしばある。出所後更生のためのよき要因となるこの種の願い出に対しては,積極的に手術を行ない,良好の結果をえている。