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令和2年版 犯罪白書 第7編/第5章/第3節/コラム3

コラム3 保護観察終了後の薬物依存からの回復を見据えた薬物再乱用防止プログラムの実施

このコラムでは保護観察所の現場における薬物再乱用防止プログラム(以下このコラムにおいて「プログラム」という。)の実践例として,宇都宮保護観察所での取組を紹介する。

宇都宮保護観察所では,平成30年度に薬物処遇ユニット(以下このコラムにおいて「ユニット」という。本項(1)ア参照)が設置され,ユニットの保護観察官と,栃木ダルク(ダルクについては,本章第4節5項参照)の職員や薬物依存治療の専門家が協働してプログラムを実施している。コアプログラムの最終課程を個別面接で実施する以外は,コアプログラム及びステップアッププログラム(以下このコラムにおいて「各プログラム」という。)共に,原則として,男女別にグループワークで実施している。近年,プログラムを受講する保護観察対象者(以下このコラムにおいて「対象者」という。)が増加しているが(全国の状況については,7-5-3-6図参照),新型コロナウイルス感染症の拡大防止への対策を講ずる以前の時期でも1グループ当たりの人数は10人程度で実施していた。各プログラムの実施前に簡易薬物検出検査を実施しており,各プログラム共に実施時間は,同検査の時間も含めて約2時間である。受講する対象者のお互いのプライバシーを守ることなどを,各プログラムのグループでのルールとして設定し,実施している。また,保護観察は,保護観察官と保護司の協働体制で実施しているところ(第2編第5章第3節参照),保護司は対象者のプログラムへの参加を促す役割等を担っている。さらに,薬物依存のある対象者の中には,精神科の診察が必要になる者も存在することから,医療機関との連携も重要であり,そのため,薬物依存に理解があり,精神科医療において栃木県内で中核的な役割を果たす医療機関とのつながりを持つよう心掛けている。

宇都宮保護観察所でユニットの統括保護観察官を担当した経験を有する者(以下このコラムにおいて「元担当者」という。)は,プログラムの実施に当たり,対象者ができるだけ自分を肯定できるようになることを大切にしてきたという。元担当者によると,ステップアッププログラムでは,グループのメンバーが比較的固定されてくるため,グループの凝集性が高まり,実施者と対象者の間及び対象者相互に信頼関係が構築されていき,断薬のために支え合う雰囲気も生まれてくるという。対象者の中には「毎月グループを楽しみにしている。」と話す者もいたという。また,就労や断薬を継続していることを対象者がグループで話すこともある。就労や断薬を継続することに不安を感じている対象者にとっては,実際に就労や断薬を継続している対象者が身近な目標となり,薬物依存からの回復への希望を持つことにつながり,その一方,就労や断薬の継続状況を話した対象者にとっては,自尊感情が高まることになると感じているという。元担当者は,「対象者のみならず,保護観察官にとってもダルクの職員が薬物依存から回復しているモデルになっており,薬物依存から回復できることへの確かな信頼や希望をもつことができる。」と考えている。プログラムは,特別遵守事項で義務付けられ,受講しない場合には不良措置(第2編第5章第3節3項(2)参照)が執られる場合があるものであるが,再び依存性薬物を乱用しないようにするための具体的な方法を習得させることなどができるほか,断薬のために支え合うことや自尊感情が高まることなどのようにグループワークによるプログラム自体が断薬のための対処策になり得ること,対象者・保護観察官双方にとってグループワークによるプログラムが薬物依存からの回復を信じられる場・信じてもらえる場となり,薬物依存からの回復への動機付けを高め得ることなどがうかがえる。

しかし,保護観察期間が終了すると,当然のことながら,対象者がプログラムに参加することはなくなる。元担当者は,「保護観察期間は,薬物依存からの回復に必要な地域の支援につなげるための橋渡し期間である。」と考えている。プログラムの内容やプログラムでの人間関係等を通じて,人とつながることや支援につながることの良さを体感し,動機付けが高まった対象者の中には,栃木ダルクの職員に相談したり,栃木ダルクに入所したりする対象者もいるという。また,対象者を地域における支援団体の一つであるNA(本章第4節6項参照)につなげるために,ステップアッププログラムの中で,NAに参加している栃木ダルク職員等の協力を得て,NAで行われているミーティングを模擬的に実施するようになったところ,これをきっかけにNAにつながり,保護観察終了後も継続してつながっている対象者もいると聞いていたという。

薬物依存からの回復に資する医療・保健機関及び民間支援団体(以下このコラムにおいて「民間支援団体等」という。)の存在を知っていても,さまざまな理由からこれらの機関・団体による治療・支援につながったことがない者が存在する(本編第6章第2節3項(9)参照)。「薬物依存のある刑務所出所者等の支援に関する地域連携ガイドライン」(本節参照)では,「関係機関及び民間支援団体が,相互に有効かつ緊密に連携し,その責任,機能又は役割に応じた支援を効果的に実施する」とされている。保護観察は,一定期間社会内で受けることを義務付けられたものであるので,薬物依存から回復することや民間支援団体等につながることへの動機付けが必ずしも高くない者に対しても,保護観察期間中,義務的にプログラムを受講させ,その中で,医療・保健機関を含む関係機関及び民間支援団体と連携して働き掛けを行ったりすることで,同期間中の断薬のみならず,薬物依存から回復することや民間支援団体等による治療・支援につながることへの動機付けを高めさせることが期待できる。そして,それにとどまらず,保護観察終了後を見据え,民間支援団体等による治療・支援に継続的につながることを後押しする役割をも果たすことが期待できる。このことを上記の宇都宮保護観察所の取組は示唆している。

令和2年6月,宇都宮保護観察所においては,新型コロナウイルス感染症の拡大によって一時延期していたグループワークによるプログラムを,1グループの規模を小さくし,換気や身体的距離を確保するなどの工夫をして再開することができたところである。宇都宮保護観察所のユニットの統括保護観察官は「対象者の中には,プログラムの一時延期中に,「プログラムはまだやらないんですか。」と述べ,プログラムを楽しみにしている者もいる。新型コロナウイルス感染症の拡大防止への対策をしつつも,対象者の薬物依存からの回復に資するため,可能な限りグループワークによるプログラムを実施し,対象者同士が顔を見て,生活の様子をお互い話すことができる場を確保したい。」と述べる。新型コロナウイルス感染症の拡大防止への対策という新たな課題にも向き合いながら,宇都宮保護観察所においては,対象者が薬物依存からの回復をしていけるよう,プログラムの実践に取り組んでいく。