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令和元年版 犯罪白書 第3編/第1章/第5節/コラム12

コラム12 いつでも帰ってくることのできる港のように~更生保護施設ウィズ広島,平成の歩み~

旅客船の形をした建物の更生保護施設「ウィズ広島」は,広島市の中心部にほど近い住宅街にある。近くの広島港に注ぐ元安川に面しており,ここからの「船出」をイメージしたものという。そう語るのは,更生保護法人「ウィズ広島」の山田勘一理事長。まだ保護会「博光寮」であった平成5年から,ウィズ広島で,刑務所から出て帰るところのない人々を受け入れ,その自立を見守ってきた。当時の保護会は,刑務所の延長のような雰囲気があった。山田理事長は「呼び方を変えないと職員の意識も変わらない。」と,入所者を利用者と呼ぶことにした。山田理事長がまず力を入れたのは,中間処遇であった(本節3項(2)ウ参照)。長期間受刑し出所した利用者が,スムーズに社会復帰できるよう,地域社会に戻る前に,1か月間,更生保護施設でその準備期間を過ごす。出所してできるだけ早いうちに,利用者が望む慰謝慰霊の措置を実現させたいと奔走して,専属教誨ボランティアと出会い,今日まで続く供養会が始まった。

平成8年に更生保護事業法が施行となり(第1編第2章第4節2項(2)参照),更生保護事業の運営主体は更生保護法人となった。保護会も更生保護施設と呼ばれるようになった。このとき施設の名称も「ウィズ広島」とした。利用者と一緒の歩幅で歩んでいこう,との考えからだった。この年,以前から必要だと考えていた利用者の心のケアのために,カウンセリングを導入し,定着させた。さらに,先駆的な更生保護施設がSST(生活技能訓練)を取り入れたと知り,自ら東京まで出向いて勉強し,SSTを導入した。次に取り入れたのが,雑誌等の写真や絵を切り抜いて1枚の台紙に貼り付けて自分を表現するコラージュ作成会だった。「処遇まっしぐらに来た。」と山田理事長は当時を振り返る。全国の多くの更生保護施設が,SSTや酒害・薬害教育等の処遇プログラムを取り入れ,処遇に力を入れるようになったのは,12年に保護局と全国更生保護法人連盟から示された「更生保護施設の処遇機能充実化のための基本計画―21世紀の新しい更生保護施設を目指すトータルプラン」と,更生保護施設が処遇施設として明確に位置付けられるようになった,14年の更生保護事業法の改正(同項(3)及び本項(2)参照)がきっかけだったが,ウィズ広島では一足早く,様々な処遇プログラムを取り入れていた。

平成21年度,国は,帰るべき場所のない高齢・障害のある刑務所出所者等の福祉的支援を開始した(本章第4節3項(5)及び本節2項(2)参照)。更生保護施設は,これらの人々を受け入れて,福祉施設等につなぐ役割を期待された。ウィズ広島でも,国から指定を受けて,福祉職員を配置し,施設もバリアフリー化して,特別処遇を導入した。この流れについて,山田理事長は,個々の身体的な特性に注目した個別的処遇であり,科学の発達がもたらした新しい支援の在り方で,明るい展望が開けたように思った,と振り返る。これが大きな転換点になったのではないか,と。

特別処遇を導入してから,ウィズ広島には,高齢者が増えた。今では3分の1弱の利用者が65歳以上の高齢者だという。これらの人々は,社会に出ても,仕事に就くわけでなく,地域の中で日中居場所がなくわびしい思いをしている。単身生活を送っている人々は社会と接点がなくなってしまう。「更生保護施設は,いつでも帰ってくることのできる港のような,安心できる場所になろう。」山田理事長はそう考えるようになり,2年前から,利用者,自立生活を送る退所者のために,月1回「ウィズカフェ」を開いている。

ウィズカフェを支えているのは,地域のボランティアである。年末の餅つき交流会には,遠く九州,大阪等からも退所した人々が30人くらい毎年楽しみに集まってくる。この餅つきを支えているのもボランティアの人々だ。交代で食事作りと夕食交流会をしてくれているのは地元の更生保護女性会の人たち。当初,調理職員は,外部の人々が入ってくることに反対した。だが,外部の人々を受け入れることによってメニューも食材も進歩した。以来,開かれた施設を目指してきたという。20年以上前のことである。施設は,地域の支えを受けるだけでなく,お世話になっている地域への貢献と利用者の出番を作るため,月1回,地域清掃活動をしている。これにはほとんどの利用者が喜んで参加している。認められることの嬉しさだ。また,昨年度は地元公共団体と強いつながりのある保護司会,更生保護女性会に,別館女性居室棟増築の資金要請のため行政との橋渡し役で力になってもらった。そのことを心嬉しく思っている。

利用者はウィズ広島をどう見ているのだろうか。入所して数か月というある利用者は「職員の方が全員,いつでも親身になって話を聞いてくれるので,今は信頼しきっている。」と語った。久しぶりに来た退所者が決まって言うことは「ウィズの食事は良かった。」ということらしい。調理員が「家族に作るつもりで」作っているという食事は利用者のお腹も心も満たしている。

平成29年,国が開始したフォローアップ事業(本項(2)参照)をウィズ広島はいち早く導入した。更生保護施設から退所後,地域から孤立したままだと再犯リスクも高くならないか。万引きを繰り返していたある女性は,退所後4~5年たった頃になって「ようやく事件を起こす夢を見なくなった。」と語ったという。国のフォローアップ事業は,今のところ保護観察や更生緊急保護の間しか認められていない。山田理事長は,更生保護施設を中心にソーシャルインクルージョンを実現するには,フォローアップ事業は5年は必要であると考えている。最も支援を必要とする人々を間近で見続けてきた理事長の願いは強い。

ウィズカフェの様子(写真提供:更生保護法人ウィズ広島)
ウィズカフェの様子
(写真提供:更生保護法人ウィズ広島)