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令和元年版 犯罪白書 第3編/第1章/第5節/コラム11

コラム11 保護司による地域づくり

「人と人が支え合う地域づくりのための活動」。長野県保護司会連合会会長 小林聖仁保護司は,保護司活動のことをそう呼ぶ。保護司として委嘱を受けたのは,昭和54年。それから40年が経ち,平成も過ぎ去った。現在は,関東地方保護司連盟会長のほか,全国保護司連盟副理事長も務めている。父親は僧侶で,幼い頃,食事時になると近くの河川敷に住む多くの子どもたちが寺に集まってきた。両親が,煮炊きをして子どもたちに食べさせていたのを見て「地域の人々,困っている人々のために働くのが僧侶の役目」と考えるようになったという。その後,長野県岡谷市で住職となり,保護司の話を持ちかけられた際は抵抗なく受け入れた。保護司になった頃は,少年非行が昭和期における第三の波を迎えつつあった。非行少年たちがグループを作っていたが,一人になるとグループでは見せなかった顔を見せた。家庭の温かさを知らない子が多く,寂しいのだな,と感じたという。最初のうちは約束してもなかなか来なかったが,温かく迎え,おやつを食べさせたりしているうちに,約束もしていないのに寺に顔を出すようになった。保護観察が終わって何十年経っても,いまだにやってくる者もいるという。保護観察が終わっても,元保護観察対象者にとっては,保護司との間に築かれた信頼関係がその後の生活の励みになっているのだろう。それが彼らの更生を支えている。保護司は地域の中で,そのような役割を果たしてきた。

平成に入りしばらくすると,仕事がない保護観察対象者が目につくようになった。彼らの中には再び窃盗をする者もあり,犯罪を繰り返させないためには仕事が大事,と顔見知りに頼んで協力雇用主になってもらい,更に地域内で幾つかの会社を組織化した。そのことを近隣地域にも話したところ,次々に協力雇用主会ができ,それらを合わせて長野県更生保護協力雇用主会連合会を発足させた。岡谷地区保護司会長だった平成14年9月のことだ。組織化すると市町村がこちらを向いてくれるようになったと感じた。かつて保護司は,保護観察対象者の秘密保持のために隠れて仕事をするもの,保護司は街へ出て行くものではない,と先輩保護司から教えられ,当時,多くの保護司が,保護観察対象者に対する家庭訪問は夜に行うなど目立たないように活動していた。しかし保護観察対象者が就職し,真面目な生活を送るようになれば,地域の一員として地域の力になるはずであり,それは,被害者を生まないことにもつながる。保護司の活動は,自分たちの住む町にとっても大事な活動と言えるのではないか。そう考え,あらゆる場で保護司活動の意義を伝えるようになった。先立つ11年4月に,保護司法の一部改正が施行され(第1編第2章第4節3項及び本項(1)参照),それまで任意団体だった保護司会がようやく法に明記され,地方公共団体は,保護司,保護司会の活動に対して必要な協力をすることができる,という規定ができたことも一歩前進につながった,と考えている。

平成17年,「更生保護のあり方を考える有識者会議」が法務大臣の下に設置され,更生保護の在り方が見直された(本節1項コラム9参照)。官が民に過度に依存している,と指摘され,更生保護改革がスタートした。民の体制の強化のためにと20年度から始まったことの一つが更生保護サポートセンターの設置である(本項(1)参照)。岡谷地区保護司会では21年に設置された。その後全国に広がり,令和元年度には全国全ての保護区に設置されることになった。更生保護サポートセンターは自宅以外の面接場所の確保,という目的で始まった施策だが,それに加えて,更生保護関係者の拠点として役に立っており,今後は,更生保護関係者だけでなく幅広い関係機関・団体の人々や地域の一般の人々も出入りできるようにすれば,更に生かせるのではないか,と考えている。その理念を実現させた一つの例が,岡谷市の隣,諏訪地区保護司会の更生保護サポートセンターの実践だ。そこでは,平成29年から,保護観察が終了した人や,犯罪・非行をした人たちのことで悩んでいる家族のための相談窓口が置かれている。このように,更生保護活動は,地域に住む全ての人の活動でもあるべきだ,と考えている。

「社会を明るくする運動」(本項(6)参照)への期待も大きい。毎年全国各地で,皆一生懸命,多種多彩な活動を繰り広げており素晴らしい,中でも更生保護女性会の活躍が大きい,と評価している。その成果もあり,更生保護の認知度は確かに上がった。だが更生保護の重要性に対する国民の認識はまだまだだと思っている。

平成28年末,再犯防止推進法が成立し,再犯防止が地方公共団体の責務とされ,更生保護への協力がより推進されることとなった(第1編第2章第6節4項及び第5編第1章参照)。やっとここまできたか,との感慨がある。同法において,地方公共団体は地方再犯防止推進計画を定めるよう努めることとされている。同計画策定には保護観察所が大きく関わっているが,ここでも地域のことをよく分かっている保護司が橋渡しをしなければ,と動いてきた。

小林保護司が目指す「人と人が支え合う地域」は,どんな人も受け入れ,人を生かし合う地域づくりでもある。人と人がつながり,孤立している人を生まないような地域づくり。それが保護司の使命だ,と。小林保護司が語る地域愛と使命感は尽きない。

保護司活動の歩みと展望について語る小林 聖仁保護司
保護司活動の歩みと展望について
語る小林 聖仁保護司