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 平成12年版 犯罪白書 第6編/第5章/第1節/2 

2 量刑ガイドラインと企業犯罪

 経済活動の相当部分は企業の活動として展開されており,経済犯罪についても,企業が,加害者又は被害者として,これに関係することが少なくない。連邦では,「1984年総合犯罪規制法」(Comprehensive Crime Control Act of1984)の2章において,「1984年量刑改革法」(Sentencing Reform Act of1984)を制定し,個人と組織体との間で罰金刑の上限額に格差を設け,例えば重罪(felony)に関しては,個々の罰条において別段の規定がない限り,個人に対する罰金刑の上限額は25万ドルであるのに対し,組織体に対する罰金刑の上限額は50万ドルとされるなど,企業に対して高額の罰金刑を科すことが一般的に可能になった。なお,犯人が犯罪によって財産上の利益を得,又は他人に財産上の損害を与えた場合においては,原則として,その利益又は損害の額の2倍までの罰金刑を科すことが認められている。
 さらに,「1984年量刑改革法」により,量刑ガイドライン(Sentencing Guideline)の作成権限を有する量刑委員会(Sentencing Commission)が設置された。量刑委員会は,司法部(judicial branch)に属する独立委員会であり,1987年には個人に対する量刑ガイドラインを,1991年には組織体に対する量刑ガイドラインを作成した。連邦裁判所は,量刑ガイドラインの適用対象となる刑事事件においては,特段の加重又は減軽事由がない限り,量刑ガイドライン所定の範囲内で量刑をしなければならない。
 いずれのガイドラインも,量刑範囲を決定するについて,まず,犯罪類型ごとに犯罪の基本等級(base offense level)を数値として定めており,これも犯罪類型ごとに定められた数値項目である犯情(specific offense characteristics)等の要素により,この等級を修正する。個人の場合は,さらに,すべての犯罪に共通する情状要素として数値化された被害者関連事項(victim-related adjustments),犯行における役割(role in the offense),捜査・訴追の過程を含む司法作用への妨害(obstruction)及び責任の認容(acceptance of responsibility)等の要素により修正して,最終的な犯罪の等級を決する。この犯罪の等級と,被告人の犯歴(criminal history)等の要素から算出される犯歴ポイントとの相関による量刑表(sentencing table)から,拘禁刑の量刑範囲のランクが定められる。このうち,上限を12月とするランクまでに該当する場合には,A級又はB級に分類され重罪を犯した場合等を除き,被告人を実刑に処さず,保護観察(Probation)に付することが可能である。また,裁判所は,原則としてすべての事件において,被告人に対し,罰金刑を科すとともに,被害者が特定される場合には,損害賠償(restitution)を命じなければならない。罰金刑についても,犯罪の等級に応じて,最高で「2万5,000ドル〜25万ドル」のランクまで,量刑範囲のランクが設定されている。
 一方,組織体の場合は,基本等級を,犯情等の要素により修正して,犯罪の等級を決し,当該等級によって,罰金表(offense level fine table)から特定の金額が決せられる。この金額も最低5,000ドルから最高7,250万ドルまでにランク化されているが,この金額と,犯罪によって組織体が得た財産上の利益額,あるいは組織体が故意に生ぜしめた財産上の損害額のうち,最高額が基礎罰金額(base fine)とされる。一方,犯罪行為への関与又は認容(involvement in or tolerance of criminal activity),違反歴(prior history),秩序の侵害(violation of an order)及び司法作用の妨害の各加重要素並びに違法行為の抑止及び探知のためのプログラムの存在(program to prevent and detect violations of law)及び犯罪の自己申告・捜査への協力・責任の認容(self-reporting, cooperation and acceptance of responsibility)の各減軽要素から算出される可罰性指標(culpability score)により,基礎罰金額に乗じるべき倍数のランクが決せられ,こうして計算される金額の範囲内で罰金刑が言い渡される。なお,主として犯罪を目的として又は犯罪を手段として運営されている組織体については,以上の方式によらず,法定刑の範囲内において,その組織体からすべての純資産をはく奪するに足りる額の罰金刑を言い渡さなければならないものとされている。罰金刑のほかに,被害者が特定される場合には,原則として,損害賠償を命じるべきものとされていることは,個人の場合と同様である。
 VI-34表は,1995年から1997年(会計年度)までの3年間における賄賂罪,税法違反及び独占禁止法違反(取引を制限するカルテルの契約行為等に限る。)に関する連邦地方裁判所の罰金刑等の科刑状況を個人と組織体とについて比較して見たものである。

VI-34表 連邦地方裁判所における経済犯罪に対する罰金等の科刑状況

 なお,量刑ガイドラインは,個人の場合も組織体の場合も,所定の量刑範囲外の量刑(departure)を一定限度で認めており,他の者に対する捜査・訴追に実質的な協力をした(substantial assistance to authorities)として検察官の側から申立てがあった場合には,量刑範囲を下回る量刑が可能であることを明示している(この場合には,法定刑の下限を下回る量刑も可能である。)。その他に量刑範囲を下回る量刑をすることができる理由として,個人の場合は,犯罪発覚前における捜査機関への自発的申告等の事由が,組織体の場合は,犯罪による利得を大幅に上回る賠償の実行や約束等の事由が例示されている。
 1998会計年度において,量刑ガイドライン所定の量刑範囲内で量刑がなされた件数は,量刑ガイドラインの適用対象事件の66.3%である。適用対象事件のうち,19.3%については,捜査・訴追への実質的な協力を理由として,13.6%については,その他の理由により,それぞれ量刑範囲を下回る量刑がなされている。捜査・訴追への実質的な協力以外の具体的な減軽理由としては,退去強制(deportation)が最も多く,訴訟における答弁に関する合意の成立がこれに続いている。一方,量刑範囲を上回る量刑がなされたのは,適用対象事件の0.8%である(量刑委員会の資料による。)。
 また,「1984年量刑改革法」では,企業に対して保護観察を言い渡すことが可能であることが明文化された(罰金刑と保護観察とは併科が可能である。)。組織体に対する量刑ガイドラインにおいては,損害賠償等の支払を確保するために必要である場合,罰金刑等の支払能力を監視するために必要である場合,50名以上の従業者を有する組織体が,量刑の時点までに,違法行為の抑止及び探知のためのプログラムを有するに至っていない場合等には,組織体に対して,保護観察の言渡しをしなければならないものとされている。組織体に対する保護観察の期間は,重罪については1年以上5年以下,その他については5年以下とされている。保護観察においては,再犯に及ばないことや損害賠償等を履行することなどを遵守事項として命じるべきものとされているほか,犯罪及び処罰の内容並びに再発防止のための手段について公表すること,違法行為の抑止及び探知のためのプログラムを作成・提出すること,当該プログラムの内容について株主や従業者に知らせること,当該プログラムの実施状況等について裁判所に報告することなどをも,遵守事項として命じ得るものとされている。これらの遵守事項に違反した場合には,裁判所は,保護観察期間の延長,遵守事項の厳格化,保護観察の取消し及び再度の量刑の実施のいずれかの措置を採り得るとされている。
 この違法行為の抑止及び探知のためのプログラムとは,一般に,コンプライアンス・プログラム(Compliance program)と呼ばれるものであり,前記のとおり,組織体に対する量刑ガイドラインにおいては,コンプライアンス・プログラムの存在が,罰金刑の量刑を減軽させる要素とされている。
 法令を遵守するための企業の自主的な取組については,アメリカでは,1960年代初頭ころから,独占禁止法違反により公訴提起された企業が,コンプライアンス・プログラムの存在を,無罪又は刑の減軽を求める根拠として主張するようになり,さらに1970年代に入ると,証券取引法令を中心として,企業に対してコンプライアンス・プログラムの作成が義務づけられるようになり,次第に,その存在が法的にも明確に位置づけられていった。
 組織体に対する量刑ガイドラインの適用対象となる事件について,コンプライアンス・プログラムの存在が一律に量刑上の考慮の対象になるとされていることは,企業に対して,コンプライアンス・プログラムの作成等を促す効果を有している。コンプライアンス・プログラムの内容としては,[1]従業者等が従うべき基準及び手続であって,犯罪行為が行われる可能性を減少させると合理的に想定されるものを作成するべきこと,[2]組織体の上級構成員の中の特定の者が,当該基準及び手続の遵守状況を監督する包括的な責任を有するべきこと,[3]不法な活動に従事する傾向を有するものであることを組織体が認識し,又は認識し得る者に対して,実質的な裁量権限を付与しないよう注意するべきこと,[4]講習プログラムへの参加を命じたり,実用的な解説書を配布したりするなどして,当該基準及び手続について,従業者等の全員に周知する手段を講ずるべきこと,[5]従業者等による犯罪行為を探知するためのモニター制度を利用したり,他の従業者等による違法行為について,報復を受けるおそれを生じることなく通報できる制度を設けたりするなどして,当該基準及び手続が遵守されるような合理的手だてを講ずるべきこと,[6]犯罪について責任を負うべき個人に対してはもとより,必要に応じて,犯罪を探知できなかった個人に対しても,相応の懲戒制度の運用を通じて,当該基準について一貫した執行を行うべきこと,[7]犯罪が探知された場合においては,プログラムに必要な修正を加えることを含めて,その犯罪に十全に対応するとともに,同種事犯の再発を防止するためのあらゆる手だてを講じるべきこと,が最低限の要請とされており,このようなコンプライアンス・プログラムが,組織体の規模,事業内容の性質に由来する犯罪発生の可能性,組織体の従前の違反歴等の要素に即して運用されなければならないものとされている。
 このようなコンプライアンス・プログラムが存在する場合であっても,組織体の上級構成員やコンプライアンス・プログラムの管理又は執行に責任を負うべき者等が犯行に関与したり,認容したり,これを意識的に知ろうとしなかったりした場合には,罰金刑の減軽は認められない。犯罪行為の存在を認識しながら,組織体が,相当な期間内にこれを政府機関に通報しなかった場合も同様である。
 なお,司法省反トラスト局は,独占禁止法違反の運用に関して,1993年に,企業融和政策(Corporate Leniency Policy)を改定し,これを実施した。これは,実際上,独占禁止法違反の事実について自己申告した企業に対して,刑事訴追をしないことによって免責(immunity)を与えるものである。捜査開始前に自己申告が行われた場合において,[1]申告の時点において,申告の対象となる違法行為について,反トラスト局が他の情報源から情報を得ていなかったこと,[2]不正を誠実かつ完全に報告し,捜査の全期間を通じて,反トラスト局に対して,完全かつ継続的な協力をすること,[3]他の当事者に対して違法行為への参加を強制し,あるいは違法行為の指導者又は発案者であったと明確に認められるものではないこと,[4]申告の対象となる違法行為を発見後,その違法行為への自らの関与を終結させるために,迅速かつ効果的に対応したこと,[5]不正の申告が,個々の役職員からの申告としてではなく,真に企業の行為として行われること,[6]可能な限り,被害者への損害賠償を行うこと,の六つの要件を満たせば,自動的に免責が与えられ,その場合には,その企業が申告した独占禁止法違反の活動に関与したすべての役職員も,自らの不正を誠実かつ完全に認め,捜査の全期間を通じて,反トラスト局に継続的な協力をすれば,同様の免責が与えられる。その他に,一定の要件を満たせば免責が与えられる場合もある。