前の項目   次の項目        目次   図表目次   年版選択
 昭和38年版 犯罪白書 第四編/第一章/一/2 

2 麻薬犯罪の問題点

 麻薬犯罪の問題点の第一は,その害悪の及ぼす影響がきわめて大であり,放置すれば,ますます伝ぱ,ないしは拡大する性質をもっているということである。
 麻薬が,その使用を誤った場合,個人の人格を崩壊させるばかりでなく,家族解体の契機となり,地域社会を不安におとしいれ,多くの人々を悲惨な境遇に追いやることは,ここにあらためて述べるまでもないであろう。このような,個人,家族,社会に及ぼすところの害悪の影響は,はかり知れぬものがあると考えられ,しかも麻薬の持つ退廃的な魅力は,もしこれを放置した場合は,さらに多くの人々を転落の道へひきずりこむだけの力を持っており,ひいては民族の重大問題にまで発展するおそれも,多分にあると考えられるのである。
 極言すれば,麻薬犯罪はたとえ一件たりといえども,生起する事を許してはならない性質を持っているのである。
 第二の問題点は,最近麻薬犯罪が増加の傾向にあるばかりでなく,多くの暗数がなお存在しているということである。
 警察庁の統計によれば,最近六年間における麻薬犯罪検挙人員は,さきに掲げたI-3表のとおりであって,多少の起伏はあるにせよ,増加の傾向にあり,昭和三二年の指数を一〇〇とした場合,昭和三七年には二一三と,麻薬犯罪検挙の最高記録を示すにいたっている。
 さらに,麻薬犯罪はきわめて暗数の多い罪種の一つであり,取締りの強化に伴って,これら表面にあらわれる数は,なお増大する可能性も十分にあるとみられる。すなわち,現行麻薬取締法は,不正手段による麻薬の譲受け,所持,自己施用などを禁止しているのであるから,これらの行為を常習としている,いわゆる麻薬中毒者の大部分は,潜在的な麻薬犯罪者といわざるを得ない。このような麻薬中毒者は,後にも述べるように,数万を数えると推定されており,さらに,麻薬し癖ないしは常用の者までを加えると,その数はいっそう膨大なものにのぼると考えられる。
 さらにまた,麻薬の密輸および密売は国際的な規模において,あるいは強固な反社会的組織とのつながりにおいて,きわめて巧妙に行なわれており,その抜本的な取締りが,一挙には行なわれえない現況にあるために,この面でもかなりの数の潜在的犯罪者が存在するものと考えられる。
 問題点の第三は,麻薬犯罪が,ぼくと,テキヤ,ぐれん隊などのいわゆる反社会的暴力集団の一部と密接な関係を持ち,その重要な資金獲得の手段となっているということである。
 これら暴力的集団が,麻薬犯罪に介入してきたのは,さほど古いことではないが,暴力事犯に対する取締りにより資金源が苦しくなってきたこと,その反社会的な強固な組織が,そのまま麻薬密売の組織に置き換えやすいこと,従来,みずから小売密売までを行なっていた外国人が,検挙の危険から身を守るために,暴力団に密売段階の仕事を任せるにいたったこと,などの諸般の事情によって,麻薬密売に対する暴力団の介入は,最近とみに顕著となってきており,密売段階のほとんどが,これら暴力団関係者によって占められるにいたっている。
 昭和三七年に,その構成員が麻薬犯罪に関与して検挙された暴力団の数は一四〇団体で,昭和三五年の一〇〇団体,三六年の一一四団体に比し,ますます増大している。また,三七年においては,総検挙人員中に占める暴力団関係者の比率は二三二%,九二九人で,これは前年の二九・七%,六八二人に対して,明らかに増加している。
 問題点の第四は,麻薬犯罪は国際的な信用を失墜させるばかりでなく,それによって,ばくだいな金額が国外に流出していると考えられることである。
 麻薬犯罪の取締りは,国際的な規模において行なわれており,わが国も一九一二年の国際あへん条約以来,いくつかの国際条約に加入し,麻薬事犯および中毒者の現況は,国際連合を通じて広く加入各国に通報されており,後にも述べるように,麻薬撲滅に対する国際的な協力は,ますます緊密になってきている。このような国際的な情勢のもとに,わが国が依然として「麻薬中毒者の天国」であることが許されないのはもちろんである。
 国際的な信用の問題と関連して,いま一つ憂うべき点は麻薬の密輸入に伴ってばくだいな対価が外国人の手中に帰しているとみられることである。もちろん,正確な実態をつかむことはできないが,かりに四万と推定される麻薬中毒者がひとり一日三包ずつ使用した場合を考えてみると,暴力団の手を通じて外国人の手中に帰する純益が,いわにばく大なものであるかが想像できよう。
 また,一部の事犯においては,このような不正取引の対価として輸出商品が充当されているとみられる節もあり,国際通貨安定上からいっても,きわめて憂うべき事態を招くおそれも皆無ではない。
 問題点の第五は,麻薬事犯はその性質上,国際的犯罪であり,組織性,隠密性,広域性,機動性を持っているため,その取締りに著しい困難を伴うということである。
 かれらの情報網は,往々にして取締りの力に先行し,あらゆる対抗手段を講じて取締りの間げきをねらっている。とくに末端の犠牲において,密輸密売組織の上層者は検挙の手をのがれ,執ように不当な利益をむさぼっている現状である。かれらに対する取締りは最近強化されつつあるとはいえ,捜査技術や,捜査官の量と質などの点になおいっそう改善を要するものが残されている。
 問題点の最後は,麻薬犯罪者の処遇,とくに中毒者の根本的な治療が,きわめて困難であるということである。
 麻薬犯罪者は刑務所に入所しても,犯罪意識が非常に乏しく,勤労意欲にも欠けており,漫然と惰性で日常生活を送る習性がついているため,真に内面から悔悟し更生しようとする意欲がみられないのが普通である。かれらが刑期を終えて出所する際,待ちうけているのは,密売組織の手先としての勧誘であり,旧友からの麻薬への誘いである。性格的にも環境的にも,かならずしも十分に改善されないかれらが,容易に再び入所前のコースに逆もどりすることは明らかである。このようにして,大部分の者は麻薬と刑務所の間を往来しているのが現状である。
 かれらのゆがめられた性格を矯正し,麻薬のきずなを絶ち切らせ,必要な社会的訓練を施して,真に更生せしめるためには,なおさまざまなあい路が存在し,問題の解決をはばんでいることも,指摘しておかなければならないであろう。