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刑の執行猶予制度は,明治三八年にはじめて採用されて以来,数次の改正を経て,その適用範囲がしだいに拡大され,いまや裁判の実際では,注目すべき大幅な運用をみている。
刑の執行猶予は,自由刑,とくに短期自由刑の弊害を回避するために考慮された制度といわれているが,わが国の裁判の実際では,短期自由刑の回避というよりも,むしろ刑の執行を猶予することによって,その感銘力に訴え,本人の改善更生を促すという点に重点が置かれているように思われる。 また,現行刑法においては,三年以下の懲役または禁錮に執行猶予を付することができるのみでなく,五万円以下の罰金刑にも,これをつけることができることになっている。刑の執行猶予は,犯罪者をして社会から隔離せず,通常の社会生活を営ませつつ,猶予期間を無事経過させることによって,本人の改善更生をはかることにあるから,その期間,保護観察に付し,保護観察官または保護司の指導監督,補導援護にゆだね,本人の改善と再犯防止に万全を期することが望ましい。しかし,保護観察に付することは,ある意味では本人にとっては,歓迎されない自由の規制ともいえるので,刑法はこれを裁判所の裁量的措置にまかせることとし,再度の執行猶予を言い渡す場合にかぎって,必要的に保護観察をつけなければならないこととしている。 執行猶予が戦前に比し,戦後において大幅に適用されていることは,過去三か年の犯罪白書において指摘した(犯罪白書・昭和三七年版・二〇〇ページ,同三六年版・七八ページ,同三五年版・一七四ページ)とおりで,戦前の昭和二-七年においては,第一審で有期の懲役禁錮を言い渡された者のうち,執行猶予のついたものは,一七%前後であったが,戦後においてはこの比率が約三倍に増加している。戦後において,このような高率をみたのは,刑法の改正により,その適用範囲が拡大されたことも影響しているが,この拡大された部分を除いて戦前と比較しても,戦後の比率はきわめて高いといいうる。すなわち,昭和二二年の改正で,従来「二年以下ノ懲役又ハ禁錮」を言い渡すときにかぎられていたものが,「三年以下ノ懲役若クハ禁錮」にまで拡大され,また,昭和二八年の改正で「一年以下ノ懲役又ハ禁錮」を言い渡す場合にかぎり,再度の執行猶予をつけることができるようになったので,この拡大部分を除き,戦前と同じ条件のもとで比較してもII-42表のとおり,昭和三六年は四八・四%の執行猶予率で,戦前よりはるかに高率である。戦後,わが国の量刑は,戦前に比して一般に緩和されたといわれているが,この傾向は執行猶予の適用において,特に顕著にあらわれているといえよう。 II-42表 「執行猶予の適用拡大部分」を除いた執行猶予人員と率(昭和34〜36年) 次に,刑の執行猶予の確定裁判を受けた者の数を,該当法条別に区分し,昭和三二年以降の推移を示すと,II-43表のとおりである。執行猶予の総数は昭和三二年,三三年と減少し,その後三四年,三五年と増加し,三六年には再び減少しているが,その年の懲役,禁錮の確定裁判を受けた人員との対比,すなわち執行猶予率は逐年増加し,II-27表と同43表を対照することによってもわかるとおり,昭和三五年は五二・〇%,昭和三六年は五三・三%に達している。II-43表 刑の執行猶予者該当法条別人員の推移(昭和32〜36年) 該当法条別にみると,刑法二五条一項一号の,前に禁錮以上の刑に処せられたことのない者に対する執行猶予が,大部分を占めており,昭和三六年では執行猶予総数の九二・六%となっている。そのうち裁別所の裁量によって保護観察等に付された者は,六,二九三人で,一五・二%にすぎないが,その数は昭和三二年以来逐年増加している。次は,同項第二号に該当するもの,すなわち前にも禁錮以上の刑に処せられたことがあるが,その執行を終りまたは執行の免除を得た日から五年以内に禁錮以上の刑に処せられたことのない者についての執行猶予であるが,これは前述の一号該当のものと比較すると,きわめてその数が少ない。しかし,この二号該当の執行猶予は,そのうち保護観察等に付されたものの割合が,一号該当のものの場合よりもはるかに高く,昭和三六年には四一・四%に達している。次は,刑法第二五条第二項に該当するもの,すなわち現に執行猶予中の者で,一年以下の懲役または禁錮の言渡しを受け「情状特ニ憫諒ス可キ」ものがあるときの執行猶予であるが,これも一項一号該当のものに比較すると,その数はきわめて少なく,しかも昭和三二年から順次減少し,昭和三六年には一,九八七人にすぎない。 これら各条項により執行猶予となった者のうちの,保護観察付きのものを集計してみると,昭和三六年には,八,八二六人あり,執行猶予者総数の一九・七%になっている。保護観察付き執行猶予者の数は,昭和三二年以降しだいに増加してきたが,昭和三六年はその前年より多少減少した。しかし,これは執行猶予者の総数が減少したためであって,執行猶予者総数のうちで占める割合は逐年上昇し,昭和三六年は最高の比率を示しているのである。この傾向は望ましいことであるが,現在なお八〇%余のものが,保護観察には付されない野放しの執行猶予となっていることは注意を要する。 この理由は種々考えられるが,保護観察に付されると,再度の執行猶予が制限される点で被告人にとっては不利益であり,またわが国の保護観察制度は,まだ必ずしも完全に充実するには至っていないということなどが影響しているのではなかろうか。ともあれ,この制度が今後とも大いに活用され,再犯防止に真に役だつよう運用されることを期待したい。 次に,執行猶予の取消の状況について,累年の推移をみてみよう。執行猶予者が,その猶予期間内にさらに罪を犯し,刑罰を科せられた場合には,さきの執行猶予が取り消されることがある(刑法第二六条,同条ノ二,同条ノ三)。執行猶予の取消は,執行猶予者が再犯を犯し,刑罰を科せられたときに,すべて行なわれるとはかぎらず,また執行猶予の取消が多いからといって,ただちに,執行猶予制度の運用が適正でないとは速断できないが,執行猶予の取消率は,その運用の適否をみる一つのメルクマールということができるであろう。 II-44表は,執行猶予人員と取消人員およびその率であるが,取消率は昭和三二年以降しだいに下降している。したがって,この表に関するかぎり,事態はしだいに好転しているようであるが,前述のように執行猶予の取消は,必ずしも,執行猶予者の再犯の状況をそのままあらわすものではなく,再犯または余罪が的確に検挙されているか否か,検挙後の裁判が迅速にすすみ,執行猶予期間内に確定するか否か,さらに,その後の取消手続が迅速正確に行なわれているか否か等の諸事情によって,左右されるところが多いので,執行猶予者の再犯の状況をは握するには,さらに詳細な検討を要するであろう。 II-44表 執行猶予取消人員と取消率(昭和32〜36年) 次に執行猶予期間中,再び罪を犯し執行猶予を取り消された者について,執行猶予の言渡しから再犯までの期間が,どのくらいであるかをみると,II-45表のとおりである。II-45表 執行猶予言渡しの日から再犯の日までの期間別人員(昭和34〜36年) この表でみると,いすれの年においても,執行猶予を取り消された人員は,保護観察中の者のほうが,その他の者よりも少なくなっているが,これは実数において,保護観察に付される者のほうが,その他の者よりはるかに少ないことに原因するのであって,取消率をみると,保護観察中の者は二六・三%,その他の者は九・五%で,保護観察中の者の取消率のほうが高いのである。昭和三六年の分を再犯までの期間別にみると,最も割合の高いのは,保護観察中のものもその他のものも,六月以内の再犯であって,前者は三五・四%,後者は三三・九%を占めている。本人に対する感銘力に期待して,執行猶予を言い渡され,更生の機会を与えられたにもかかわらず,わずか六か月も経過しないうちに,再び罪を犯すような者の大部分は,実際は執行猶予に付せず,実刑に処するのが相当ではなかったかとの見方もありえよう。ことに,保護観察に付され保護機関の指導と援護を受ける機会を与えられながら,六月以内という短期間に再犯に陥るようなものについては,特にその感が深い。六月を越えるもので,保護観察中のものは,一年以内が二七・三%,二年以内が二五・九%,二年を越えるものが一一・三%としだいに減少しており,その他では,二年以内が一年以内より多少高率になっている以外はだいたい同様な状態である。 次に執行猶予期間別区分をみると,II-46表のとおりである。 II-46表 執行猶予期間別人員(昭和34〜36年) 執行猶予期間は五年以内であるが,三年以上四年未満が二六,八二四人で,総数の六〇・一%を占めている。三年以上四年未満といっても,執行猶予の期間は,三年六月などという半ぱなものは,ほとんどみられないから,これはだいたい三年間の執行猶予期間と考えてさしつかえない。このことは,一年以上,二年以上の場合においても同様である。猶予期間は三年に次いで,二年と四年がこれに続き,五年と一年はきわめて少ないが,これはいずれの年においても大差がない。次に,執行猶予を付された懲役,禁錮の刑期と罰金額の区分であるが,II-47表(1)(2)のとおりである。 II-47表 懲役,禁錮では,一年以下が最も多く五八・九%を占め,次が六月以下,二年以下,三年以下の順になっている。執行猶予の八一・四%までが,一年以下の刑期のものに付されていることがわかる。罰金刑においては,罰金額の少額なものに執行猶予が付されることが多く,執行猶予に付された罰金刑の七四・三%までが,罰金額五千円以下となっているのであって,この傾向は例年大差がない。 |