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 昭和38年版 犯罪白書 第二編/第二章/一/1 

第二章 裁判

一 裁判の概況

1 確定裁判

 昭和三六年において確定裁判を受けた者の総数は二,四二八,四四三人である。その審級別内訳を昭和三五年と対比し,昭和三四年を一〇〇とする指数によって,その増加率を示すと,II-26表のとおりである。

II-26表

 まず,最も多いのは第一審確定で二,四一五,六四四人,確定総数の九九・五%に達している。これは道交違反の略式裁判で罰金刑に処せられたものが圧倒的に多く,そのほとんどがそのまま第一審で確定するためである。これに対し,控訴審確定は八,五九九人で,〇・四%,上告審確定は四,二〇〇人で,〇・二%にすぎない。この割合は,昭和三五年のそれと対比してみても,ほとんど差異はない。次に確定裁判の実数についてみると,最近三か年間逐年増加しているが,昭和三四年を一〇〇とする指数で示すと,昭和三五年は一二四,昭和三六年は一四一となる。これは前述したとおり,略式裁判による一審確定事件が増加したためである。したがって,控訴審確定はわずかに増加したにとどまり,昭和三四年,三五年と変わらず,昭和三六年は一・三%の増加にしか過ぎない。これに対して,上告審確定数は昭和三五年,三六年と,かなり目だった増加を示している。その理由は必ずしも明らかではないが,今後の推移に注意すべきである。
 次に,昭和三四年から三六年までの確定裁判をその内容別に区分し,総数に対する百分率を算出して,最近三か年の増減状況をみると,II-27表のとおりである。

II-27表 裁判結果別確定裁判を受けた人員(昭和34〜36年)

 この表で目だっているのは,罰金刑の増加である。昭和三六年では総数の九〇・八%が罰金刑であり,昭和三四年を一〇〇とすると,昭和三五年は一二八,昭和三六年は一九五という飛躍的な増加率を示している。これは年々増加の一途をたどっている道交違反が,大部分罰金刑によって処理されている結果にほかならない。次に目につくのは科料の減少である。昭和三四年には総数の二八・三%を占めていた科料が,昭和三六年には,わずかに五・一%に減少し,指数をみても,昭和三四年を一〇〇とすると,昭和三六年には二五と減少している。このように科料が減少したのは,道交違反事件および暴行,傷害,器物毀棄などの科刑が重くなり,従来科料ですまされていたものが,罰金を科せられるという場合が多くなったためであると思われる。すなわち交通事件即決裁判により科料に処せられた者は,昭和三五年には六六,一三四人あったが,昭和三六年には四,九〇〇人となり,六一,二三四人の大減少を示し,一方,罰金に処せられたものは,昭和三五年は二一八,三七〇人であるのに対し,昭和三六年は二九四,三九九人となっていて,七六,〇二九人の増加となっている。また,略式手続についてみても,科料は,昭和三五年が五三〇,〇二七人,昭和三六年が一一八,二七五人で,四一一,八五二人の減少を示しているのに対し,罰金は,昭和三五年が一,二一四,九二五人,昭和三六年は一,八九六,二六一人で,六八一,三三六人の増加となっている。
 次に注意しなければならないのは,禁錮刑の増加である。禁錮刑は昭和三四年以来飛躍的に増加し,同年を一〇〇とすると,昭和三五年は一四一,昭和三六年は一九九となっており,最近三年間に二倍に達しようとしている。これは自動車による業務上過失致死傷事件が増加し,しかもその科刑が漸次重くなり,禁錮刑を科せられるものが多くなってきた結果であり,このことは,業務上過失致死傷事件の公判請求数が,昭和三四年は一,五一九人,昭和三五年は二,一〇三人,昭和三六年は三,四四〇人となっており,昭和三四年を一〇〇とすると,昭和三六年は二二七という数字を示していることからも首肯される。
 次に懲役刑であるが,これは最近三か年間年々減少し,昭和三四年を一〇〇とすると,昭和三五年は九六,昭和三六年は八八になっている。このような減少傾向は,特に詐欺,横領,強盗,賍物故買等の財産犯に目だっている。
 次に死刑は,昭和三五年が三三人,昭和三六年は二二人に減少している。昭和三四年には死刑は一四人で,例外的に少なかったので,同年を一〇〇とする指数では二三六,一五七となっているが,従来の数からみると,それほど増加している訳ではない。
 最後に無罪であるが,昭和三六年は大幅に減少し,昭和三四年を一〇〇とする指数は八六と下がり,昭和三六年の確定裁判総数中に占める割合も〇・〇一%で,きわめて低い率を示している。
 次に懲役刑と禁錮刑を刑期別に区分して昭和三五年と対比すると,II-28表のとおりである。

II-28表 自由刑の刑期等別人員(昭和35,36年)

 まず懲役であるが,無期は六五人で総数の〇・一%,昭和三五年の九三人より相当大幅に減少している。有期懲役の中で目だっているのは,一年以下がその五一・五%を占め,これに三年以下を加えると,有期懲役中の九二・五%を占めていることである。このことは昭和三五年においても同様であり,三年以下が九三・〇%を占め,さらに昭和三四年の状況もおおむね同様である。したがって,三年を越える有期懲役は七%余にすぎず,全体として,わが国の懲役刑の刑期が比較的短期に集中していることが明らかである。次に注意しなければならないのは,執行猶予が多いことで,昭和三六年には懲役刑総数の五二・四%を占めている。昭和三五年は五一・四%,昭和三四年は四八・四%であったことからみると,この執行猶予の割合は逐年増加の傾向にあるといえよう。要するに,懲役刑のうち半数以上が執行猶予となり,残りの半数以上は一年以下であり,九割以上が三年以下の刑ということになる。このように執行猶予の率が高いことと,刑期が短期に集中して長期刑がきわめて少ないことが,戦後のわが国の科刑の大きな特色となっている。
 この傾向は,禁錮刑の場合に,さらに顕著にあらわれている。すなわち,総数の七九・七%までが執行猶予となり,残りの実刑の中の九五・三%までが一年以下の短期刑で,三年をこえるものは全く見当たらない。禁錮刑を言い渡されるのは,大部分が業務上過失致死傷と選挙違反である。業務上過失致死傷事件の刑は,漸次重くなる傾向にあるが,まだ一年以下の短期刑と執行猶予になる率が高く,選挙違反事件にいたっては,ほとんどが執行猶予となり,実刑はごくまれにしかない状態であることから,このような統計的数字が,あらわれてきたものと思われる。
 次に,罰金刑の実刑と執行猶予の区分であるが,罰金に執行猶予が付されたものは,昭和三四年には五九五人,昭和三五年は五四九人,昭和三六年は四〇九人で,逐年減少しており,総数の〇・〇二%ないし〇・〇五%にすぎない。罰金の執行猶予制度は,あまり活用されていないというべきであろう。