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 昭和62年版 犯罪白書 第4編/第5章 

第5章 むすび

 以上のとおり,本特集においては,犯罪及び犯罪者の処遇に関し,刑事政策上大方の関心を呼ぶと思われる様々の問題について,具体的な質問と回答選択肢により,一般の国民の考え方を問い,これらについての国民の意識を探るため「総理府世論調査」を利用するとともに,法務総合研究所独自で「受刑者調査」及び「受刑者の家族調査」を行い,その結果をも活用したが,これらの調査において行った試みは,一般国民,受刑者及び受刑者の家族の三者に対し,同じ質問と回答選択肢をもって,それぞれの意識ないし考え方を調査したことに特色があると言ってよいであろうこれら三者の意識ないし考え方を探ったのは,まず,一般国民の意識ないし考え方がいかなるものであるかを把握する必要があることは言うまでもないところであり,次に,犯罪者として現に処遇の対象となっており,やがては更生を遂げて社会に復帰することが期待されている立場にある当の受刑者,あるいは受刑者が将来釈放される際に最初の受入口となり,これを励まし,社会復帰のためにその身内として重要な役割を担うべき受刑者の家族の意識ないし考え方を理解することは,刑事政策上忘れてはならないことであり,また,以上三者についての調査結果を相互に比較検討することにも重要な意味があると考えたからである。そのような意味において,我が国で初めてと思われる上記方法によった今回の調査結果は,従来行われてきた刑事政策に関する各種の意識調査ではまかない切れなかったものをすくい上げることができたと考えている。しかし,その反面において,今回の調査では,種々の事情から質問の数が限定された中で,各般の事項について広く国民の意識を探ろうとしたこともあって,全体として,突っ込んだ調査がなされなかったきらいがあることは率直に認めざるを得ない。
 これら三つの調査結果は,本編第2章から第4章までにおいて,「身近に起こり得る犯罪を犯した者の処分についての国民の考え方」(以下「特定の罪を犯した者の処分」という。),「司法関係機関の活動に対する信頼と期待」(以下「司法関係機関に対する信頼等」という。)及び「犯罪者への対応の在り方一般についての国民の意識」(以下「犯罪者への一般的対応」という。)に分けて分析・検討してきたが,その結果を概観すると,以下の諸点が目立っているように思われる(なお,これら分析・検討の対象とした各質問に対する回答結果を,便宜,選択率の高いものから3位までについて,簡潔にまとめたのがIV-60表である。)。
 その一は,国民の意識は,一般国民,受刑者及び受刑者の家族の三者の間ではもとより,一般国民の間ですら,それぞれの置かれた立場や考え方の違いなどにより,相当の較差があると見受けられることである。
 すなわち,まず,一般国民,受刑者,受刑者の家族の三者間の意識差について言えば,これまで述べてきたところから明らかなように,すべての質問についての回答選択肢の選択状況に較差が認められただけでなく,選択率の順位にもそれぞれ微妙な差異が認められる。例えば,同じ選択肢についての三者の選択率を比較すると,次のような顕著な差異を指摘することができる。[1]特定の罪を犯した者の処分に関しての,「一般論として,中学生や高校生がスーパーなどで5,000円程度の品物を万引きした場合には,どのように対応すべきだと思いますか。」との質問(以下「中高生の万引事犯についての質問」という。)に対する回答選択肢中,「本人に注意」するだけで済ませるとする趣旨のものを選択した者の率は,一般国民で19.5%,受刑者の家族で16.1%となっているのに対し,受刑者では39,0%にも及んでいる。[2]「スナックで隣り合わせた客と口論し,ビールびんで殴り,全治10日くらいの打撲傷を負わせた者に対しては,一般的にどの程度の処分が必要だと思いますか。」との質問(以下「ビールびんで殴って傷害を負わせた事件についての質問」という。)に対する回答選択肢中,「警察に届けず許してもよい」又は「起訴しないで許してもよい」を選択し,要するに「処罰しないで許す」とした者の率は,一般国民で21.7%,受刑者の家族で33.1%となっているのに対し,受刑者では54.4%と半数以上に上っている。[3]司法関係機関に対する信頼等に関しての,「裁判における量刑(刑の重さ)は,適切に行われている。」かどうかについての質問(以下「現在の量刑の評価に関する質問」という。)に対する回答選択肢中,「軽すぎると思う」を選択した者の率は,一般国民で18.7%であるのに対し,受刑者の家族では3.3%,受刑者ではわずか1.1%にすぎない。[4]「刑務所は,犯罪者を処罰するとともに,犯罪者の立ち直りに役立っている。」かどうかについての質問(以下「刑務所の役割に関する質問」という。)に対する回答選択肢中,「そう思う」を選択した者の率は,一般国民で36.8%,受刑者で33.3%となっているのに対し,受刑者の家族では53.0%と半数以上に上っている。[5]「保護司は,犯罪者を更生させるよう指導しているが,その活動は犯罪者の立ち直りに役立っている。」かどうかについての質問(以下「保護司の役割に関する質問」という。)に対する回答選択肢中,「そう思う」を選択した者の率は,一般国民で40.3%,受刑者で42.1%となっているのに対し,受刑者の家族では,62.0%にも達している。[6]犯罪者への一般的対応に関しての,「犯罪者とその扱いについて次のような意見がありますが,あなたはどのように思いますか。」との質問(以下「犯罪者の扱い方についての質問」という。)に対する回答選択肢中,「厳罰こそ最も効果」を選択した者の率は,一般国民で25.2%に及んでいるのに対し,受刑者の家族では10.0%,受刑者では7.1%にすぎない。[7]「仮に,あなたの近所に刑務所から出所した人が住んでいるとした場合,あなたはどのように接したいと思いますか。」との質問(以下「出所者との接し方についての質問」という。)に対する回答選択肢中,「なるべく関係をもたないようにしたい」を選択した者の率は,一般国民が19.9%であるのに対し,受刑者は7.4%にすぎない。[8]「新聞やテレビなどでは,犯罪報道の場合,容疑者を実名・顔写真入りで,時には住所や前科をも報道することがあります。あなたはこうした犯罪報道についてどのように思いますか。」との質問(以下「実名等の報道についての質問」という。)に対する回答選択肢中,「匿名にすべし」を選択した者の率は,一般国民で15.0%であるのに対し,受刑者では23.9%,受刑者の家族では28.2%と相当高くなっている。

IV-60表 各質問に対する上位3順位の回答と選択率

 以上,三者間の意識差の顕著な例8項目を指摘したが,一般国民間においても,それぞれの意識には,年齢や立場による微妙な差が認められる。例えば,特定の罪を犯した者の処分に関する質問中「一般論として,子が親を殺した場合の処罰について,あなたはどのように思いますか。」 との質問(以下「親殺しについての質問」という。)に対する回答結果によれば,前記(本編第2章第3節参照)のとおり,各年齢層の中でも,一般に円満な常識と調和のとれた道義感覚の保有年代と言われる50歳代及び60歳代の者は(普通の殺人より)「重く処罰」との回答選択肢を選択する率が高くなっていること,厳しい自然環境とのかかわりの中で生活している農林漁業関係者は,犯罪者の扱い方について,前記(本編第4章第1節参照)のとおり,割合厳格な意見を表明する向きが多いこと,「ビールびんで殴って傷害を負わせた事件についての質問」に対する一般国民の回答結果は,前記(本編第2章第4節参照)のとおり,身体犯の被害者が加害者に対する厳しい処罰感情を抱いている実態から見られる被害者の意識とは相当の差があると認められることなどをその例として挙げることができよう。
 これらの例に見られる意識差は,それぞれの質問に係る問題に対してそれぞれの置かれた立場や人生観の違いなどから生じたものと考えられる。
 その二は,上記と関連する事柄でもあるが,今回の調査における一般国民の回答結果を見ると,いわゆる建前論で回答したものがかなりあるのではないかと推測されるのに対し,受刑者の回答結果を見ると,いわゆる本音が随所に出ていると思われることである。
 まず,一般国民について言えば,例えば,特定の罪を犯した者の処分に関しての「中高生の万引事犯についての質問」に対する回答に際し,56.8%の者は「学校・両親に知らせて注意」すれば足りるとする趣旨の回答を選択し,また,犯罪者への一般的対応に関しての,「犯罪者の扱い方についての質問」に対する回答に際し,57.8%の者は「厳しさの中に情愛も必要」を選択し,「出所者との接し方についての質問」に対する回答に際し,51.5%の者は「他の人と差別しないで,普通に接したい」を選択し,これらの質問については,一般国民の過半数がある特定方向の回答を選択している。これらの質問及び回答選択肢は,それ自体で,いずれも,「少年の逸脱行動に対しては当該少年の健全育成の観点に立って対処すべきである」,「犯罪者とはいえ同じ人間である以上情愛をもって接すべきである」,「犯罪者を立ち直らせるには出所者を差別扱いしてはならない」などというような建前論ないし一般論を想起させるようなものとなっていることに加え,これらの質問及び回答選択肢から受ける印象が,調査対象者の個人的な「意識」を問うているのか,調査対象者が想定している「本来の在り方」(建前論)を問うているのか必ずしも明確ではないという点において,国民の真意を問う観点からは,果たして適切な質問及び回答選択肢であったかどうかについて問題がないとは言えない面もあったことを認めざるを得ず,このことは今後におけるこの種調査の計画立案に当たっての教訓として受け止めるべきものと考えているが,それだけに,以下に述べる二,三の事情をも加味して考えると,前記の質問に対しては,かなりの国民が建前論により回答を選択した可能性を否定できないように思われる。すなわち,仮に,「中高生の万引事犯についての質問」に関連し,当該少年の通学している学校にいわゆる「いじめ」等の問題があり,あるいは当該少年の家庭が崩壊状態になっているような場合であっても,また,「犯罪者の扱い方についての質問」及び「出所者との接し方についての質問」に関連し,当該犯罪者や出所者が犯罪常習者や暴力団関係者であったとしても(ちなみに,矯正統計年報によれば,昭和61年末現在における全国の受刑者は4万6,050人であったが,そのうち累犯者の占める割合は53.0%,暴力団関係者の占める割合は30.2%となっている。),一般国民の多くは,依然として,上記回答を選択したであろうかを問い,これを断定的に肯定するには若干のためらいを覚えるものがあると言わざるを得ないほか,現在,罪を犯した者の改善更生に多くの国民が理解を示しているとはいえ,全国各地には,刑務所移転要請や更生保護会施設の改築反対運動が散見されるなどの現実を目にすると,前記の建前論で回答したのではないかとの推測を捨て去ることができないのである。しかし,それにしても,今回の調査結果を現実に合致しないと断定するのは相当ではない。仮に建前論であるにせよ,国民の多くがそう思わなければならないと思っていること自体重要なことであるし,そのような前提の下に,今回の調査結果については,結果の表面的考察だけでなく,その他の具体性の加味された設例に対する回答との総合対比による考察が要求されていると考えている。
 このような一般国民の回答結果と対比した場合,「受刑者調査」の結果には,例えば,特定の罪を犯した者の処分に関しての,「万引き,無銭飲食の常習者などのように,何回刑罰を受けても犯罪を繰り返す者がいますが,このような者に対してどのようにしたらよいと思いますか。」との質問(以下「犯罪常習者の処分についての質問」という。)に対する回答選択肢中「経済的援助」を選択した受刑者が19.3%(一般国民では3.2%)も存在すること,「中高生の万引事犯についての質問」に対する回答選択肢中「本人に注意」するだけで済ませるとする趣旨のものを選択した受刑者が,前記のとおり,39.0%(一般国民では19.5%),「一般論として,親が子を殺した場合の処罰について,あなたはどのように思いますか。」との質問(以下「子殺しについての質問」という。)に対する回答選択肢中(普通の殺人より)「軽く処罰」を選択した受刑者が22.2%(一般国民では9.9%),「ビールびんで殴って傷害を負わせた事件についての質問」に対する回答選択肢中「処罰しないで許す」を選択した受刑者が,前記のとおり,54.4%(一般国民では21.7%)と,受刑者にあっては,具体的事件について犯人の処分や処罰を問うた質問に対しては,一般国民と比較して,不処罰ないし軽い処罰を支持する意向が相当強く認められること,司法関係機関に対する信頼等に関しての,「現在の量刑の評価に関する質問」に対する回答選択肢中「重すぎると思う」を選択した受刑者が22.4%(一般国民では1.0%)も存在し,また,刑務所が犯罪者の立ち直りに役立っているかどうかについての「刑務所の役割に関する質問」に対する回答選択肢中「そうは思わない」を選択した受刑者が21.3%(一般国民では12.6%)も存在すること,犯罪者への一般的対応に関しての,「犯罪者の扱い方についての質問」に対する回答選択肢中「厳しさの中に思いやりも必要」を選択した受刑者は80.6%に達し(一般国民では「厳しさの中に情愛も必要」が57.8%),「出所者との接し方についての質問」に対する回答選択肢中「他の人と差別しないで,普通に接したい」を選択した受刑者は76.7%に上っている(一般国民では51.5%)ことなど,見方によっては,言わば受刑者の身勝手とでも評価し得るようなものも随所に見受けられる。しかしながら,他面,これらは,犯罪者として現に処遇の対象となっている受刑者の本音とも言えるものであろうことからすれば,個々の受刑者の処遇に当たって,このような本音をいかに利用して処遇効果を挙げるべきかをも含め,刑事政策に携わる者にとって,この受刑者調査の結果を念頭に置いておくことは,無意味ではないように思われる。
 その三は,今回の調査のための各質問に対する回答選択肢の中に「一概に言えない」が設けられている質問にあっては,国民のかなり多くの者がこれを選択し,断定的回答を留保しているということである。
 すなわち,本編第2章から第4章までにおいて取り上げてきた各質問のうち,回答選択肢の中に「一概に言えない」を設けているものは,司法関係機関に対する信頼等に関しての,「犯罪の取り締まりや犯罪者の検挙は,概して良好に行われている。」かどうかについての質問(以下「捜査機関の活動についての質問」という。),「現在の量刑の評価に関する質問」,「刑務所の役割に関する質問」,「保護司の役割に関する質問」及び犯罪者への一般的対応に関しての「出所者との接し方についての質問」であるが,今回の調査における回答結果を見ると,一般国民,受刑者,受刑者の家族のいずれにおいても,これらの質問に対する回答選択肢の中で,「一概に言えない」の選択率は,常に,最も多いものから数えて3位以内に入っている。ところで,上記のうち,出所者との接し方について「一概に言えない」を選択した者は,恐らくは,当該出所者がいかなる者かによって結論が異なるという趣旨でこれを選択したものと考えられ,それなりに納得のいく回答ということができようが,国民のかなり多くが,司法関係機関に対する信頼等に関しての各質問に対する回答に当たり,場合のいかんによるとして,積極又は消極にその意思を表示することを留保した上,「一概に言えない」を選択していることは,事柄が司法関係機関に関するものであり,しかも意思表示を留保する者の数が相当多いだけに,看過し得ないように思われる。ちなみに,今回の調査結果によれば,「捜査機関の活動についての質問」においては,一般国民の34.1%,受刑者の38.7%,受刑者の家族の23.2%が,「現在の量刑の評価に関する質問」においては,一般国民の34.6%,受刑者の39.5%,受刑者の家族の25.7%が,「刑務所の役割に関する質問」においては,一般国民の34.1%,受刑者の37.0%,受刑者の家族の17.6%が,「保護司の役割に関する質問」においては,一般国民の26.2%,受刑者の25.9%,受刑者の家族の10.6%が,それぞれ「一概に言えない」を選択しており,また,一般国民の中で,捜査機関の活動,刑務所の役割及び保護司の役割についての質問に対し最も多くこれを選択した年齢層は,前記のとおり(捜査・IV-28表,刑務所の役割・IV-39表,保護司の役割・IV-43表参照),いずれも20歳代であり,その選択率は高年齢層になるにつれ次第に低下する状況にある。このように,国民のおよそ3分の1程度が司法関係機関に対する信頼等に関し「一概に言えない」と考え,また,年齢層が若い者ほど「一概に言えない」を選択する者が多かったということは,本調査に対する回答に当たり,果たして,本来「わからない」と回答すべき者が,よく考えないまま,「一概に言えない」を選択したものか,あるいは,これを選択した者は,日ごろ,司法関係機関の活動を見守っている者であって,当該機関が国民の期待と信頼に応え得た実績と,その逆の,成果を挙げ得なかった出来事との双方を念頭に置いた上でこれを選択したものかは明らかでないが,いずれにせよ,これを選択した多くの国民は,これら司法関係機関の今後の活動状況のいかんによっては,これらの機関に対する評価を積極にも消極にも転じ得ることを考えると,このような調査結果には関心を払わずにはいられないのである。
 その四は,今回の調査のための各質問において,「わからない」と回答した者が無視し得ない程度の数に上っているということである。
 すなわち,本特集において「犯罪及び犯罪者処遇についての国民の意識」を探るために取り上げた各質問に対し「わからない」と答えた者の率は,一般国民について見ると,特定の罪を犯した者の処分に関しては,「常習犯罪者の処分についての質問」において8.9%,「中高生の万引事犯についての質問」において7.4%,「親殺しについての質問」において20.5%,「子殺しについての質問」において20.9%,「ビールびんで殴って傷害を負わせた事件についての質問」において19.5%と,また,司法関係機関に対する信頼等に関しては,「捜査機関の活動についての質問」において14.3%,「現在の量刑の評価に関する質問」において17.7%,「刑務所の役割に関する質問」において16.5%,「保護司の役割に関する質問」において26.4%と,さらに,犯罪者への一般的対応に関しては,「犯罪者の扱い方についての質問」において10.2%,「出所者との接し方についての質問」において4.6%,「実名等の報道についての質問」において7.3%となっている。これらのうち,特定の罪を犯した者の処分に関する各質問は,その内容が,刑事司法の在り方全般に深くかかわる問題を含み,経験豊かな実務家でも即答できかねるような微妙な事例についての質問でもあるため,真剣に回答しようとすればするほど,容易に結論は出し難くなるとも思われるのであり,結局,「わからない」と回答したのはむしろ当然で,その数がある程度に上っているのは,国民の真摯な思考の結果によるものとして評価する余地もあり,また,司法関係機関に対する信頼等に関しての「現在の量刑の評価に関する質問」において「わからない」と回答した者が相当数存在することは,当該質問が裁判所の専権に属し,実務上も,非常に専門的な分野にわたる問題についてのものでもあるため,それなりに了解し得るものと言えようが,それ以外の質問において「わからない」と回答した者がかなりの数に上っていることは,これらの質問が,刑事政策の追及すべき犯罪の防止と犯罪者の処遇に関してのものであるだけに,特に,留意を要するように思われるのである。ところで,今回の調査においては,前記のとおり,いわゆる建前論で回答したものがかなりあるのではないかと推測され,このことは,一面,「刑事政策思想の普及」という観点から見れば,取りも直さず,刑事政策の一般論的な考え方が国民の間に相当程度浸透していることを示すものとも言えるが,そのような状況の下にあっても,なお,国民が何らかの意思表示をしてしかるべきと思われる司法関係機関に対する信頼等や犯罪者への一般的対応に関する多くの質問について「わからない」と回答した者が少なからず存在し,その中でも,刑務所や保護司の役割に関する質問に対する回答において,その率がかなり高くなっていることは,刑務所の運営や保護司の活動が国民の理解と協力の上に成り立っていることにかんがみれば,今後とも,刑務所や保護司の活動とそれらの成果についての広報活動が一層重要性を増すであろうこと,及び,その場合,広報活動の重点は,いわゆる一般論にとどまることなく,更に進めて,例えば,刑務所や保護司の活動の実情,問題点及びこれらの活動の成果を,具体的に,分かりやすく,国民に提供することに向けられるべきことを示唆しているように思われる。
 このように見てくると,今回の調査は,各質問及び回答選択肢の設定等において必ずしも万全であったとは言えないにせよ,犯罪及び犯罪者処遇に関し,刑事政策上,大方の関心を呼ぶと思われる様々な問題についての国民の意識を探る試みとしては,それなりの成果を挙げ得たものと考えている。刑事政策は,犯罪を防止し罪を犯した者を改善更生させてその社会復帰を図ることを目的とするが,刑事政策が国民全体の福祉に寄与すべきものである以上,それは,単に,犯罪者とか被害者といった一面的立場に立って遂行されるべきものではなく,犯罪者や被害者の考え方をも含め,国民の多面的なそれぞれの意識を念頭に置き,その時代における国民の健全な常識的見解を探りながら,具体的施策を遂行すべきものであろう。本編第2章から第4章までにおいて分析・検討された,一般国民,受刑者及び受刑者の家族のそれぞれの意識についての調査結果が,それなりに有用な一資料となることを期待したい。