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 昭和62年版 犯罪白書 第4編/第4章/第1節 

第4章 犯罪者に対する対応の在り方一般についての国民の意識

第1節 犯罪者処遇の在り方

 罪を犯した者をどのように取り扱うべきかについては,犯罪原因論,刑罰論,犯罪者に対する処遇論等とも関連し,考え方が多岐に分かれ,一概に結論は下し難い。昭和54年に内閣総理大臣官房広報室が実施した「更生保護事業に関する世論調査」においては,  「犯罪や非行を犯す人は,生まれつきではなく,環境などによる者が多い」と考える一般国民が76.9%存在し,「犯罪や非行の主な原因」としては,重複選択回答によれば,「家庭環境」(67.0%),「本人自身の性格や資質」(45.5%),「友人関係」(38.5%),「社会環境(社会の風潮,政治など)」(32.3%)等が選択され,他方,「犯罪者を立ち直らせるには何が重要か」については,重複選択回答によれば,「家庭の愛情やしつけ」(65.8%),「本人自身の自覚や努力」(57.9%),「良い友達や健全な余暇利用」(35.5%),「学校や職場での適切な指導や思いやり」(29.0%),「地域社会や一般社会の環境の改善」(26.0%),「専門家や民間人による指導や援助」 (12.1%)の順に支持されているという結果となっているが,犯罪原因や犯罪者の処遇についてこのような意識を有する一般国民も,具体的な犯罪報道に接した場合,例えば,凶悪無道な犯罪や社会正義に著しく反するような犯罪を敢行した犯人に対しては厳罰の方向に応報感が刺激され,他方,大方の同情を引くような犯罪を引き起こした者に対しては,恩情的な態度に傾斜し,さらに,国民の処罰感情が一定の方向に集約されているように見受けられる場合であっても,具体的な特定の犯罪者に対していかなる処遇をなすべきかについての国民の考え方は,その一人ひとりが置かれている社会的環境や立場によって,微妙な差異があるように思われる。そして,これら国民が置かれている社会的環境や立場は,絶えず流動しているばかりか,一時的な感情は,時間の経過とともに冷却することもまれではない。そのような観点からすれば,具体的な事件を前提としない犯罪者処遇の在り方一般についての国民の意識を探ることは,この問題についての国民の冷静な考え方を知る上で,一つの手掛りとなると思われる。
 それでは,国民は,一般論として,犯罪者をどのように取り扱うべきであると考えているであろうか。今回の「総理府世論調査」においては,この問題について,「犯罪者とその扱いについて次のような意見がありますが,あなたはどのように思いますか。この中からあなたの意見に近いものを1つだけお答えください。」との質問に対し,(ア)「犯罪者には厳罰こそ最も効果がある」(以下「厳罰こそ最も効果」と要約する。),(イ)「犯罪者も人間であり,その処分には厳しさの中に情愛も必要である」(以下「厳しさの中に情愛も必要」と要約する。),(ウ)「犯罪の責任は社会にもあるので,犯罪者には罰よりも援助が必要である」(以下「罰よりも援助が必要」と要約する。)との選択肢の下に回答を求めている。また,法務総合研究所では,これとほぼ同じ質問及び回答選択肢をもって,「受刑者調査」及び「受刑者の家族調査」を行った。もっとも,「受刑者調査」及び「受刑者の家族調査」においては,被調査者の立場を考慮するとともに,質問内容をより平易なものとする趣旨から,「総理府世論調査」の質問文及び回答選択肢に用いられている用語のうち,「犯罪者」を「罪を犯した人」と,「情愛」を「思いやり」とそれぞれ置き換えている。そのため,これらの用語の持つ語感の相違が回答に微妙な影響を与える結果となっているかもしれない。なお,回答選択肢の(ア)と(イ)については,択一式回答を求めてはいるが,後者の文言には「厳しさの中に」の句が挿入されていることから,必ずしも対立する考え方をしているとは言えず,見方によっては,この二つの選択肢は,ともに,厳しさを基調とした処遇の意見であるとも言える。このことは,集計結果の解釈に当たって留意を要する点であろう。

IV-46表 犯罪者の扱いについての国民の考え方(犯罪者の扱いについての次の意見のうち,どれを選択するか。)

 これら三つの調査結果をまとめたのがIV-46表である。これによれば,国民から最も多く選択されたのは,「厳しさの中に情愛(思いやり)も必要」とする意見で,一般国民では57.8%,受刑者の家族では75.8%,受刑者では実に,80.6%にも及んでいる。次いで多いのは,「厳罰こそ最も効果」とする意見であるが,これを選択した者は,一般国民では25.2%に上っているのに対し,受刑者の家族では10.0%,受刑者では7.1%にとどまっている。「罰よりも援助が必要」を選択した者は,一般国民では5.6%,受刑者の家族では4.0%にとどまるのに対し,受刑者では,7.1%の者がこれを選択しているのは興味深い。このように,犯罪者の扱いについての国民の考え方は,「厳しさの中に情愛(思いやり)も必要」と「厳罰こそ最も効果」に集約され,これだけで一般国民の83.0%,受刑者の87.7%,受刑者の家族の85.8%と,いずれも80%台を占めており,「わからない」と回答した者を除く大部分の者が,この両者のいずれかを選択している状況にあるが,この両回答は上記のとおり,いずれも「厳しさ」を基調とするものと見られるから,国民の8割以上は,厳しさを基調とした処遇に賛意を表していると言うことができ,その中で,厳「罰」に重きを置くか,「情愛(思いやり)」も必要と考えるかについての意見が分かれていると言ってよいであろう。
 そこで,さらに,この両回答に焦点を絞って,国民の考え方を見てみることにする。まず,この両回答の選択率を対比してみると,一般国民では,「厳しさの中に情愛も必要」の選択率が「厳罰こそ最も効果」のそれの2倍強あるのに対し,受刑者の家族では,「厳しさの中に思いやりも必要」の選択率が「厳罰こそ最も効果」のそれの7倍強,受刑者では11倍強となっており,特に,受刑者及び受刑者の家族において「思いやり」を支持する者が圧倒的に多いことが注目される。これは,上記のように,一般国民に対する質問文等に用いられている「犯罪者」・「情愛」の用語と受刑者及び受刑者の家族に対するそれらの「罪を犯した人」・「思いやり」との間にある語感の相違が影響していると言えなくもないが,むしろ,第三者的立場にある一般国民と犯罪者(罪を犯した人)として処遇の対象とされる受刑者やその身内の家族としての立場にある者との違いが大きく反映された結果と考えるべきであろう。次に,犯罪者の扱いについての一般国民の考え方を,回答者の居住する都市規模別,学歴別,職業別に見たのがIV-47表である。これによれば,東京,大阪等11大市に居住する一般国民にあっては,「厳しさの中に情愛も必要」(54.1%)を選択した者が過半数をわずかに超える程度に達しているとはいえ,その一方で,全体のおよそ3分の1に当たる比較的多くの者(29.9%)が「厳罰こそ最も効果」を選択していることが注目される。学歴別では,大卒(旧高専を含む。)の者において,「厳しさの中に情愛も必要」を選択した者が62.3%と他の学歴の者に比べて多く,「厳罰こそ最も効果」(22.5%)を選択した者は比較的少ない。職業別では,管理職・専門技術職において「厳しさの中に情愛も必要」を選択した者が65.5%に上り,「厳罰こそ最も効果」は17.2%にとどまっているが,これと対照的に,農林漁業関係者においては,「厳罰こそ最も効果」を選択した者が32.2%と比較的多く,およそ3分の1に及んでおり,「厳しさの中に情愛も必要」とする者(47.8%)は半数に達していない。一方,受刑者の家族の考え方を,その職業及び受刑者との続き柄別に見ると,IV-48表のとおり,職業別では,一般国民と同じような傾向が見られるが,特に,専門職・事務職において「厳しさの中に思いやりも必要」を選択した者の比率が85.1%と極めて高く,「厳罰こそ最も効果」を選択した者がわずかに6.9%にとどまっていること,農林漁業関係者においては,受刑者の家族であるにもかかわらず,「厳罰こそ最も効果」を選択した者の比率(13.2%)が他の職業と比べて高いことなどが目立っている。受刑者との続き柄別で見ると,調査対象数の多い妻(内妻を含む。),父親,母親及び兄弟姉妹では,「厳しさの中に思いやりも必要」を選択した者の比率はいずれも70%台で大差はないが,「厳罰こそ最も効果」を選択した者が比較的多いのは,父親(14.2%),兄弟姉妹(14.0%)であり,少ないのは,妻(8.4%)となっている。他方,受刑者の考え方を,年齢層別及び犯行時職業別に見ると,作表してはいないが,年齢層別では,30歳代において「厳しさの中に思いやりも必要」を選択する率が最も高い(82.1%)とともに,「厳罰こそ最も効果」を選択する率が最も低い(6.7%)のが目立ち,これより高い年齢層になるほど,わずかに「厳しさの中に思いやりも必要」を選択する比率が下り,逆に,「厳罰こそ最も効果」を選択する比率が増える傾向にある。また,犯行時職業別では,農林漁業に従事していた受刑者において,「厳罰こそ最も効果」を選択した者の比率(15.2%)が,受刑者全体でこれを選択した者の比率の2倍を上回っており,「厳しさの中に思いやりも必要」を選択した者の比率(69.6%)は,受刑者全体の中でこれを選択した者の比率(80.6%)に比して相当低くなっている。先に見たとおり,農林漁業関係者は,一般国民及び受刑者の家族とも,犯罪者の扱いについて厳しい考え方をもっているように見受けられるが,上記のような受刑者の選択結果は,農林漁業関係者一般の考え方が,処遇の対象となっている受刑者自身にまで共通して現れているものとして興味深い。

IV-47表 犯罪者の扱いについての一般国民の考え方(都市規模・学歴・職業別)(犯罪者の扱いについての次の意見のうち,どれを選択するか。)

IV-48表 犯罪者の扱いについての受刑者の家族の考え方(職業・続き柄別)(犯罪を犯した人の扱いについて次の意見のうち,どれを選択するか。)

 ところで,本編第3章第2節においては,「現在の量刑についての国民の受け止め方」について記述し,その中で,一般国民,受刑者及び受刑者の家族が,それぞれ,一般的に,現在の量刑をどのように評価しているかについての調査結果等を紹介しているが(IV-32表),「裁判における量刑」についての国民の評価と「犯罪者の扱いについての国民の考え方」との間には,関連性があるのかどうかを探るため,一般国民と受刑者についての調査結果を取り上げて,これらを対比して見たものがIV-49表である。まず,一般国民について見ると,現在の裁判における量刑に対する評価として,選択率の高かったものは,順に,「一概に言えない」,「適切だと思う」,「軽すぎると思う」となっており,「重すぎると思う」はごくわずかにすぎないが,その中で,「一概に言えない」や「適切だと思う」を選択した者の犯罪者の扱いについての考え方を見ると,「厳しさの中に情愛も必要」を選択した者の率がそれぞれ62.6%及び62.8%,「厳罰こそ最も効果」を選択した者の率がそれぞれ21.3%及び24.1%となっており,これらの比率は,犯罪者の扱いについての一般国民全体の考え方に現れたそれぞれの比率と対比してさほどの較差を示していないものの,裁判における量刑が「軽すぎると思う」を選択した者の犯罪者の扱いについての考え方を見ると,「厳罰こそ最も効果」が38.7%にも上っているのに対し,「厳しさの中に情愛も必要」が51.0%にとどまっているなど,一般国民全体の選択率との間にはかなりの較差が認められる。他方,受刑者について見ると,現在の裁判における量刑に対する評価として選択率の高かったものは,順に,「一概に言えない」,「適切だと思う」,「重すぎると思う」となっており,「軽すぎると思う」はごくわずかにすぎず,この状況は,一般国民のそれと大きく異なっている。その中にあって,「一概に言えない」や「適切だと思う」を選択した者の犯罪者の扱いについての考え方を見ると,「厳しさの中に思いやりも必要」の選択率がそれぞれ83.6%及び82.6%と極めて高率であるのに対し,「厳罰こそ最も効果」の選択率はわずか4.5%及び11.6%にとどまり,これらの比率は,犯罪者の扱いについての受刑者全体の考え方に現れたそれぞれの比率と対比してさほど大きな較差を示しているとは言えないものの,少数とはいえ,裁判における量刑が「軽すぎると思う」を選択した者の犯罪者の扱いについての考え方を見ると,「厳しさの中に思いやりも必要」の選択率が65.5%にとどまり,「厳罰こそ最も効果」の選択率が20.7%に達しているなど,受刑者全体の選択率との間に大きな差異が認められることは注目に値する。

IV-49表 量刑感覚と犯罪者の扱いについての考え方との関連(一般国民・受刑者別)

 このように見てくると,犯罪者の扱いについての国民の考え方は,概して言えば,国民のおよそ8割は厳しさを基調とした処遇を支持しており,それと同時に,一般国民のおよそ6割が「厳しさの中に情愛も必要」という意見をもっていると言ってよいと思われるが,他面,これら犯罪者の扱いについての国民の考え方は,裁判における量刑一般に対する国民の評価とも無関係ではないことがうかがわれ,一般に,裁判における量刑が「軽すぎる」と評価するかなり多くの国民が,受刑者をも含め,犯罪者の扱いについて,より厳しい処遇をすべきであるとの考え方を採る傾向があるように思われる。いずれにせよ,今回の調査結果によれば,多くの国民が,犯罪者の扱いに関し,「厳しさ」と「情愛(思いやり)」とを適切に織り込み,これを調和させ,統合した形での犯罪者処遇を期待していると解することができようか。