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 昭和62年版 犯罪白書 第4編/第2章/第3節 

第3節 親殺し,子殺しについて

 我が国の刑法典は,殺人一般について,その刑を「死刑又ハ無期若クハ三年以上ノ懲役」(刑法199条)と定めているが,尊属殺については,これとは別に特別の規定を設け,その刑を「死刑又ハ無期懲役」(刑法200条)のみに限っている。そこで,かねてから,このように尊属殺のみを加重処罰することが,法の下の平等の原則を定める憲法14条の規定に違反するかどうかについて議論が生じていたが,最高裁判所は,この問題について,いったんは,昭和25年10月25日の判決で,尊属殺を定めた規定を違憲ではないとしたものの,48年4月4日の判決においては,従来の判例を変更して同規定を違憲とした。その理由についての多数意見の要旨は,尊属殺加重処罰の規定を設けること自体は違憲とは言えないが,法定刑を死刑又は無期懲役に限っているのは合理的範囲を超えて重きに過ぎるとするものであった。そのため,その後の実務においては,尊属殺の事案に対しては,事実上,一般の殺人罪の規定を適用する取扱いがなされるようになって現在に至っている。他方,嬰児殺を含む卑属殺については,我が国の刑法に特別の規定がないので,この種事犯に対しても,一般の殺人罪が適用されており,結局,我が国においては,親殺し,子殺しであっても,一般の殺人事件と異なる取扱いはなされていないと言ってよい。ちなみに,外国の法制について見ると,親殺し等の尊属殺を法律上重く処罰する取扱いは,ローマ法以来,広く諸国で認められてきたが,現在では,これを規定する立法例はフランス等少数の国だけになっている。一方,子殺し等の卑属殺については,尊属殺をも含めた近親殺という構成要件を設けて加重処罰する立法例がイタリア,スペイン等の諸国で見られるが,嬰児殺については,むしろ殺人の減軽類型として軽く処罰するように規定している国が少なくない(イギリス,ドイツ連邦共和国,フランス等)。
 もともと,親子間の殺人事件について,その犯人をどのように処罰すべきかは,その時代における国民の倫理観,家族構成の実情,家庭における生活形態等様々な社会的諸条件を抜きにしては一概に論ずることはできず,しかも,具体的事案に即した場合,情愛で結ばれているはずの親子間における葛藤の中で生じた殺人事件にけ,他人間の場合とは比較にならない「特別の情状」が存在することが多いが,これら社会的条件や特別の情状についての評価は,時代とともに変化するものであり,上記の最高裁判所における判例変更も,これを反映してのものと見ることができよう。それでは,上記の最高裁判所における違憲判決以来10年以上を経過した現在,国民は,親子間において犯された殺人事件の犯人に対する処罰の在り方についてどのような考え方を持っているのであろうか。そのような観点から,本節では,まず,同判決以降,刑事司法機関が親子間における殺人事件の犯人に対してどのような処分を行っているかに関し,資料入手可能の範囲において,その実情を紹介し,次いで,その犯人に対する処罰の在り方についての国民の意識を探ってみることとする。