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 昭和36年版 犯罪白書 第二編/第二章/一 

第二章 刑事手続面からみた公安犯罪

一 序説

 昭和三五年度版の犯罪白書(一四〇頁以下)において,われわれは,昭和三三年までの刑事手続の概観を主として刑事統計の面から試みたが,そこで述べた刑事手続の傾向は,昭和三四年にも大した変化が認められないので,本年度は,これとやや趣をかえて,一般犯罪と公安犯罪とを対比しつつ,主として統計の面からこの両者の刑事手続面における相違をながめてみることにしよう。
 一般犯罪と対比するものとして特に公安犯罪を選んだのは,いわゆる荒れる法廷として世の注目を集めているものの多くが公安犯罪の法廷であること,公安犯罪の実数が一般犯罪に比してきわめて少ないのにもかかわらず,これを処理するため,捜査と公判に並々ならぬエネルギーが費やされており,刑事訴訟法に関する改正意見は多くこの公安犯罪の処理を理由に論ぜられていること等によるのである。そして公安犯罪は,一般的にいって公判の審理期間が長期化し,なかには起訴後七年を経ても第一審の裁判が終わらないものがあり(昭和三四年末現在),公判審理の遅延問題の多くが公安犯罪に関するものであるから,その理由がどこにあるかを主として統計の面からながめることにしたい。
 まず,公安犯罪とはどのような犯罪を指すのであろうか。いうまでもなく,公安犯罪という特別な罪種があるわけではないが,たとえば,同じ殺人でも政治目的をもって犯される場合もあれば単なる私的な怨恨関係に基づく場合もあり,これを分類して前者を公安犯罪,後者を一般犯罪としてとらえる見方がありうるのである。これはもっぱら実務上の用語であって,その正確な意味は,必ずしも明瞭ではなく,使う人によってその範囲が一定していないようであるが,実務的にみて公安犯罪として処理されたものにはどのようなものがあるかをみると,昭和三四年に公安犯罪として検察庁が受理した事件の被疑者の数は,二,二一三人であって,その犯罪の態様は,違法な争議行為およびこれに関連して発生したものが一,七五二人,集団示威運動などに関連して発生したものが四三七人,列車妨害,公務所の放火または破壊で公安を害するものが二〇人,その他が四人となっている。これを罪名別にみると,最も多いのが,傷害の五八二人,これに続くものが,暴力行為等処罰法違反の四三九人,住居侵入の二二四人,威力業務妨害の一八六人,公務執行妨害の一六六人,逮捕監禁の八四人,殺人未遂の七三人,暴行の六〇人,地方公務員法違反の四五人等である。さらに昭和三〇年から昭和三四年までの五年間の合計について受理人員の罪名別割合をみると,III-1表のとおり,暴力行為等処罰法違反が二一・六%,傷害が二〇・五%,威力業務妨害が一一・七%,住居侵入が七・五%,公務執行妨害が六・二%とそれぞれ上位を占め,これに続くものが,暴行の三・四%,逮捕監禁の三%等であるから,公安犯罪には,暴力的要素の犯罪が多いといえるであろう。

III-1表 公安犯罪の罪名別受理人員と率(昭和30〜34年の合計)

 公安犯罪を犯罪の態様別にみた場合には,違法争議行為およびこれに関連して発生したものが多いことは前述したとおりであるが,昭和三〇年から昭和三四年までの五年間につき,公安犯罪として検察庁が受理した総数のうち,違法争議に関連するものの比率を示すと,III-2表のとおりである。これによると,違法争議関係事件は昭和三四年において公安犯罪の総数の七九・二%を占めているばかりでなく,昭和三〇年以降漸増の傾向にあることがうかがえる。そこで,この違法争議関係事件はどのような罪名にふれるものとして受理されているかにつき,昭和三〇年から昭和三四年までの受理合計につき罪名別に示すと,III-3表のとおりである。これと,さきに掲げた公安犯罪の罪名別受理人員と率(III-1表)とを比較すると,両者にさしたる差異はみられず,ほぼ同一の比率を占めているといえるが,違法争議関係では一般の公安犯罪の場合と異なり,傷害が二三・四%と最も多く,かつ,威力業務妨害,住居侵入,器物毀棄がやや高率を示し,これに反して暴力行為等処罰法違反と公務執行妨害がやや低率を示している。

III-2表 公安犯罪の受理人員中違法争議関係受理人員と率(昭和30〜34年)

III-3表 違法争議関係受理人員の罪名別人員と率(昭和30〜34年の合計)

 公安犯罪の輪郭はほぼ以上の如くであるが,一般犯罪にくらべて次のような特殊性をもっているといえよう。
 まず第一に,一般犯罪の動機は,私利,私欲,怨恨または激情などに基づくものが多いが,公安犯罪は,政治的,社会的あるいは集団的ないし組織的な目的に基づいて行なわれる場合が多いことである。
 第二に,一般犯罪の発生は,時の社会情勢に影響されることはいうまでもないが,公安犯罪はその目的の特殊性から特に内外の諸情勢に強く左右され,内外の諸情勢が不安定な時には,その発生が多くなり,逆に,安定している時には,その発生が少ないといえることである。
 第三には,公安犯罪は,集団的または計画的に行なわれることが多く,したがって証拠を収集するうえで多数の参考人または証人の取調を必要とするばかりでなく,それらの多くはあるいは同一組織に属し,あるいは利害関係を同じくするために真実の発見にいちじるしい困難が伴う場合が少なくないのである。
 第四には,公安犯罪の発生を時期的(月別)にみると,一般犯罪と異なって,必ずしも毎年同じような傾向を示すものとはいえないことである。III-1図は,昭和三〇年から昭和三四年までの五年間について月別の発生人員(検察庁に受理された月であるから,必ずしも発生の時期と一致せず,若干の時間的なずれがある)をグラフにしたものであるが,これによると,昭和三一年には,年初と年末が高いカーブを画くが,年の中間は低いカーブを示し,昭和三二年には年末が低いカーブを示し,昭和三三年には,その年の下半期がいちじるしい上昇を示し,昭和三四年には,おおむね横ばいでいちじるしい上下はないのである。このように,年によって事件の増減を示すカーブがまちまちであるのは,この種の犯罪がその時の社会情勢や経済事情に影響されるとともに,いわゆる春期闘争とか年末闘争といったように,戦術として人為的に仕組まれる闘争の一環として発生する場合が多いことによるためと思われる。ところが,一般犯罪は,多少の差異はあるとしても,一年間の発生件数の月別カーブが毎年ほぼ同じような傾向を示すのが普通である。

III-1図 公安事件の発生月別人員(昭和30〜34年)

 ところで,公安犯罪は,以上のような特殊性をもつとして,全国の検察庁で受理する事件の中で占める数はきわめて少ない。すなわち,道路交通取締法令関係事件(以下道交違反と略称する)を除く全事件の新受人員(検察庁間の移送,家庭裁判所からの逆送,再起を除いた新規受理人員)と比較すると,III-4表に示すとおり,新受人員総数の〇.一%ないし〇・四%を占めるにすぎないのである。しかし,昭和三五年においては,三,四八五人と増加を示し,社会情勢または経済事情の変化に伴い,将来さらに激増することも考えられるので,もっぱら刑事手続の統計面から,一般犯罪との相違点に焦点をあわせてその特殊性をながめてみることにする。

III-4表 検察庁新受人員と公安犯罪受理人員およびその率(昭和30〜35年)