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 昭和36年版 犯罪白書 第二編/第一章/三/2 

2 統計からみた量刑の一般的傾向

(一) 確定裁判の科刑の分布状況

 刑を死刑,無期の懲役禁錮,有期の懲役禁錮,罰金,拘留,科料の八種に大分し,昭和三四年におけるこれらの刑の分布状況をみると,II-31表のとおりである。これによると,確定裁判の総数一,七二五,七六一人のうち,罰金が六五・六%,科料が二八・三%で,罰金,科料の合計は総数の九三・九%にあたり,そのほとんどを占めていることになるが,これは主として道交違反によるものが多いためである。有期の懲役は九〇,七五一人で総数の五・三%,有期の禁錮は,一,三二二人でその〇・〇七%,拘留は二三七人でその〇・〇一%を占めるにすぎない。

II-31表 確定裁判の結果別人員等(昭和34年)

 次に,通常第一審手続で懲役または禁錮を言い渡されたものの刑期別の比率をみると,II-32表のとおりである。これによると,懲役では,一年以上二年未満のものが最も多く,その総数の四三・二%,これに次ぐものは,六月以上一年未満の三二・九%,二年以上三年未満および六月未満の各八%,三年の三・七%であるから,これらを合計すると,三年以下のものが総数の九五・八%となり,懲役のほとんどが三年以下であることがわかる。もっとも,三年以下のものの合計八七,〇八二人のうち四二,五八九人には刑の執行猶予が付されているから,その四八・九%は執行猶予付であって,実刑を言い渡されたものは五一・一%にあたる四四,四九三人にすぎないのである。禁錮は,六月以上一年未満が四七・一%,六月未満が四五・〇%であるから,禁錮の総数の九二・一%が一年未満であって,懲役に比して科刑が下限に集中しているといえよう。しかも,禁錮の執行猶予言渡率は七六・五%であるから,実刑を科せられるのがむしろ少ないといった実情にある。

II-32表 通常第一審有罪人員の懲役・禁禁錮の科刑別人員と率(昭和34年)

 これを刑法犯と特別法犯とに分けてみると,懲役では,執行猶予の言渡率が特別法犯は七四・三%であって,刑法犯の四四・一%に比していちじるしく高い。また,量刑の分布状況も特別法犯では六月未満が四三・四%,六月以上一年未満が三五・七%,一年以上二年未満が一七・六%という具合に低いものほど高率を示しているのに反して,刑法犯では,一年以上二年未満の四五・八%が最も高く,これに次ぐものは,六月以上一年未満の三二・六%,六月未満の四・四%であって,いわゆる短期自由刑である六月未満が特別法に比していちじるしく低率であることが注目されるのである。禁錮では,このような顕著な差異をみることはできないが,特別法犯の執行猶予が八八・四%と異常な高率をみせていることが注目されるのである。
 次に罰金の科刑の分布状況をみると,II-33表のとおりである。これによると,三千円未満が七一・六%で最も多く,これに次ぐのが三千円以上五千円未満の一四・五%,五千円以上一万円未満の八・七%である。通常第一審で罰金の言渡があったものを刑法犯と特別法犯に分けて比較すると,特別法犯が刑法犯に比して高額な罰金が多いとともに,少額の罰金の占める比率も刑法犯より高い。また,罰金に対する執行猶予の言渡率は,刑法犯の九%に対して,特別法犯は三・二%と低い点が注目されるのである。

II-33表 裁判手続別・罰金金額別人員と率(昭和34年)

(二) 主要罪名別科刑の分布比率

 戦後の科刑は,戦前のそれにくらべて一般的に緩和されたといわれているが,これを明らかにするためには,各罪名ごとにその言渡刑期がどのような分布を示しているかその比率をみて,これの戦前と戦後とを対比すれば,そのおおよその傾向を知ることができる。しかし,司法統計その他の統計資料によると,戦前と戦後とではその科刑の区分基準が変更されており,また,戦後だけについてもそれが変更されているので,戦前と戦後を通じた科刑の変遷をみることができない。ただし,懲役の区分については,三年以上,三年未満二年以上,二年未満一年以上,一年未満六月以上,および六月未満の六区分はこれをみることができるので,法定刑の下限に比較的量刑が集中している窃盗,詐欺,恐喝の三罪名について,戦前の昭和五年ないし七年,および戦後の昭和三二年ないし三四年につき,それぞれの言渡刑期の分布比率をみると,II-34表35表36表のとおりである。

II-34表 窃盗の有罪人員と科刑別人員の率(昭和5〜7年,32〜34年)

II-35表 詐欺の有罪人員と科刑別人員の率(昭和5〜7年,32〜34年)

II-36表 恐喝の有罪人員と科刑別人員の率(昭和5〜7年,32〜34年)

 これによると,まず言渡刑期については,三年以上の懲役は,窃盗,詐欺については,戦前が戦後よりその占める比率が高く,特に窃盗は戦前の約一〇%から戦後の約三%へといちじるしい減少をみせており,三年未満二年以上の懲役は,窃盗が戦後より戦前の方がやや高率を示すほかは,詐欺,恐喝はほぼ同率を示している。また,二年未満一年以上の懲役は,三罪名ともに戦後が戦前より高い比率を示しているが,これに対して一年未満六月以上の懲役は,戦前が戦後より高い比率を示している。これは,執行猶予の言渡率が戦後は戦前よりいちじるしい高率をみせていることによるものと思われる(窃盗は戦前の約六%から戦後の約四三%へと約七倍,詐欺は戦前の約二〇%から戦後の約四四%へと約二倍強,恐喝は戦前の約二四%から戦後の約五〇%へと約二倍)。すなわち,戦後は懲役の約半数に執行猶予がつけられるために,その言渡刑期は戦前のそれより重くなっているものといえるであろう。そして,六月未満のいわゆる短期自由刑は,三罪名ともに,戦後は戦前よりいちじるしい低率を示しており,恐喝のごときは,戦前の約一六%から戦後の約三%へと五分の一に減じているのである。この傾向も,また,この種の短期自由刑の実刑を科するよりは,言渡刑期を重くしてこれに執行猶予をつけるという量刑の一般的傾向のあらわれということができるであろう。
 これを要するに,戦後の科刑は戦前のそれに比して,三年以上と六月未満が減少したことおよび執行猶予がいちじるしく増加したことをうかがうことができるのであって,戦後の量刑は右の三罪名については,執行猶予を活発に適用することにより緩和されたといえるであろう。
 次に,刑法犯のうち,放火(第一〇八条),殺人(第一九九条,ただし嬰児殺を除く),傷害致死(第二〇五条第一項),強盗(第二三六条),強盗致傷(第二四〇条前段),強盗致死(第二四〇条後段,強盗殺人を含む),窃盗(第二三五条),恐喝(第二四七条)の八罪名を選び,これらについて昭和二八年以降の科刑の分布比率をながめてみよう。この八罪名を選んだ理由は,放火,殺人,傷害致死,強盗,強盗致傷,強盗致死は,いわゆる悪質犯または重大犯と呼ばれるものであって,その法定刑はいずれも重いうえ,その下限が定められているので,科刑の一般的傾向をみるのに比較的容易であり,また,窃盗と恐喝とは財産罪の代表的罪種であるからである。
 これらの八罪名の科刑の分布比率は,以下それぞれについて詳述するが,その一般的傾向を要約すると,科刑は法定刑の下限または下限を下回るものに集中する傾向にあること,この傾向は殺人,強盗致死等の重大犯についても例外でなく顕著にあらわれていること,また,執行猶予が放火等の重大犯についてもきわめて活発に適用されていることがそれぞれうかがい知られるのである。
 放火の法定刑は,その上限が死刑,その下限が懲役五年であるが,その科刑の分布比率は,II-37表に示すように,昭和二八年以降死刑は言い渡されず,また,最下限である懲役五年およびこれを下回る三年以上の懲役が通常第一審の有罪総人員の約六〇%を占め,さらにこれより低い三年未満の懲役がその約二六%を占めているから,これらを加えると,総数のほぼ八割にあたるものが法定刑の最下限か,またはそれを下回る科刑を言い渡されたことになる。しかも,総数のうち,約四〇%にあたるものに執行猶予がつけられているのである。

II-37表 現住建造物等放火罪(108条)の有罪人員と科刑別人員の率(昭和28,30,32〜34年)

 殺人の法定刑は,その上限が死刑,その下限が懲役三年であるが,殺人の科刑の分布比率は,II-38表に示すように,死刑は有罪総数のほぼ〇・三%,無期懲役は一・二%ないし一・六%,また,七年をこえる有期懲役は一八%前後であるが,法定刑の最下限である懲役三年が約三〇%,最下限を下回るものが約二一%であるから,総数のほぼ五割強を占めるものが法定刑の最下限か,またはこれを下回る科刑を言い渡されたことになる。しかも,殺人の執行猶予率は,昭和二八年の三五%から昭和三四年の二七・三%まで漸減の傾向にあるが,それにしても三割に近いものに執行猶予がつけられていることは注目に値するものといえよう。

II-38表 殺人罪(199条)の有罪人員と科刑別人員の率(昭和28,30,32〜34年)

 傷害致死の法定刑は,その上限が懲役十五年,その下限が懲役二年であるが,傷害致死の科刑の分布比率は,II-39表に示すように,二年以上三年以下が有罪総数の約六〇%を占め,三年をこえるものは三二%ないし三六%である。また,法定刑の最下限を下回る科刑は,五%内外で他の罪種に比して低率であるが,これは執行猶予の言渡率が四〇%に近いことを考えあわせると,法定刑の最下限の懲役二年を量刑してこれに執行猶予をつける場合が多く,特に最下限を下回る科刑をする必要が少ないことによるものと思われる。

II-39表 傷害致死罪(205条1項)の有罪人員と科刑別人員の率(昭和28,30,32〜34年)

 強盗の法定刑は,その上限が懲役一五年,その下限が懲役五年であるが,強盗の科刑の分布比率は,II-40表に示すように,最下限である懲役五年およびこれを下回る科刑が有罪総数の八五%ないし八九%であり,懲役五年をこえるものは,わずかに一一%ないし一五%にすぎない。しかも,総数のうち約二〇%をこえるものに執行猶予がつけられている。

II-40表 強盗罪(236条)の有罪人員と科刑別人員の率(昭和28,30,32〜34年)

 強盗致傷の法定刑は,その上限が無期懲役,その下限が懲役七年であるが,強盗致傷の科刑の分布比率は,II-41表に示すように,無期懲役は〇・二%ないし〇・四%,最下限である懲役七年およびそれより下回り懲役五年をこえるものが有罪総数の約二八%,三年以上五年以下の懲役がその約五〇%ないし六〇%であって,最下限またはそれより下回る科刑の合計は,有罪総数の約九割弱を占めているのである。なお,執行猶予の言渡率が約二%といちじるしく低いのは,法定刑の下限が懲役七年であって,執行猶予をつけるためには減軽例を二回適用しなければならないからである。

II-41表 強盗致傷罪(240条前段)の有罪人員と科刑別人員の率(昭和28,30,32〜34年)

 強盗致死の法定刑は,その上限が死刑,その下限が無期懲役であって,刑法犯中最も法定刑が重いものであるが,その科刑の分布比率は,II-42表に示すように,死刑が有罪総数の一〇%ないし一八%,無期懲役が三二%ないし四六%であって,法定刑のわくのなかで量刑されたものは,有罪総数のほぼ五割強にあたる。昭和三二年以降の傾向としては,死刑の比率が減少しているのに対して,無期懲役のそれはいちじるしい増加をみせている。

II-42表 強盗致死罪(240条後段)の有罪人員と科刑別人員の率(昭和28,30,32〜34年)

 窃盗の法定刑は,その上限が懲役十年,その下限が懲役一月であるが,窃盗の科刑の分布比率は,II-43表に示すように,二年未満一年以上が有罪総数の約五七%,一年未満六月以上が約三一%であるから,有罪総数の約八割八分までが二年未満の科刑である。そして二年以上の科刑は,有罪総数の約一二%前後にすぎない。しかも,有罪総数の四〇%強が執行猶予付となっているのである。

II-43表 窃盗罪(235条)の有罪人員と科刑別人員の率(昭和28,30,32〜34年)

 恐喝の法定刑は,窃盗と同じであるが,その科刑の分布比率は,II-44表に示すように,二年未満一年以上と一年未満六月以上がそれぞれ四三%ないし四六%を占めているから,有罪総数の約九割までが二年未満に集中していることになる。そして,二年以上の科刑は,約六%にすぎず,また,このうち三年をこえるものは,〇・四%ないし〇・七%であって一%におよんでいない。しかも,執行猶予言渡率は,昭和二八年以降増加の傾向を示し,昭和三四年には五〇・九%となっている。

II-44表 恐喝罪(247条)の有罪人員と科刑別人員の率(昭和28,30,32〜34年)

 法が法定刑を定めた趣旨をどのように理解すべきであろうか。たとえば,その罪について発生した最も犯情の重いものに法定刑の上限を,最も軽いものにその最下限を科刑し,その中間に位するものは法定刑のわくのなかで犯情に応じて分布さるべきものだという見方もあるであろう。また,たとえば,法定刑の上限は,考慮しうる最も犯情の重いものに例外的に科刑する趣旨であって,一般に発生する犯罪に対しては法定刑の下限付近で科刑する趣旨だという見方もあるであろう。もし,前者が法の趣旨だとすれば,わが科刑の傾向は法定刑を定めた趣旨にそわないことになろう。
 わが国の科刑は,一般に諸外国のそれにくらべて軽く,特に生命犯,身体犯についてその傾向がいちじるしいといわれているが,量刑の軽重は具体的事件の情状をつぶさに分析してこれを比較するほか,それぞれの国の制度,国民感情,犯罪構成要件等の相違をも考慮しなければならないから,にわかにその軽重を比較することはできない。しかし,この種の調査研究は,わが国の量刑のあり方の当否を検討する資料として必要なものであるから,是非将来に期待したいものである。