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 昭和36年版 犯罪白書 第二編/第一章/二/1 

二 刑の執行猶予

1 序説

 刑の執行猶予は,明治三八年にわが国に初めて採用されて以来,五十数年の歴史をもつが,その間数次の改正を経てその適用範囲が順次拡大され,いまや刑の量定のうえで注目すべき運用をみせているのである。
 実刑を科することを猶予する制度に,宣告猶予主義と執行猶予主義の二つがある,宣告猶予主義は,刑の言渡そのものを猶予するというものであるが,本人に保護観察をつけるというプロベイションの形で英米で発達した。これが大陸法系に影響をおよぼした結果,できたものが執行猶予主義である。執行猶予主義は,有罪判決を言い渡すが,その刑の執行を一定の期間猶予し,その猶予期間の無事経過とともに有罪判決そのものの効力を失わせるという条件付有罪判決である。わが国では執行猶予主義を採用し,宣告猶予主義は採っていない。もっとも,昨年五月発表された改正刑法準備草案は,執行猶予制度とともに宣告猶予制を採用している。
 刑の執行猶予は,自由刑ことに短期自由刑の弊害を回避するために考慮されたものといわれているが,わが国の裁判の実際では,短期自由刑の回避というよりはむしろ,刑の執行を猶予することによって,その感銘力に訴えて本人の改善を促すという点に重点が置かれている。すなわち,自由刑については,三年以下の懲役,禁錮にまで執行猶予がつけることができるばかりでなく,罰金刑についても五万円以下の罰金にこれをつけることができるとされ,その適用は後述のように活発をきわめているのである。
 刑の執行猶予は,その猶予期間を無事に経過させることに主眼があるから,その期間保護観察をつけ,本人の更生改善を援護補導し,再犯を犯すことを防止しなければ,刑事政策としては万全なものとはいい難い。しかし,保護観察に付することは,ある意味では本人にとって歓迎されない自由の規制ともいえるため,わが法では,これを裁判所の裁量的措置にゆだねることとするとともに,再度の執行猶予を言い渡す場合に限って,必要的に保護観察をつけなければならないものとしている。裁判の実際では,執行猶予の言渡に保護観察を裁量的につける場合が年とともに増加しているが,これは保護観察の重要性が漸次認識されてきた結果といえるであろう。
 以下,執行猶予の運用の実際を主として統計の面からながめてみよう。