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 昭和36年版 犯罪白書 第二編/第一章/一/6 

6 起訴猶予者の前科,前歴と起訴猶予の理由

 法務総合研究所が東京地方検察庁の協力を得て,昭和三五年一一月中に同庁および東京区検察庁で起訴猶予に付した者(刑法犯に限る)の前科,前歴と起訴猶予の理由について調査した結果によると,II-11表に示すように,起訴猶予者の総数一,四八二人のうち,前科,前歴のない者は六五・九%にあたる九七六人であって,残る三四・一%のうち,前科のある者は二一・三%,前歴のある者は一〇・三%,不明が二・四%である。前科のある者のうち,比較的新しい前科(昭和三三年以降のもの)は一一・七%であり,昭和三二年以前の前科は,九・六%である。ここに前歴とは,起訴猶予,拘留,科料,家庭裁判所の処分等を総称したものであるが,この種の前歴ある者が約一〇%あるということは注目される。

II-11表 起訴猶予に付せられた者の前科・前歴別人員と率〔東京地方検察庁および同区検察庁〕(昭和35年11月中)

 次に,前科前歴の内容についてみると,前科前歴のうち比較的悪質と認められるもの,すなわち,昭和三三年以降に前科,前歴のあるもののうち,(1)自由刑の実刑または少年院収容があるものをAとし,(2)自由刑の執行猶予期間中または仮出獄期間中のものをBとし,これらのAとBの前科前歴が起訴猶予に付された罪名と同種か同種でないかをみたのが,II-12表である。

II-12表 罪名別にみた起訴猶予者の前科・前歴の状況(東京地方検察庁および同区検察庁)(昭和35年11月中)

 これによると,AとBのうちで同罪質の前科前歴のあるものが,いわゆる起訴に値する悪質なものと一応いうことができるが,それはAにおいては三・九%,Bにおいては三・二%を占めている。罪種別にみると,悪質な前科前歴は,恐喝が最も高率であり,これに次ぐものが詐欺,横領,窃盗である。もっとも起訴猶予は前科のみで決せられるわけではなく,他に起訴猶予に付すべき特別の事情があるときには,悪質な前科前歴があったとしても,起訴猶予とされるのであるから,具体的事案を検討しなければ,その当否を判断することはできないであろう。しかし,いずれにもせよ,右のような比率で悪質な前科前歴のある者に対しても起訴猶予が行なわれていることは,注目されなければならない。
 では,起訴猶予に付する理由として,どのようなものが挙げられているであろうか。窃盗等の六罪名につき,その理由の主なものを調査したのが,II-13表である。

II-13表 起訴猶予者の起訴猶予理由別人員

 これによると,まず,全体的にみて,理由のうち最も多いのは,偶発的犯行の一九・一%で,これに次ぐものは,示談成立の一八・四%,被害の全部回復の一七・八%,事案軽微の一六・九%,身柄引受人の監護誓約の七・六%である。これを罪名別にみると,窃盗は,被害の全額回復,事案軽微 偶発的犯行を理由とするものが比較的多く,詐欺は,被害の全額回復,事案軽微,示談成立が,横領は,被害の全額回復,示談成立が,恐喝は事案軽微,偶発的犯行,身柄引受人の監護誓約が,また,傷害と暴行とは,示談成立,偶発的犯行,事案軽微が,それぞれ圧倒的に多い。
 これらの理由は,一つの事件について二以上のものが掲げられているのが通常であり,かつ,このほか改悛の情顕著という理由が加えられている場合が多いが,改悛の情は検察官の主観に依存する度合いが強いので,本調査ではこれを一応除外することにした。調査の結果として,財産罪については,被害の回復または示談の成立といった犯罪後の事情が重視されているのに反し,恐喝,傷害,暴行については,事案軽微,偶発的犯行といった犯罪の動機,態様が重視されているといえよう。
 起訴猶予に付された者は,その後再犯を犯すことが少ないであろうか。起訴猶予制度は,その感銘力に訴えて更生改善の途につかしめる点に意義があるともいえるのであるから,もし,その再犯率が高いとすれば,その運用に検討を要するものがあるといえよう。しかし,遺憾ながらこれを明らかにする資料がない。法務総合研究所では,この種の調査を近く行なうことになっているからいずれは公表できるものと思うが,ともかく,その再犯率は,起訴猶予運用の当否を決する一つのメルクマールとして意義があるといえよう。