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 昭和36年版 犯罪白書 第一編/第五章/二 

二 イギリス

 イギリス(イングランドとウエールス)は,戦時中から戦後にかけて刑法犯が相当大幅に増加した。そして,この増加の主な役割を演じているのは,窃盗であって,しかも住居侵入を伴わない単純窃盗がその主な部分を占めている。また,近年,傷害,強盗のような暴力犯罪が増加しているが,その数はわが国と比較にならない程度に少ない。イギリスの犯罪現象の特色の一つは,殺人,傷害致死,強盗殺人のような悪質な犯罪がきわめて少ないことである。また,恐喝のきわめて少ないことも,この国の大きな特色の一つである。
 次に,一九五九年の正式起訴犯罪(indictable offences ほぼわが国の刑法犯にあたる)の主要罪名別の統計とそのグラフを掲げると,I-39表およびI-14図のとおりである。窃盗が最も多く,約六五%を占め,住居等侵入の約一九%がこれに次いでいる。住居等侵入は,主として窃盗を目的とするものと考えられるが,これと窃盗とを加えると,全体の約八四%となる。そのほかこれに詐欺,賍物罪のような,暴力によらない犯罪を加えると,全体の約九〇%となるから,暴力を手段とするものの率は,きわめて少ないことになる。もっとも,暴力犯罪のなかには,正式起訴犯罪に含まれない暴行もあるが,これを考慮に入れても,暴力犯罪の占める割合は,わが国に比していちじるしく少ない。

I-39表 主要正式起訴犯罪の罪名別発生件数と率(イギリス)(1959年)

I-14図 主要正式起訴犯罪,罪名別発生件数の百分率(イギリス)(1959年)

 売春関係の犯罪のうち,いわゆるひもの取締は,最も効果を挙げているといわれている。イギリスでは売春所得寄生罪(Living on prostitute’s earnings)をもうけて,ひもの取締にあたっているが,最近における治安裁判所における売春所得寄生罪の有罪人員は,I-40表に示すように,その大部分は軽懲役の実刑であって,その占める比率は八〇%をこえている。治安裁判所では六月以下の刑が言い渡されるにすぎないが,立証が容易であること(裁判の実際では,検察側は被告人が売春婦と共同して生活しているという外形的事実を立証すればよく,被告人側はこれに対して売春婦から生活費の一部も受け取っていないことを立証しなければ,有罪とされている),裁判がきわめて迅速であること等によって,その取締は徹底的に行なわれているようである。

I-40表 売春所得寄生者に対する科刑別人員(イギリス治安裁判所,1957〜59年)

 イギリスでは,最近政府の売春問題に関する委員会および英国社会生物学協会(British Social Biology Council)によって売春事犯に関する調査が行なわれ,その結果がそれぞれ別に発表されているが,これによると,現在は女子に売春を強要するようなひもはほとんどないといってもよいほどであるとのことである。なお,右のようなひもの立証について犯罪事実を法律上推定する規定は,フランス刑法,ニューヨーク州刑法等にももうけられている。
 青少年犯罪は,イギリスにおいても最近増加の傾向がうかがわれる。しかし,その主たる犯罪は窃盗であって,悪質な犯罪は比較的少ないようである。これは,青少年犯罪に対する同国の刑事政策が成功しているためかも知れない。一九五九年における青少年の事件の処理状況を明らかにするために,ほぼわが国の刑法犯にあたる正式起訴犯罪について,その裁判結果別の人員を示すと,I-41表42表のとおりであり,これを円グラフにすると,I-15図16図のとおりである。そして,イギリスとの比較のために,わが国の年長(一八才以上二〇才未満)年少(一四才以上一八才未満)別の少年事件処分別の人員とその円グラフを示すと,I-43表およびI-17図18図のとおりである。

I-41表 犯罪少年(14才以上17才未満)正式起訴犯罪裁判結果別人員と率(イギリス)(1959年)

I-42表 犯罪青年(17才以上21才未満)正式起訴犯罪裁判結果別人員と率(イギリス)(1959年)

I-15図 犯罪少年(14才以上17才未満)の正式起訴犯罪裁判結果別百分率(イギリス)(1959年)

I-16図 犯罪青年(17才以上21才未満)の正式犯罪裁判結果別百分率(イギリス)(1959年)

I-43表 少年刑法犯の年齢別処分別人員(日本)(昭和34年)

I-17図 少年刑法犯(年少少年)の処分別人員の百分率(日本)(昭和34年)

I-18図 少年刑法犯(年長少年)の処分別人員の百分率(日本)(昭和34年)

 もっとも,両国の比較については,イギリスでは青年は少年裁判所で審判されず処遇の面で少年に準じて取り扱われるにすぎないこと,すべての少年について刑事処分に付することができること,検察制度全般を通じて起訴の法定主義がとられ,成人についても起訴猶予制度が認められていないこと,わが国では少年について罰金の換刑処分が禁止されていること等の点を考慮に入れる必要がある。しかし,これらの点を考慮に入れたとしても,わが国はイギリスに比較して刑事処分が少なく,かつ,保護観察を付さない不開始,不処分が多い点に特色があるといえよう。わが国の不開始,不処分は,イギリスの絶対的免責に近いということができるが,絶対的免責の占める割合は,少年三・九%,青年一・六%にすぎない。またイギリスの自由刑の実刑は,拘禁刑と少年刑であるが,青年(一七才以上二一才未満)における拘禁刑と少年刑の合計は約一五%であり,また,罰金は約三八%を占めて保護観察より多い。少年(一四才以上一七才未満)における罰金は約二一%を占めている。しかるに,わが国では,年長少年(一八才以上二〇才未満)の検察官送致は比較的多く,全体の一六%を占めているが,その大部分は罰金であり,自由刑の実刑の執行を受けたものは,昭和三四年において八五〇人にすぎないから,家庭裁判所処理人員の総数に対する比率は約一・八%である。また,同年における年少少年(一四才以上一八才未満の自由刑の実刑の執行を受けたものは,一〇二人であって,その比率は約〇・一%である。したがって,イギリスにおいては,刑罰を科せられる場合がわが国よりはるかに多いといえよう。
 次に,イギリスは,その交通秩序において世界のうちで模範的な国といわれているが,青少年の交通事件について,どのような処理が行なわれているであろうか。わが国の交通秩序は憂うべき状態にあるから,両国を比較するために,イギリスの道路交通取締法令違反の年齢層別有罪人員とわが国の道交違反の年齢層別処分人員とを示せば,I-44表45表およびI-19図20図のとおりである。

I-44表 道路交通取締法令違反年齢層別・処分別有罪人員と率(イギリス)(1959年)

I-45表 道路交通取締法令違反の年齢層別・処分別人員(日本)(昭和34年)

I-19図 道路交通取締法令違反年齢層別・処分別有罪人員の率(イギリス)〔治安裁判所事件〕(1959年)

I-20図 道路交通取締法令違反の年齢層別・処分別人員の率(日本)(昭和34年)

 これによると,イギリスでは交通違反事件については,青年と一般成人との間にはほとんど区別が認められず,そのほとんどに罰金が科せられている。また,少年についても九二・四%に罰金が科せられているのである。ところが,わが国では年長少年についても不開始,不処分が八八%を占めており,刑事処分に付されるものは約一一%であって,イギリスとの相違はきわめて大きい。