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累犯ないし常習犯に対する対策は,19世紀後半以来諸国において取り上げられてきた課題であるが,今日なお,常に新しい刑事政策上の重要問題となっている。
第二次大戦後の主要な国際会議に限って見ても,1950年ハーグで開かれた第12回国際刑法刑務会議が「常習的犯罪者の処遇及び釈放」を議題の一つに取り上げ,常習的犯罪者対策の基本的事項について重要な決議をしたのをはじめ,1955年のロンドンでの・第3回国際犯罪学会議は,「累犯」を問題として,累犯の定義及び統計,累犯の形態,累犯の原因,累犯の予後等のほか,累犯の処遇を扱っている。更に,国際連合は,1965年ストックホルムで開かれたその第3回犯罪防止犯罪者処遇会議において,「累犯防止対策」を議題の一つに取り上げ,累犯に関する科学的研究の必要性,未決拘禁の短縮及び迅速な裁判と累犯の関係,適正な量刑及び平等な刑事司法の運営,法律扶助活動,分類及び処遇技術,更生保護事業等を含む諸問題を論議している。 かように,国際会議でもしばしば取り上げられて広範かつ多岐にわたる論議がなされていることからもわかるように,累犯対策は,世界各国における今日的課題の一つであり,実際上解決の困難な問題が少なくない。 既に前章までで見てきたように,累犯は,刑事司法,矯正及び更生保護の各処遇分野に関係し,それぞれの分野での問題となって現れている。そこで,累犯の処遇対策についても,まずもって,それぞれの分野における問題点を堀り下げて実証的・科学的な調査研究を遂げ,その結果を総合的に考察して処遇対策に反映していく必要があるであろう。 さて,さしあたり見てきたところでは,近時の我が国における累犯現象は,そう憂慮するまでの状態にはないようにも思われる。それと言うのも,近時における有罪人員総数中に占める累犯者の比率には,全体として低下の傾向が見られるのである。しかも,有罪人員総数が増加傾向にあればともかく,その全体としての減少傾向の中で,そうなのである(第1章第4節参照)。更に,第1章第4節で詳論したように,電算化された犯歴データ38万人分の分析の結果判明した近時における再犯率の大幅な低下も,前記のような累犯現象についての好ましい評価を裏付ける有力な事実と言えよう。そして,このような好結果は,我が国の社会的・経済的諸条件の好転によるところが大きいにしても,なお我が国の刑事司法,矯正及び更生保護の各処遇分野における努力が累犯防止上も功を奏していることの証左とも言えるであろう。 ところで,全体的な統計上の数字はともあれ,我が国の累犯現象について更に子細に見てみると,問題がないというわけではない。例えば,既に見てきたところではあるが,殺人,放火,強姦・同致死傷というような重大な犯罪を犯して一度刑に処せられたことがあるのに,更に同様の犯罪を犯して施設に入所する者が,毎年相当数存在し,しかも,その数が各年ほぼ一定していること(例えば,昭和47年以降の最近5年間の年間平均では,殺人の場合ほぼ16人,放火の場合ほぼ11人,強姦・同致死傷の場合ほぼ60人),51年の再入受刑者についての調査によれば,前刑・再入刑共に放火である者は14人であるが,そのうちの5人は,再入刑をも含めて放火による入所経験が3回もあり,しかも,前刑出所後1箇月も経ないうちに放火の犯行に及んでいる者もあり,その他,強姦・同致死傷,強制わいせつ・同致死傷,強盗・同致死傷のような重大犯罪による入所経験3回以上というような危険な犯罪者が相当数存在するなどの事実が認められ(第4章第1節参照),また,精神障害犯罪者の再犯率が高率で,その再犯期間が短いこと(第4章第2節参照)や近時における全般的な再犯率の低下という事実のある反面,ほぼ一定数のひん回再大者が存在すること(第2章第1節参照),更には,再大者中前刑罪名との一致率の最も高いのは窃盗,次いで詐欺であるが,これら窃盗・詐欺の累犯者は,概して,社会にあっては貧しく,頼るべき身寄りもなく,そして,更生意欲に乏しいこと(第4章第3節参照)などの問題点が指摘できるのであって,しかも,これら犯罪者の再犯防止に関しては,すべて万全の対策が用意されているというわけでもない。 以上のような諸点を考えると,社会・経済の一般的繁栄にもかかわらず,これに背を向け,あるいは,取り残され置き去りにされたまま大小の犯罪を繰り返している一群の人々が存在するように思われるのであって,我が国の刑事政策における今日の課題は,このような累犯者に焦点を当てた木目の細かい施策を用意し,かつ,実施し,累犯を一層減少させるとともに,現在有効な施策の外に置き去られている感のある一部累犯者の改善更生・社会復帰を強力に押し進めることによって,累犯からの社会の保護を全うすることにあるであろう。 |