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 昭和42年版 犯罪白書 第三編/第一章/二/2 

2 家族と犯罪少年

 戦後,家族制度の著しい変革に伴い,わが国の「家族」が,ざまざまな面で変容してきていることは,しばしば指摘されている。
 たとえば,III-20表は,わが国の世帯構成員について,大正九年以降の国勢調査年次ごとの変化を示しているが,これによってみると,一般世帯構成人員数の全国平均は,以前は,おおむね五人前後であったが,最近一〇年間に著しく減少し,昭和四〇年には,四・〇五人となるに至っている。このことは,とくに,郡部よりも市部に著しく,昭和四〇年の市部の平均は,三・八六人となり,戦前,戦後を通じ,初めて,四人台を割っている。世帯とは,現実に,日常の家庭生活を共同に営んでいる集団の単位であるから,血縁と姻戚の結合を基礎とする家族と,全く同一単位であるということはできないが,わが国の場合,両者が実質的に同じであることが多いので,この資料によっても,最近の家族生活の形態が,その構成員数の減少という点で,かなり変容していることをうかがい知ることができる,すなわち,従来は,親,子,孫などが同居して共同生活を営んでいる場合が多かったが,最近では,夫婦とその子ども単位の家庭が増加してきていることや,多子家庭が少なくなったことを示しているものと思われる。

III-20表 一般世帯における一世帯当り人員

 このような家族構成員の減少と並んで,構成員が家庭生活のさまざまな側面で抱いている意識や態度も,最近では,かなり変化してきている。文部省統計数理研究所が,昭和三八年一〇月現在で,満二〇歳以上の日本人,三,六〇〇人を対象として行なった「国民性調査」の結果によれば,日本人の意識,態度は,戦前に比べてかなり変ったことが報告されている。すなわち,全調査対象の七〇%は,「日本人は,戦前に比べ,親孝行をしなくなった。」と回答し,六六%は,「恩返しをしなくなった。」と答え,七六%は,「日本人は,以前より,個人の権利を尊重するようになった。」と答えている。
 右のような制度の変革,構成員数の減少,家庭生活の諸側面での意識,態度の変容のほかに,最近,とくに注目すベき現象は,いわゆる経済の成長に伴う家族の経済的生活の変化ということである。経済企画庁の調査によれば,昭和四〇年の個人所得総額は二四二,四五一億円,個人消費支出は一七五,三四〇億円であって,これを昭和三〇年のそれに比べると,個人所得においては約一七兆円,個人消費支出においては約一二兆円増加している。このような所得および消費の増加は,一方において物価の上昇,貨幣価値の低下があるとしても,家族の食生活の質的向上,衣生活の高級化,耐久消費財の普及,レジャー関係消費の増大などという形で現われてきている。ちなみに,経済企画庁の,昭和四一年度国民生活白書によれば,昭和四一年には,都市勤労者世帯の実収入は,七五,三七二円,消費支出は五六,五一五円となり,前年に比べて,それぞれ一〇・二%,九・六%増加し,農家世帯でも,収入,支出ともに堅調な増加が続いていることが,指摘されている。
 さて,このような背景のもとに,犯罪少年とその家族の問題について,最近における注目すべき二,三の点を指摘しよう。
 第一点は,犯罪少年の属する家庭の経済的生活程度が,全般的にみて,かなり高まってきている,ということである。
 前述のように,わが国の国民生活水準の上昇に伴い,生活がさほど困窮していない,いわゆる中流家庭も増加したと考えられる。経済的生活程度の基準は,これを一義的に定めることが困難であって,さしあたり,全国的な動向を知るための完全な資料を得ることはできないが,部分的な統計などによって,ある程度推定することは可能である。たとえば,厚生省の資料によれば,わが国の被保護世帯率(全世帯数の中で占める被保護世帯の百分比)は,昭和三〇年には三・六八であったものが,三五年には二・九六,四〇年には二・六七と,減少してきている。一方,国税庁の調査によれば,全国の所得階級別給与所得者数は,昭和三五年には,二〇万円以下の所得階級に属する給与所得者は,全体の四四・二%を占めていたが,逐年減少し,三九年には一五・五%となっており,これに対して,三〇万円をこえる所得階級に所属する者は,三五年の三四・八%から,三九年の六二・八%に至るまで,増加し続けている。そして,五〇万円をこえる所得階級に属する者の増加割合が,著しく高いことが明らかである。もちろん,この間における物価の上昇と貨幣価値の低下を考慮しなければならないが,それを調整したうえでの国民の実質所得もまた,上昇を示しており,一方,所得格差が縮少の傾向にあることは,経済関係の統計の示しているところである。ところで,司法統計年報によって,全国の家庭裁判所で取り扱った一般保護少年(道路交通法違反保護事件を除いた一般保護事件として取り扱われた少年をいう。以下,この節において同じ。)について,その保護者の経済的生活程度を,昭和三〇年,三五年,三九年および四〇年の各年次別にみると,III-21表に示すように,保護者の経済的生活程度が,「要扶助」または「貧困」というものは,昭和三〇年には,同年次の全保護少年の六一・七%であったが,三五年には五七・二%,三九年には二七・五%,四〇年には二四・八%となり,一〇年間に三六・九%減少している。これに対して,経済的生活程度が,「普通」または「富裕」というものは,昭和三〇年には,わずか二七・二%にすぎなかったが,逐年増加し,四〇年には,七一・三%となるに至った。

III-21表 保護者の経済的生活程度(昭和30,35,39,40年)

 前述のように,わが国の被保護世帯率が,この一〇年間に,おおむね一%減少しているのに対して,一般保護少年の場合,その保護者のうち,「要扶助」(家庭裁判所の統計のための基準では,被保護家庭を指している。)という者の減少が,同期間に六・〇%にも達していることは,犯罪少年の属する家庭の経済的生活状態が,良好な者が多くなってきている事実の一端を物語るものと言えよう。
 つぎに,参考までに,III-22表によって,刑法犯保護少年の属する家庭の経済的生活程度別に,少年の犯した罪種をみると,窃盗は,どの経済的生活程度の家庭に属する少年についても多いが,とくに,「貧困」および「要扶助」の家庭の少年の中で,占める割合が高い。詐欺および横領は,実数は少ないが,前記二種の家庭に属する少年中に占める比率が,他よりやや高い。これに対して,暴行および傷害は,「富裕」または「普通」の家庭の少年の比率が高い。恐かつは,「富裕」において最も高率であり,ついで「貧困」な家庭の少年の割合が高い。強盗,放火および殺人は,「要扶助」家庭の少年に高く,強かんおよびわいせつは,「富裕」な家庭の少年中に占める割合が高い。業務上過失致死傷は,経済的生活程度が「普通」の家庭に属する少年が高率である。ちなみに,法務省特別調査の結果によれば,保護者の経済的生活程度が,「普通」というものが最も多く,全対象少年の七二・九%を占めており,ついで,「下」二四・〇%が多い。「上」および「極貧」というものは,各〇・八%にすぎない。なお,III-23表でみると,家庭の経済的生活程度が不良な少年ほど,補導歴がある者が多く,また,補導回数の多い者の割合が高いことがわかる。

III-22表 保護者の経済的生活程度別にみた刑法犯保護少年の罪種(昭和40年)

III-23表 保護者の経済的生活程度と少年の補導回数

 第二点は,犯罪少年の保護者の職業構成にさまざまな変化がみられてきている,ということである。
 III-24表およびIII-7図は,昭和三〇年,三五年および四〇年の各年次について,全国就業者の職業別構成比率を示し,かつ,同年次における一般保護少年の保護者の職業別構成比率と比較したものであるが,これらによると,全国就業者の職業別構成比率が増勢にあるものは,管理・事務などのいわゆるホワイト・カラー職種,運輸・通信,技能工・生産工程従事者,サービス・保安職業などであり,減少傾向にあるものは,農林・漁業,採鉱・採石業などである。一方,一般保護少年の保護者の職業構成についてみると,増勢にあるものに,管理・事務的職業,技能工・生産工程従事者であって,減少傾向にあるものは,農林・漁業,採鉱・採石業,サービス業などである。両者を比較して,異なる傾向を示しているのは,運輸・通信業とサービス業で,これらは,全国就業者が増加しているにもかかわらず,一般保護少年の保護者は,横ばいないし減少している。さらに,構成比率の大小という点から比較すると,昭和四〇年において,全国就業者の構成比率に比べて,一般保護少年の保護者の構成比率が上回っている職業は,販売従事者(商品その他の販売に従事する者など),農林・漁業,採鉱・採石従事者および技能工・生産工程従事者である。右に関連して,法務省特別調査により,犯罪少年の保護者の職業構成をみると,III-25表に示すように,工員・職人・人夫・土工など,いわゆるブルー・カラー的職業が最も多く,職業のある保護者の中の三四・一%を占めている。農林・漁業が,これについで多く,二四・八%で,専門・技術・管理・事務などのホワイト・カラー職業は,一四・一%である。同表により,これを,少年の罪種との関連でみると,専門・技術・管理・事務のいわゆるホワイト・カラー職業に従事する保護者を持つ犯罪少年の犯した罪種で,高い割合を示しているものは,詐欺・横領である。「農林・漁業」の場合は,強かん・わいせつ,「工員・職人・人夫・土工」では,強盗・殺人などが,それぞれ高い割合を占めている。

III-7図 全国就業者および一般保護少年保護者の職業別構成比の推移(昭和30,35,40年)

III-24表 全国就業者および一般保護少年の保護者の職業別構成比の推移(昭和30,35,40年)

III-25表 犯罪少年の保護者の職業と少年の罪種

 第三点は,犯罪少年の両親の存否の状況が,かなり変化してきたとみられることである。III-26表は,一般保護少年について,保護者の状況をみたものであるが,実父母のある者は,昭和三〇年には,全体の四五・一%であったが,その後,増加し続け,昭和四〇年には,七一・九%を占めるに至った。これは,前年に比べて,実数で一万人弱,構成比率で二・三%の増加である。他方,養継親を含めて両親または片親が欠けている,いわゆる欠損家庭に属する少年は,昭和三〇年には統計で明らかなもののみについでみでも,三四・六%を下らなかったが,三九年には一九・六%,四〇年には,一八・二%となり,一〇年間にかなり大幅に減少している。このように,犯罪少年の属する家庭の欠損割合が少なくなっていることは明らかであるが,わが国の人口現象にみられる最近の傾向の一つとして,死亡率の減少があげられ,また,以前に比べて,再婚が遠慮なく行なわれるようになったこと等の社会情勢の変化が,一般的に欠損家庭を少なくさせているのではないかと考えられるので,上述した一般保護少年の属する家庭にみられる変化が,直ちに犯罪少年の家庭の特徴であると断定することは差し控えなければならない。このような推移を明らかにするための資料は,さしあたって,みられないが,厚生省児童家庭局が,昭和三九年八月一日現在で実施した「全国家庭福祉実態調査」によると,児童(一八歳未満の者)のいる家庭数は,全国で,一六,二九二,〇〇〇(全家庭数の六二・六%)であって,このうち,父(実父または養・継父)がいない家庭は,一,〇四五,〇〇〇(児童のいる家庭の六・四%)母(実母または養・継母)がいない家庭は二一四,〇〇〇(一・三%)であると推計されている。右の調査の対象となった児童の年齢区分と,一般保護少年の年齢区分とは,同一でないから,両者を,このままで比べることは,必ずしも適当ではないが,この資料によってみても,犯罪少年の属する家庭は,欠損家庭が,減少しているとはいえ,なおかなり高率であることがうかがわれる。とくに犯罪少年の場合,欠損の態様として,前掲III-26表で明らかなように,父のない家庭がかなり高率であることは,注意される。なお,法務省特別調査の結果によれば,III-27表に示すように,犯罪少年の保護者のうち,最も多いものは,「実父母」で七三・二%,ついで,「実母のみ」一三・七%,「実父のみ」四・九%が多く,「両親なし」というものは一・八%である。欠損家庭は,全体の二〇・七%を占めている。また,同表によって,両親の状況と少年の補導経験の有無および回数の関係をみると,実父母のある家庭に属する犯罪少年のうち,警察で補導された経験のある者は三七・四%であるのに対して,欠損家庭の少年のそれは,四九・三%であり,補導された回数も,欠損家庭の少年の方が多いことがわかる。

III-26表 一般保護少年の保護者の状況(昭和30,35,39,40年)

III-27表 犯罪少年の保護者の状況と補導経験の有無

 犯罪少年と家族に関する問題点の第四は,いわゆる共かせぎ家庭に属する少年の犯罪ということである。共かせぎ家庭とは,広義には,父母ともに,なんらかの職業を持って,働いている家庭のことをいうが,それは,父母が従事している職業の種類,従業上の地位などによって,さまざまな形態がある。一般には,両親,とくに,母親が家庭外に職場を持って働いている常用勤労者または日雇労働者である場合のみをさして用いられることが多い。前記厚生省の「全国家庭福祉実態調査」(昭和三九年八月実施)によって,全国の児童のある家庭について,母親の職業の有無および従業上の地位をみると,III-28表のとおりである。これによると,母親が常用勤労者または日雇労働者である共かせぎ家庭は,合わせて,一二・五%である。

III-28表 児童のある家庭の母親の就業状況

 ちなみに,東京都が昭和四〇年二月に,都下の小,中学生全員について調査した結果によれば,両親が共かせぎをしている家庭は,小学校では全体の一一・二%,中学校では一〇・九%を占めていると報告されている。共かせぎの実態と,それが少年に及ぼす影響などについては,共かせぎの態様,地域による差などがあって,一義的にこれを論ずることはできないが,法務総合研究所では,昭和四一年一〇月に,東京都内および川崎市内の小,中学生八五一人およびその母親を対象として,共かせぎ家庭の実態調査を実施したので,ここに,その概要を紹介する。
[1] 共かせぎ家庭の子供の数は,二人以下が五〇%であり,八〇%の母親は,一日六時間以上の常用労働に従事している。職種は,工員,熟練を必要としない肉体労働,店員などが六五%であって,仕事についた理由として,六八%の者が,「生活には困らないが,さらに収入が欲しい。」などということをあげている。「生活に困っているから。」という理由をあげた者は,一四%にすぎない。
[2] 母親が仕事につくことに対しては,父親の四七%,子供の三四%が賛成している。働いている母親は,大部分の家事を引き受けており,子どもとの接触時間は,きわめて短い。
[3] 共かせぎ家庭の子どもは,そうでない家庭の子どもに比べて,課外に学校で遊んだり,道路などで時間をつぶすことが多く,こづかい銭の大部分を飲食物に費消している。一日平均の勉強時間は短い。母親に対して,不満を持っている者の割合が多く,「母が仕事をやめて家にいて欲しい。」「たまには,一しょに遊んで欲しい。」などという者が四〇%いる。
 共かせぎ家庭では,両親,とくに母親と少年との間の接触が少ないため,ややもすれば,少年が,家庭生活から離脱し,両親の目の届かないところで,非行などに走る危険性があるとみなければならない。法務省特別調査によれば,調査の全対象者中,両親が共かせぎしている家庭(農家,商店等の自家営業および内職の場合を含まない。)の少年の占める割合は,一七・五%であって,かなり高率である。同調査によって,共かせぎ家庭の少年の犯した罪種を,そうでない家庭の少年と比べると,III-29表のとおりである。これによると,共かせぎ家庭の少年の割合が高い罪種は,財産犯および性犯罪である。凶悪犯についても,例数は少ないが,やや高率である。

III-29表 共かせぎ家庭少年の犯罪(刑法犯)