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 昭和42年版 犯罪白書 第二編/第一章/二/2 

2 刑の量定

 裁判官は,法律によって定められている法定刑の範囲内,または,これに,法定の修正が行なわれた処断刑の範囲内で,具体的な刑を言い渡すが,このように,被告人に対して宣告されるべき刑の内容を具体的に決定することを刑の量定と呼んでいる。刑の量定は,右の法定刑ないしは処断刑の範囲内において,裁判官の自由裁量に任されている。しかし,自由裁量といっても,裁判官の主観的なし意を許すものではたく,合理性を持ったものでなければならない。
 刑には,二つの大きな目的があり,一つは,刑の一般予防的機能であり,もう一つは,刑の特別予防的機能であるとされている。この両者のうち,どちらに重きをおいて量刑をするかは,犯罪の種別によっても異なるが,裁判官の人生観にも,つながる問題であり,一概に,どちらを重視すべきものと,理論的に割り切ることはできないであろう。
 ところで,裁判の実際では,裁判官,検察官,弁護士といった実務家の間で,長い歳月の間に,個々の事件の科刑の積み重ねを経て,自然にでき上がった量刑についての慣行の尺度といったものがあり,この尺度によって,求刑,判決がなされている。ただし,この量刑の慣行による科刑といっても,だいたいのわくが決まっているにすぎず,このわくの中では,裁判官の個人差が生ずることになる。この個人差が,量刑の慣行の尺度のわくをはみ出した科刑に対しては,上訴審による是正が行なわれるが,これとて,不変なものではなく,時代の流れにしたがって変わってゆくものである。
 ところで,戦後におけるわが国の量刑の特色は,緩刑化の傾向を示しているということである。すなわち,死刑・無期などの重い刑罰が減少したこと,刑法犯の量刑が法定刑の下限またはそれ以下に集中する傾向があること,刑の執行猶予率が飛躍的に増加したことなどであるが,また,六月以下のいわゆる短期自由刑の言渡率が著しく低くなっていることも指摘される。
 そこで,以下,統計を中心にして,量刑をみることにしよう。

(一) 統計からみた量刑の一般的傾向

(イ) 通常第一審裁判の科刑の分布状況
 まず,昭和四〇年中に,通常第一審手続で懲役または禁錮を言い渡されたものの刑期別の比率をみると,II-23表のとおりである。これによると,懲役では,一年以上二年未満の者が最も多く,総数の四二・九%,これについで,六月以上一年未満が三〇・四%,二年以上三年未満九・三%,六月未満八・五%,三年の四・三%となっている。結局,三年以下の者は,総数の九五・四%である。そして,懲役刑のうち,五一・八%は,執行猶予を付されているから,実刑は残りの四八・二%にすぎないこととなる。つぎに禁錮をみると,六月以上一年未満が総数の六一・六%,一年以上二年未満が二二・四%,六月未満が一四・四%であるから,禁錮の総数の九八・四%が二年未満である。そして,禁錮の執行猶予言渡率は,七一・五%であり,実刑に処せられる者は,かなり少ないのである

II-23表 通常第一審有罪人員の懲役・禁錮の科刑別人員と率(昭和40年)

 これを,刑法犯と特別法犯とに分けてみると,懲役では,執行猶予の言渡率が,特別法犯は七二・九%であって,刑法犯の四八・九%に比して著しく高い。また,量刑の分布状況も,特別法犯では,一年未満が七五・八%を示しているのに対して,刑法犯は三三・八%にすぎないことが注目される。禁錮では,刑法犯でも特別法犯でも,一年未満の科刑が多いが,特別法犯の執行猶予が九一・八%と著しい高率をみせているのは注目に値する。
(ロ) 主要罪名別科刑の状況
 刑法犯のうち,殺人(第一九九条,ただしえい児殺を除く。),強盗(第二三六条),窃盗(第二三五条),業務上過失致死傷(第二一一条,ただし,重過失致死傷を除く。)の四罪名を選び,これらについて,昭和三七年以降の科刑の分布比率をながめてみよう。この四罪名を選んだ理由は,殺人と強盗は,いわゆる重大犯または悪質犯と呼ばれるもので,その法定刑は,いずれも重いうえ,その下限が定められているので,科刑の一般的傾向,とくに,科刑が法定刑の下限に集中しているかどうかをみるのに比較的容易であり,窃盗は,財産犯の代表的罪種であり,また,業務上過失致死傷は,現在,刑法犯の約半数に近づき,逐年増加の傾向をみせ,今や,大きな社会問題となっている罪種であるからである。
 まず,殺人罪の法定刑は,その上限が死刑,その下限が懲役三年である。昭和四〇年における殺人の科刑の分布比率は,II-5図のとおりで,昭和三七年以降の推移をみると,II-24表のとおりである。これによると,昭和四〇年では,死刑は,有罪総数の〇・五%,無期懲役は,一・四%,また,七年をこえる有期懲役は,二五・六%であるが,法定刑の最下限である懲役三年が二八%,最下限の三年を下回るものが一三・五%であるから,総数の四一・五%が,法定刑の最下限か,または,これを下回る科刑を言い渡されたことになっている。法定刑の最下限またはこれを下回る科刑の率は,昭和三七年で,四五・三%,昭和三八年に,四〇・八%,昭和三九年は,四二・四%と,例年それほど大差がみられない。なお,殺人罪の執行猶予率が,二二・八%ないし二五・九%という相当の高率になっていることは,注目に値する。

II-5図 殺人罪(第199条)の有罪人員の科刑別人員と率(昭和40年)

II-24表 殺人罪(第199条)の有罪人員の科刑別人員と率(昭和37〜40年)

 強盗の法定刑は,その上限が懲役一五年,その下限が懲役五年である。昭和四〇年における強盗の科刑の分布比率は,II-6図のとおりで,昭和三七年以降の科刑分布の推移をみると,II-25表のとおりである。これによると,昭和四〇年では,懲役七年をこえるもの一・五%,法定刑の最下限である懲役五年をこえ七年以下が九・九%で,計一一・四%が法定刑をこえるのみで,残り八八・六%は,最下限である懲役五年以下である。この高率は,例年大差なく,昭和三七年で八六・二%,昭和三八年で八八・二%,昭和三九年で八〇・九%となっているだけでなく,総数のうち,二三・二%ないし二五・三%に,執行猶予が付されている。

II-6図 強盗罪(第236条)の有罪人員の科刑別人員と率(昭和40年)

II-25表 強盗罪(第236条)の有罪人員の科刑別人員と率(昭和37〜40年)

 つぎに,窃盗の法定刑は,その上限が懲役一〇年,その下限が懲役一月である。昭和四〇年における窃盗の科刑の分布比率は,II-7図のとおりで,昭和三七年以降の科刑分布の推移をみると,II-26表のとおりである。これによると,昭和四〇年では,懲役一年以上二年未満が最も多く,有罪総数の五九・七%を占め,これに続くのが,六月以上一年未満の二六・三%である。

II-7図 窃盗(第235条)の有罪人員の科刑別人員と率(昭和40年)

II-26表 窃盗(第235条)の有罪人員の科刑別人員と率(昭和37〜40年)

 懲役三年以上は,わずかに三・四%にすぎず,有罪総数の八六・七%が,二年未満に集中している。なお,昭和三七年では,二年未満は八七・三%,昭和三八年で,八六・七%,昭和三九年には,八七・一%となっている。また,執行猶予言渡率も,昭和三七年四六・九%,昭和三八年四六・五%,昭和三九年四八・〇%,昭和四〇年は四九・九%と増加している。
 最後に,業務上過失致死傷であるが,その法定刑中,自由刑の上限は,禁錮三年,下限が,禁錮一月である。その昭和四〇年の科刑の分布比率は,II-8図のとおりで,昭和三七年以降の科刑分布の推移は,II-27表のとおりである。これによると,昭和四〇年では,禁錮六月以上一年未満が,最も多く,総数の六二・九%を占めている。ついで,一年以上二年未満の二二・八%,六月未満の一二・八%の順となっている。結局,禁錮刑総数の七五・七%が一年未満の科刑となっている。もっとも,この一年未満の科刑は,わずかずつではあるが,減少の傾向を示している。すなわち,昭和三七年では八六・二%,昭和三八年では八三・一%,昭和三九年には八二・三%である。これと逆に,昭和四〇年では二年以上の者が三九年に比べて〇・五%増加しているだけでなく,併合罪加重等の理由で法定刑の上限を上回る者の数が年々増加の傾向を示しているのは,三年ではまかえ々ない事犯が発生してきたものと思われる。ただ執行猶予言渡率は,相当高く,昭和三七年で,禁錮刑総数の七一・六%,昭和三八年七二・一%,昭和三九年七三・三%であるが,昭和四〇年は,七一・七%と前年より一・六%減少し,わずかではあるが,実刑率が高まっている。

II-8図 業務上過失致死傷(第211条前段)の有罪人員の科刑別人員と率(禁錮刑のみ)(昭和40年)

II-27表 業務上過失致死傷(第211条前段)の有罪人員の科刑別人員と率(禁錮刑のみ)(昭和37〜40年)

 以上,四罪名の科刑の分布比率について詳述したが,その一般的傾向は,科刑が法定刑の下限または下限を下回るものに集中していること,執行猶予が大幅に適用されていることなど,緩刑化の傾向にあることが明らかである。

(二) 刑の執行猶予

 刑の執行猶予の制度は,明治三八年に,わが国に採り入れられ,数次の改正を経て,その適用範囲が順次拡大され,現在では,前科のない者等に三年以下の懲役もしくは禁錮または五万円以下の罰金を言い渡すときに,一年以上五年以下の期間内,その執行を猶予することができるほか,刑の執行猶予中の者に対して再度の執行猶予を言い渡すことも認められている。刑の執行猶予は,自由刑,ことに短期自由刑の弊害を回避するために考慮されたものといわれているが,わが国の裁判の実際では,短期自由刑の回避というよりは,むしろ,刑の執行を猶予することによって,その感銘力に訴えて本人の改善を促すという点に重きをおいているように思われる。
 刑の執行猶予は,その猶予期間を無事に経過させることに主眼があるから,再犯のおそれの全くない者は別として,その期間中,保護観察を付け,本人の更生改善を補導援護し,再犯を防止しなければ,刑事政策上,万全のものとはいいがたい。わが法では,再度の執行猶予を言い渡す場合を除いて,保護観察に付するかどうかを裁判所の裁量に任せている。執行猶予の言渡しに,保護観察を裁量的に付ける場合が,年とともに増加しているが,これは,保護観察の重要性が漸次認識されてきた結果と思われる。
(イ) 執行猶予の言渡率
 さきに,戦後における刑の量定の特色の一つとして執行猶予言渡しの飛躍的な増加をあげたが,その実情をみることにしよう。II-28表は,昭和四〇年から過去一一年間にさかのぼり,第一審における自由刑の言渡人員と執行猶予人員および執行猶予率(有期の懲役・禁錮の言渡人員で執行猶予人員を除したもの。)を示したものである。これによると,昭和三三年を除き,執行猶予率は,逐年増加の傾向を示している。昭和三〇年では,執行猶予率が四六・〇%であるのに,一一年後の昭和四〇年では,五三・五%と,七・五%の増加をみせている。

II-28表 第一審懲役・禁錮言渡中の執行猶予人員と率(昭和30〜40年)

 執行猶予は,三年以下の懲役,禁錮のほか,五万円以下の罰金にも付けることができるが,II-29表は,昭和三九年と昭和四〇年につき,懲役・禁錮・罰金の各確定判決のうち,執行猶予の付けられたものの比率をみたものである。これによると,懲役は五一・九%または五三・五%,禁錮は七六・〇%または七七・一%,罰金は約〇・〇一%に,それぞれ執行猶予が付けられていることがわかる。懲役は,三年以下を言い渡す場合に限って執行猶予を付けることができるから,刑期が三年以下の懲役の総数のうち,執行猶予の率がどのくらいかをみると,昭和三九年には五四・五%,昭和四〇年には五五・九%となっている。

II-29表 懲役・禁錮・罰金の確定判決人員と執行猶予付人員およびその率(昭和39,40年)

 つぎに,刑法犯の主要罪名につき,通常第一審で有罪の言渡しを受けた者のうち,執行猶予に付せられた者の人員と比率を示すと,II-30表のとおりである。これによると,執行猶予率の高いものは,贈賄の九七・二%,収賄の八九・六%,公務執行妨害の七二・五%,業務上過失致死傷の七一・七%,公文書偽造の七〇・二%,業務上横領の六七・七%,強制わいせつの六一・二%等となっており,低いものは,強盗の二四・〇%,殺人の二五・三%,強かん致死傷の三六・八%,放火の三八・一%,強かんの四〇・〇%,詐欺の四四・八%の順となっている。なお,執行猶予者中,保護観察の付けられたものの割合をみると,強盗の四二・六%が最も高く,恐かつ三五・二%,強かん三四・一%,放火三一・七%,強かん致死傷三〇・二%がこれについでいる。贈賄,収賄については,執行猶予率が最も高いのに,保護観察に付せられたものは,贈賄が〇・五%で,収賄には全くない。

II-30表 通常第一審被告人の主要罪名別執行猶予率(昭和40年)

(ロ) 執行猶予の期間と刑期
 昭和四〇年に執行猶予の言渡しを受けた人員について,その猶予期間をみると,II-31表のとおりである。これによると,猶予斯間は,三年以上が最も多く,総数の六〇・三%を占め,これにつぐものが四年以上の一八・〇%,二年以上の一三・七%である。最も少ないのは,一年以上の一・五%である。

II-31表 執行猶予の猶予期間別人員と率(昭和40年)

 つぎに,懲役および禁錮に処せられ,執行猶予を言い渡された場合の刑期と罰金を言い渡された場合の罰金の金額を示すと,II-32表(1)・(2)のとおりである。これによると,執行猶予が付せられた場合の懲役または禁錮の刑期は,六月をこえ,一年以下のものが最も多く,総数の五七・五%を占めており,これに,六月以下の二二・三%を加えると,七九・八%までが,一年以下の刑期の懲役または禁錮に,執行猶予が付けられていることがわかる。なお,二年をこえ,三年以下のものには,わずか四%に執行猶予が付けられているにすぎない。また,執行猶予が付けられた場合の罰金の金額をみると,三千円以下が三三・九%,三千円をこえ,五千円以下が二七・三%であるから,総数の六一・二%は,五千円以下の罰金であり,三万円をこえ,五万円以下のような高額の罰金には,わずか四・一%しか執行猶予が付されていない。

II-32表

(ハ) 執行猶予の取消しと取消者の再犯期間
 II-33表は,昭和三九年と昭和四〇年につき,検察官が刑法犯について起訴および起訴猶予処分に付した総人員,すなわち,検察官が犯罪の嫌疑が十分であると認めた者の中に,犯行時,刑の執行猶予中のものがどれだけあったかをみたものである。これによると,犯行時,執行猶予中の者が,昭和三九年には総人員の一・八%にあたる九,七〇八人,昭和四〇年には総人員の一・八%にあたる九,六八八人である。そして,このうち,昭和三九年には,その七九・七%にあたる者が起訴された者の中に含まれ,昭和四〇年には,八一・八%にあたる者が起訴者の中に含まれており,執行猶予中の再犯者の起訴率は,一般の場合に比し,高くなっていることがわかる。なお,起訴された者のうち,執行猶予中の者の率は,昭和三九年で二・二%,昭和四〇年で二・〇%であり,起訴猶予処分を受けた者のうち,執行猶予中の者は,両年とも一・一%となっている。

II-33表 起訴または起訴猶予人員中の「刑の執行猶予中の者」の数と百分率(昭和39,40年)

 II-34表は,最近の三年間について,刑法犯および特別法犯の執行猶予の言渡しを受けた総人員,執行猶予の取渡しを受けた人員,取消率および取消しの事由をみたものである(ここで,取消率というのは,ある年度において執行猶予に付された者の総数で,その年度における執行猶予を取り消された者の数を除した値であるから,正確な意味での取消率とはいえないが,大体の傾向を知ることはできよう。)。これによると,刑法犯と特別法犯とを合わせたものでは,執行猶予人員の約一一%にあたる者が取消しを受けている。刑法犯についてみると,約一二%が取り消されており,また特別法犯では,約三%が取り消されている。

II-34表 刑法犯・特別法犯の執行猶予の言渡し・取消・取消事由別人員(昭和38〜40年)

 つぎに,取消しの事由をみると,その約九六%までが,刑法第二六条第一号による必要的取消し,すなわち,猶予の期間内に,さらに罪を犯し,禁錮以上の刑に処せられ,その刑に執行猶予の言渡しのないときである。これに反して,取消しを裁判所の裁量にゆだねられている同法第二六条の二に基づく場合は,著しく少ない。
 つぎに,執行猶予を取り消された者のうち,猶予期間内に再犯を犯した者について,その再犯が執行猶予の言渡しの日からどのくらいの期間を経て行なわれたかをみたものが,II-35表である。これによると,昭和四〇年においては,再犯を犯して執行猶予を取り消された者四,三一八人のうち,一七・一%が三月以内に,一六・一%が三月をこえ,六月以内に,二六・二%が六月をこえ,一年以内に,それぞれ再犯を犯している。これを累積的にみると,六月以内には三三・二%,一年以内には五九・四%が再犯を犯したことになる。執行猶予の言渡しを受け再犯を犯した者のうち,約六割は,言渡時から一年もたたないうちに再犯に及んだことがわかる。執行猶予中に再犯を犯しても,取消しに至らないものもあるから,実際の再犯者は,この数字をさらに上回ることになる。

II-35表 執行猶予を取り消された者の執行猶予の言渡時から再犯時までの期間別人員の率(昭和38〜40年)

 つぎに,執行猶予取消者のうちで,猶予期間内に再犯を犯した者につき,保護観察の付いた者と付かない者とに分け,それぞれの再犯期間をみると,II-36表である。これによると,保護観察の付かないものが一年以内に再犯を犯した累積比率は,昭和三八年の五九・六%から昭和四一年の六〇・八%へと,わずかではあるが,増加しているのに比べ,保護観察中の者は,昭和三八年の五九・九%から昭和四〇年には五八・二%と減少しているが,昭和四一年には,逆に六一・六%と増加していることは注目される。

II-36表 執行猶予を取り消された者の再犯までの期間別人員と率(昭和38〜41年)