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損害の賠償について,当事者間に話合いがつかない限り,民事訴訟に頼らなければならないことは,交通事故の場合とて例外ではない。しかし,交通事故によって人命を奪われた者の遺族や傷害を負った者が,民事訴訟を提起して加害者の賠償責任を立証することは,必ずしも容易でなく,また,勝訴しても,加害者が無資力であれば,結局,その目的を達しえないこととなる。
この点について,昭和三〇年に制定された自動車損害賠償保障法は,不法行為についての民法の一般原則を変更して,自動車による人身事故については,加害自動車側に事実上無過失責任に近い損害賠償責任を課するとともに,加害者側が無資力の場合であっても,被害者が一定額まで賠償を受けられるよう,自動車損害賠償責任保険制度を確立して,被害者の救済に大きな役割を果たしてきた。また,死亡した場合に支払われる保険金額の限度は,施行当時三〇万円であったが,現在三〇〇万円となり,さらに,昭和四一年の同法改正により,同年一〇月から,原動機付自転車も強制保険の対象となることとされるなど,その内容も,充実されたものとなりつつある。 しかしながら,同法によるいわゆる強制保険の保険金は,いわば,損害賠償の最低保障額ともいうべき性格のものであり,被害者の全損害額(人的・物的損害を含む。)のうち,この保険金を上回る部分については,当然,加害者側が支払いの義務を負わなければならないし,当事者に争いがあれば,その解決は,民事裁判によることとなるが,一般に,わが国の訴訟は,金と時間がかかるといわれており,この種の紛争が訴訟外で解決されている事例が多いのではないかと思われる。I-70表は,最近の交通事故による損害賠償請求事件の受理状況であるが,事件の増加率は,著しいものの,その実数は,交通事故の発生件数に比較して,きわめて微々たるものであり,全新受件数に占める割合も多くない。一方,これまで,わが国の損害賠償額は,欧米の諸国に比してきわめて低いといわれてきたが,近年の裁判例をみると,過失によって人を死亡させた加害者に対して,一千万円をこえる損害賠償を命じた事例が珍しくなくなったことは,一つの進歩であろう。しかし,加害者側に資力がなければ,どのような裁判結果が出ても,被害者の救済とはなりえない。いわゆる強制保険でない自動車損害賠償保険(いわゆる任意保険)の普及が,今後の課題となるものと思われる。 I-70表 交通事故による損害賠償請求事件累年比較(昭和38〜40年) |