前の項目   次の項目        目次   図表目次   年版選択
 昭和41年版 犯罪白書 第三編/第二章/一/2 

2 青少年期の一般的特徴(発達心理学的考察)

 人間の一生は連続的な流れであり,厳密にいえば区分しえないものであるが,説明の便宜上いくつかの時期にわけることは許されるであろう。ここに青少年期というのは,人間が幼児から成人に移る過渡期として,すでに多くの学者の注意しているところのものである。
 それでは,青少年期とは,何歳から何歳までの時期か。これについて学者の説くところは,必ずしも一致しない。しかし,さしあたり利用しえた資料にしたがって,この章では,おおむね,満一二歳から満二三歳までの時期を青少年期とし,さらに,それを左のとおり初期,中期および後期の三段階に細分し,人間のこの間における一般的な心理的特徴と問題点を説明する。なお,青少年期を左のとおりに三分することは,六・三・三制の学制と対照しうる利点もあるように思われる。
(一) 青少年・初期(おおむね,満一二歳から満一五歳まで,中学生の年令の時期であって,思春初期,第二反抗期などと呼ぶ学者もある。)
(二) 青少年・中期(おおむね,満一五歳から満一八歳まで,高校生の年令の時期であって,思春後期と呼ぶ学者もある。身体成熟化,精神「再構成」中の時期である。)
(三) 青少年・後期(おおむね,満一八歳から満二三歳まで,大学生年令以後の時期であって,精神成熟化・安定化の時期であり,社会的独立生活の開始期である。)
 以下,この順に分説する。

(一) 青少年・初期の特徴と問題点

 身体が成熟に向って変化するが,それとともに,精神的にも大きな変動が起こるのが,この時期である。
(1) 思考,態度は,前の時期に比較して,いっそう,論理的,抽象的,批判的となる。
(2) 感情は鋭く,感傷的となり,道徳規準は自律的となる。
(3) 情緒不安定,内省的,沈思的,孤独的,懐疑的となり,精神的彷徨を始める。
(4) 従来頼っていた一切の権威,規準に対して懐疑的となり,自我を強く主張し,無限の自由を要求しはじめる。
(5) 性にめざめるとともに,女児では羞恥的,男児でははにかみとともに自己顕示的となる。
 以上がこの時期の精神特徴の要約であるが,とくに問題となるのは反抗である。すなわち,この時期では,親,学校,社会,その他すべての拘束や圧力に対して強い嫌悪,反感を抱き,感情的に反発し,反抗する。そして,親から,また家庭からのがれたい気持となり,特別の理由なく反抗したり,ときには家出をすることもある。このいわゆる「第二反抗期」は,普通一四,五歳の時期を中心とする。

(二) 青少年・中期の特徴と問題点

 この時期になると,知的能力も大体大人なみとなり,知能検査に用いられるような問題に対しては,成人の成績とほぼ同じ程度の能力を発揮しうるに至る。しかし,精神生活全般としては,まだ著しく未成熟な段階にあり,そこにいろいろな問題をはらんでいる。
(1) 精神的動揺,不安,混乱,彷徨の危機は依然として続き,反抗傾向もなお強く,思慮分別が成熟せぬままに感情に激し易く,気まぐれで,感激に溺れやすい。
(2) 古い価値体系の動揺,精神環境の急激な拡大,新しい価値規準の追求が認められ,よりどころを模索し,理想にあこがれ,新しい人生観や世界観を求める。
(3) とぼしい消化力をもって観念の過剰と不消化に陥り,極端に主観的なロマンチックな理想に走り,ともすれば現実から遊離しがちになる。
(4) 平凡,不徹底,妥協を嫌い,現実に対しては,否定的,軽べつ的,嘲笑的態度を示し,感情のままに極端な行動をとりやすい。
(5) 虚無的,自棄的,破壊的となることもある。
(6) 浅薄な大人の模倣(たとえば,飲酒,喫煙),いわゆる「境界人」の特徴を示す。
 すなわち,内的不安やひけめと反抗性やアマノジャクやみせかけの虚勢を示す。しかも,内面的にはすこぶる脆弱で,感傷にひたり,センチメンタルな涙を流したりする傾向が著しい。
 このような精神特徴からも容易に推定できるように,この時期は,つぎに述べるような多くの問題をはらんでいる。最も大きな問題点は,自我と他者との間に深いみぞが生じ,周囲からの遮断と逃避が顕著となることであり,意識的な自己の体験を通じて「自我の発見」(シュプランガー)が多種多様の形で起こる。ある者は,詩や音楽や美術に心をひかれて文学青年となり,ある者は,道徳的,人道的,宗教的実践に生き甲斐を感じ,また,ある者は,スポーツに最大の慰めと楽しみとを持つにいたる。さらに,政治運動に走ったり,あるいはまた,虚無的,自暴自棄的ないしは享楽的な道に迷いこみ,あるいは,現実的,功利主義的,物質的生活にのみ価値を認め,将来の職業について考え始めたり,立身出世や蓄財に方向を定めようとしたり,周囲の大人達の平凡な生活を自分の将来としてあきらめてしまったりする。また,異性に対する興味や関心がようやく強くなる。
 言葉をかえていえば,おおむね,一八歳までの時期は,人生における最大の危機とよぶにふさわしい時期であるように思われる。新しい人生へのあこがれと自我の発見の悩みとが交錯するこの年令期では,感情過敏,情緒不安定があると同時に,他方,理想や欲望の拡大があり,さらに,未熟な観念の世界に生きようとして現実との矛盾や衝突に直面し,これを着実に処理する自信はなく,欲求不満,内的不安,精神葛藤は増大し,かつ,複雑化し,しばしば,その未成熱さや不健康を暴露して,種々の不適応行動や社会逸脱行動(これらは犯罪につながる可能性を持つ。)を示したり,さまざまな病的反応,神経衰弱,ヒステリーなどに追い込まれることも少なくない。
 さらに,真性てんかん,精神分裂病,躁うつ病等のいわゆる内因性精神病,また,先天性梅毒に由来する若年性進行麻痺などの精神病の発病の例もまれではなく,また,精神病質人格の発展が現象学的に一般に顕著となり,とくに,意志薄弱性意志不定性格,衝動爆発性格,自己顕示性格,情性欠如性格などの反社会的性格特徴や行動(これも犯罪につながる可能性を持つ。)が目だつようになる。

(三) 青少年・後期の特徴と問題点

 この時期(一般的にいって,おおむね,一八歳以後であることについては,多くの学者が一致しているように思う。)になると,身体的成熟はほとんど完成し,精神的な動揺も過ぎようとして成人に近づき,精神構造の分節化も,心象の世界も,それぞれの発展水準,個性化において再構成され,かつ,安定し,人間として現実に独立することが可能となり,まだ,多分に未熟な観念的な,ロマンチックな傾向を持ちながらも,現実を肯定した形で受けとめ,客観的な生活態度をとるようになる。
(1) それぞれの精神水準にしたがって,それにふさわしい人生観,世界観,価値体系を確立する。
(2) 現実肯定的,建設的態度をとり,職業,社会問題,政治問題,経済問題,結婚,家庭生活などの現実的課題が関心の中心となる。
(3) 独立のための職業選択を真剣に考え,かつ,一定の職業につく者もある。この場合,早く職場についたり,家庭をもったりするほど,早く現実的,客観的となる傾向が大きい。
 右に述べたところからも推測しうるように,この時期においては,常人の場合,ほとんど問題が起こらない。ただ,発育遅滞(精神薄弱に近い境界線級知能)と異常な人格の発展(精神病質ではないが,これに近い性格異常)が存在する場合には,その程度に応じて問題が生じうるが,これらは,いずれも特殊の問題である(発育遅滞については,後出二四九頁,異常な人格の発展については,後出二四七頁。)

(付言)
 なお,この機会に,青少年期に起こりつる環境的変化について一言付け加えておきたい。けだし,環境的変化は,前述の心理的特徴と相まって,ときに犯罪を発生せしめる可能性を持っているものであり,きわめて重要なものであるからである。
 青少年期の環境的変化としては,社会的地位の向上とそれに伴う活動面の多様化(たとえば,家にあっては家業の手伝いや父母の仕事の代行,日常生活などで自主的判断に基づく行動を斯待される分野の拡大など),生活行動圏の拡大とそれに伴う異質文化との接触(たとえば,父母の保護を離れて,就職または進学のため新しい環境におかれ,そこで未経験の多くの事態に遭遇するごとし。),とくに,しばしば,かなりはげしい競争の場に直面することなどがあげられる。このような環境の変化に大部分の者は適応を遂げるが,一部の者は適応しえない場合を生ずるのであり,たしかに,青少年期は,環境面あらみても,かなり動揺に富んだ時期であるということができる。