第二章 犯罪の原因と背景
一 序説
1 はじめに この章では,従来の科学的研究において犯罪(少年については犯罪以外の非行を含む。以下この章において同じ。)の発生に原因力を有すると主張された諸事実について概略的な説明を試みる。 少年犯罪を特別のテーマとする本編においては,できるだけ,少年犯罪の発生原因と考えられる事実を重点的に解説すべきであると考える。しかしながら,犯罪原因に関する従来の多くの著書・論文などをみると,とくに少年犯罪のみに限定して説明を行なっているものはむしろまれであって,多くは,成人犯罪および少年犯罪の双方に関するものとして原因論的説明を行なっている。これは,おそらく,今日までの学問の水準においては,少年犯罪のみに絶対的特徴であって,成人犯罪には妥当しないというような原因的事実があまり認められ難いということによるものと想像する。そうだとすれば,少年犯罪に限定して発生原因の説明を行なうことはきわめて困難であるとともに,また,必ずしも適当ではないということになる。そこで,つぎの節以下においては,昭和三五年版犯罪白書(創刊号)および昨年の犯罪白書において述べた犯罪発生原因に関する解説の内容を大体において踏襲し,とくに少年犯罪に限定することなく説明を行なうことにする。しかし,随所に,少年犯罪または犯罪少年を対象とした研究成果に関する記述も行なわれていることはいうまでもない。また,既刊の右二白書の解説内容を踏襲した関係で,つぎの節以下に述べる原因論的説明は,まず,素質の面から犯罪の原因を探求しようとした若干の学説を述べ,つぎに環境の面から犯罪原因を探求しようとしたものにおよび,さらにいわゆる力動的見解を紹介したのち,最後に特異なものとしてグリュック夫妻の研究成果を略述することにする。なお,既刊の解説内容を踏襲したとはいえ,この際多少の補正を行なったことはもちろんである。 つぎに,原因論的説明にはいる前に,この節において,主として発達心理学的にみた青少年期の特徴ならびにこの時期における犯罪の特徴および犯罪性の問題について一言することにした。これは,次節以下の説明が前述のように成人,少年の双方に通ずるものであるので,これに先だって青少年期の特徴などをある程度明らかにしておくことが,次節以下の説明を少年犯罪という観点から検討する場合に多少とも便利ではないかと考えたためである。
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