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令和2年版 犯罪白書 第7編/第8章/第4節/5

5 まとめ

本編では,薬物犯罪について,分析・検討を進め,その傾向・特徴を踏まえた対策についても考察を加えた。

我が国においては,これまで見てきたように,各種法令に基づき,薬物事犯者を検挙し,刑事司法の各手続の中で処遇を行っている。これに対し,薬物犯罪の中でも,末端の薬物乱用者による薬物の所持・使用事犯については,これらの者の中には依存症者として治療のニーズを有する者がいるという側面を強調し,刑罰によらない対応が相応であるとする見解も見受けられる。しかしながら,薬物が乱用者の心身をむしばむにとどまらず,違法薬物の入手のため又は違法薬物の影響下で他の犯罪を引き起こし,暴力団等の犯罪組織の資金源にもなっているということに鑑みれば,国民の安全・安心を守るためには,違法薬物の使用を規制し,その規制に違反した者を処罰の対象とすることの意義は十二分に存するものといえる。したがって,薬物犯罪の撲滅のため,末端の乱用者を含む薬物事犯者を検挙し,刑事司法手続の俎上に載せることは当然のことであり,特に,薬物の害悪を社会内に拡散する役割を担った者については,厳しい刑罰が科されてしかるべきといえる。

もっとも,薬物事犯者の中には,依存症者としての治療のニーズを有する者がいることは事実として存在する。このような者に対しては,刑罰を科する機会に,適切な処遇・指導を併せて行うことにより,薬物再乱用のリスクを低減することが期待できる。薬物の再乱用を防止するためには,対象者の特性をよく見極め,現在刑事施設や保護観察所で行われているように,認知行動療法を基礎としたプログラムの着実な実施,刑事司法手続終了後も見据えた施設内処遇と社会内の処遇,治療・支援の連携が一層重要となるものと思われる。

前記のとおり,我が国では,諸外国と比較して薬物汚染の程度が小さいこともあり,多くの国民にとって,薬物犯罪は身近な問題とは認識されにくく,そのこともあり,一たび薬物の乱用に手を染めた者に対しては,必要以上の警戒心や恐怖心を抱くこともある。薬物の乱用経験者,特に,治療・支援を受けて立ち直りの途上にある者がこのような警戒心や恐怖心にさらされ,排斥されることにより,無力感・孤立感を覚えることがあり得る。そして,そのことがそのような者にとって,立ち直りの障害や,薬物再乱用の引き金になることもあり得る。薬物の害悪について正確な知識・情報を得ることは重要なことではある。しかしながら,これに加え,薬物乱用者で依存症者としての治療のニーズを有する者がいるということについても社会が認識を共有し,立ち直りや薬物からの離脱を目指す者を広く受け入れ,支え,包摂していくことが,長期的に見れば,薬物犯罪の撲滅や薬物事犯者の再犯防止の点からは有効なことといえる。今回の特集が,薬物事犯者の実態についての理解を深める助けとなることを期待するものである。

今後も,薬物犯罪対策や薬物事犯者の再犯防止の取組の必要性は減じることはないと思われる。法務総合研究所においては,今後も,薬物犯罪に関する実証的調査・研究を継続的に積み重ねていく。