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令和2年版 犯罪白書 第7編/第7章/第2節/コラム6

コラム6 米国のドラッグコート及び治療共同体

諸外国における薬物使用の状況は様々であり,薬物問題に対する取組も国々によって特徴がある。本コラムでは,そのような取組の一つとして,米国のドラッグコート及び治療共同体を紹介する。

1 ドラッグコート

ドラッグコートは,薬物又はアルコール使用障害(以下このコラムにおいて「物質使用障害」という。)のある者に対して障害からの回復を促すための特別な裁判手続又は実践であり,薬物関連犯罪に関する刑事手続のほか,少年審判,学校内手続等においても用いられている。なお,その手法は,問題解決型裁判所として,家庭内暴力,ギャンブル依存,精神障害等の問題を解決するためにも応用されている。

ドラッグコートの一種である成人ドラッグコートは,一般的に,薬物に関連する犯罪をした物質使用障害のある成人を対象とし,罪状認否前,有罪の答弁後,刑宣告後等の刑事手続のいずれかの段階において,対象者にプログラムを受講させるものであり,プログラムを修了することによって,その段階に応じて,起訴の取下げ,軽い刑の言渡し,保護観察の終了等がなされる。

ドラッグコートの裁判官は,一般的にプログラム・コーディネーター,検察官,弁護人,保護観察官,治療担当者,法執行機関職員等から構成される多職種チームのリーダーとしての役割を担い,チーム構成員の多角的な意見を踏まえて,参加者に対して,プログラムの履行状況に応じ,監督状況の緩和や口頭での賞賛を与えたり,短期間の拘禁等の制裁を与えたりする。

プログラムは,多くの場合,12か月から24か月の期間が設定され,参加者は,毎週抜き打ちの薬物・アルコール検査を受けるとともに,裁判所に出頭して現状の報告を行うほか,物質使用障害の治療を受ける。治療計画は,参加者の個々の臨床ニーズに応じて異なり,多くの場合,物質使用障害の治療に加えて,メンタルヘルス治療,家族カウンセリング,職業カウンセリング,教育支援,住宅支援,医療又は歯科治療を受けるための支援といったサービスが含まれる。ケースマネージャーやソーシャルワーカーも,参加者が,医療保険やその他の社会サービスを受けられるよう支援を行う。

物質使用障害の治療計画を遂行すること,違法薬物及びアルコールを一定期間使用しないこと,逮捕されないこと,保護観察の条件に従うこと,雇用を得ること,罰金を支払うこと,社会奉仕活動や被害弁済を行うことなどの要件を参加者が満たすことによって,プログラムが修了することとなる。

2 治療共同体

米国においては,昭和33年(1958年),薬物依存症からの回復のための居住型自助グループ「シナノン(Synanon)」が設立された。これが米国における最初の治療共同体(TC:Therapeutic Community)とされ,その後,各地で様々な治療共同体が発展・拡大した。「フェニックス・ハウス」は,その中でも,薬物依存症治療に定評のある回復支援施設とされる。

フェニックス・ハウスは,昭和42年(1967年)に6人のヘロイン依存者が始めた共同生活を端緒として設立されたNPOであり,50年以上にわたって,個人に合わせた包括的な薬物・アルコール依存治療を展開し,医学,精神医学,ソーシャルワーク,教育,回復支援等の専門家チームが,薬物依存症や関連する問題から回復するための支援をしている。

フェニックス・ハウスが提供するプログラム及びサービスは,成人,少年,子供を持つ母親,軍人及び退役軍人並びに精神障害者といった様々な人を対象としている。その内容は多岐にわたり,薬物依存症治療のための居住型プログラム及び外来プログラムのほか,医療サービス,教育サービス,職業サービス,家族サービス,住宅サービス等が用意されている。

また,フェニックス・ハウスは,米国内外の刑務所で広く取り入れられるモデルとなった米国内最初の矯正治療ユニットを開設するとともに,早期から,刑務所収容の代替としての治療を提供している。現在では,刑事施設で治療プログラムを提供するとともに,仮釈放又は保護観察下にある対象者のためのプログラムを運営するほか,刑務所収容の代替として社会内での治療プログラムが義務付けられている対象者の処遇を行っている。

フェニックス・ハウスの治療や各種サービスは,依存症が慢性疾患であり,糖尿病等の他の慢性疾患と同様に,継続的な支援及び管理を必要とするという考え方に基づいている。薬物又はアルコールの使用のみに焦点を当てるのではなく,対象者の生物学的,社会的及び心理的要因を考慮し,個々のニーズに応じて支援内容を調整した上で,統合的なアプローチが行われる。

ここで,フェニックス・ハウスの居住型治療施設の一つであるフェニックス・プログラム(Phoenix Program)の概要を紹介する。同施設は,18歳以上の男性を対象として,薬物依存の治療を提供しており,入所定員80人のうち,約3分の1は裁判所における司法手続を経由して入所した者である。

集中的な治療を受ける対象者の入所期間は,45日から60日程度である。入所者の一日の生活は,午前6時の起床から始まり,決まった日課に従って行われ,日課には,投薬,ミーティング,集会,運動,講義及びカウンセリングのほか,依存症からの回復のための自助グループであるAA(Alcoholics Anonymous)やNA(Narcotics Anonymous)のミーティングへの参加等が含まれる。

プログラムの実施に当たっては,対象者同士の相互作用が重視されているほか,施設職員,家族,保護観察官等の関係者が対象者に積極的に関わり,個々のニーズに合わせて支援を調整するなど,対象者が治療を中断しないような工夫がなされている。また,社会内における生活環境の調整やアフターケアが適切に行われなければ,対象者が薬物の再使用に至る可能性が高まるので,関係機関との連携も重視しながら,安定した生活に戻れるようにするための様々な支援が行われている。